ビンラディン容疑者殺害から10年 テロの脅威今も残る

2001年のアメリカ同時多発テロ事件を首謀した、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者が殺害されて、2日で10年です。しかし、アフガニスタンや中東のイエメンではアルカイダが活動を活発化させていて、テロの脅威は今も残されたままです。

アメリカ同時多発テロ事件を首謀したアルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者は2011年5月2日、潜伏していたパキスタンでアメリカ軍の特殊部隊に殺害されました。

ビンラディン容疑者をめぐっては、2001年にアメリカがアフガニスタンの当時のタリバン政権に身柄の引き渡しを要求したものの拒否されたことから、軍事作戦に踏み切り、タリバン政権は崩壊しました。

ビンラディン容疑者はその後、行方が分からなくなり、アメリカ軍は、潜伏先とみられる地域に無人偵察機などで空爆を行ったり、地上部隊を投入したりしましたが、発見までにおよそ10年がかかりました。

ビンラディン容疑者の殺害後、アフガニスタンでは、アメリカ軍を中心とする国際部隊の大部分が撤退する中、タリバンが息を吹き返し、近年は、アルカイダがタリバンと連携するなど、活動を活発化させています。

こうした中、アメリカは先月「アフガニスタンをテロの拠点にさせないという目的は達成した」として、同時多発テロ事件から20年を迎えることし9月11日までに、アメリカ軍を完全撤退させることを決めました。

ただ、アルカイダはアフガニスタンだけでなく、内戦が続くイエメンや、西アフリカのサハラ砂漠の南側の「サヘル」と呼ばれる地域でも活動を活発化させていて、テロの脅威は今も残されたままです。

現場近くで「ここで暮らしていたとは今でも信じられない」

オサマ・ビンラディン容疑者が潜伏していたのは、パキスタンの首都イスラマバードから北に60キロ離れた近郊の町アボタバードの住宅でした。

住宅は、ビンラディン容疑者がアメリカ軍の特殊部隊に殺害されたあと、パキスタン政府が取り壊し、今はさら地となっています。

住宅の近くは、パキスタン軍の士官学校があることなどから軍の管理区域となっていて、ビンラディン容疑者を支持するイスラム原理主義者らが立ち入らないよう、殺害から10年がたった今でも、軍や情報機関が監視を続けています。

現場近くに住む45歳の男性は「寝ていたときに突然、大きな爆発音が聞こえた。窓から空を見ると、ヘリコプター数機が上空を旋回していた。数分後にさらに大きな爆発があり、煙が空に立ち昇っていた」と当時を振り返りました。

また、25歳の男性は「アメリカの軍事作戦のあと、パキスタン軍が警戒を続ける中、誰もビンラディン容疑者の家に近づくことができなかった。近所の人は誰一人として、ビンラディン容疑者が家族と一緒に暮らしていたことに気付かなかった。今でも、ここで暮らしていたとは信じられない」と話していました。

アルカイダ タリバンと連携し活動活発化か

国際テロ組織アルカイダと反政府武装勢力タリバンとの関係は、2001年のアメリカ同時多発テロ事件にさかのぼります。

アメリカは、アフガニスタンの当時のタリバン政権に身柄の引き渡しを要求したものの拒否されたことから、軍事作戦に踏み切り、タリバン政権は崩壊しました。

アルカイダは、ビンラディン容疑者が2011年に潜伏先の隣国パキスタンでアメリカ軍に殺害されてから一時、弱体化したとみられていましたが、国連やアフガニスタン政府の関係者は、近年はタリバンと連携してアフガニスタンを拠点に活動を活発化させていると分析しています。

活動はアフガニスタン東部や西部に広がっていて、アルカイダの戦闘員は政府の治安部隊と戦うタリバンを軍事的に支援し、一方のタリバンは、みずからの支配地域でアルカイダの戦闘員を保護しているとしています。

タリバンの指揮官はNHKの取材に対し「アルカイダとの協力は、タリバン指導部から指示を受けている」として、アメリカ軍がアフガニスタンから完全撤退するまで、アルカイダと連携して戦闘を続ける考えを明らかにしました。