朝日新聞阪神支局襲撃事件34年 記者を追悼 記帳台ことしもなし

昭和62年に兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に散弾銃を持った男が押し入り記者2人が殺傷された事件から3日で34年になり、支局に知人や地元の人たちが訪れ亡くなった記者を追悼しました。

昭和62年5月3日、西宮市の朝日新聞阪神支局に散弾銃を持った男が押し入って発砲し、当時29歳だった小尻知博記者が殺害され、別の記者1人も重傷を負いました。
事件のあと「赤報隊」を名乗る犯行声明文が報道機関に送られ、朝日新聞をねらった犯行が繰り返されましたが未解決のまま時効となりました。

事件から34年になった3日、支局には小尻記者の知人や地元の人たちが次々と訪れ遺影に手を合わせていました。

例年、記帳台と拝礼所を設け3階の資料室を公開していましたが、兵庫県に新型コロナウイルスの緊急事態宣言が出される中、去年に続きことしも感染防止のため見送られました。

小尻記者の取材を受けた千葉県の高校教師、沼山尚一郎さん(57)は「事件が起きた当時は信じられなかったです。今でも忘れてはならない事件だと思います」と話していました。

また、毎年訪れている兵庫県芦屋市の男性は「暴力でメディアをねじ伏せるということに憤りを感じます。記者が自分の意思に反して命を絶たれたと思うと胸が痛いです」と話していました。