50万円でクルマが買える? 中国EV市場で今、起きていること

50万円でクルマが買える? 中国EV市場で今、起きていること
EV(電気自動車)が50万円で買えるとしたらあなたは買いますか?
中国のメーカーが去年発表した50万円を切る“超低価格”のEV。「価格破壊の波が来た」と世界最大の自動車市場、中国で今、衝撃が広がっている。
一方、これとは対照的に600万円からという価格帯でプレミアムブランドを目指し急成長を遂げている新興メーカーもある。
多くのEVメーカーがひしめき合い、“群雄割拠”と言われる中国のEV市場。激しい競争の中で注目を集める両極端なメーカーの実力、そしてその車はどのようなものなのだろうか。
(中国総局記者 伊賀亮人 広州支局記者 高島浩)

格安EVは“田舎町”で生まれた

まず取材したのは“超低価格”を売りに販売を急拡大するメーカーだ。

この会社が去年7月に中国で発売した格安の小型EV「宏光MINI EV」。最も安いグレードだと約48万円。どんなEVなのか、生産拠点に向かった。

中国南部、広西チワン族自治区柳州。人口は400万人、中国では規模が小さく、言ってみれば“田舎町”だ。
空港に降り立ち街へ向かうと、話題の格安EVがあちこちに止まっている。

販売台数は1年足らずで27万台を超えた。世界最大のEVメーカー、テスラを抑えて、中国で去年、EV販売でトップに立った。

試乗してみたら…

「まずは乗ってみてください」。
生産拠点の中にある走行試験場で担当者に促された。
アクセルを踏み込むと、EV独特の無音で、すーっと進む感覚、あっという間に時速60キロを超え、坂道もスムーズに登り切る。

若干がたつく感じもしたが、短時間なら許容範囲ではないか。

日本の軽自動車よりもひと回り小さく、最高速度は時速100キロほどだが、小回りがきき、狭い駐車スペースにも難なく止めることができた。

なぜこんなに安い?

「こんなに売れるとは想像してなかった」。

車を製造する「上汽通用五菱」(以下、五菱)のマーケティング担当者は年間で1万台を突破できればよいと考えていたと明かす。

想定外のヒットを生んだ「超低価格」は、どうやって実現したのか。設計担当者は「ユーザーのニーズを見極めて機能を思い切って絞り込んだ結果だ」と話す。
五菱が最初の小型EVを市場に投入したのは2017年。2人乗りで1回の充電で走行できる距離は150キロ余りと短く、当初から他のメーカーとの差別化を図るため、低価格路線だった。

政府の補助金を使えば、購入価格は60万円ほど。

しかし、政策変更で補助金の対象が走行距離の長いEVに絞り込まれ、補助金に頼らずに低価格を実現する必要に迫られた。

そこでむだをそぎ落としていくために力を入れたのが市場調査だ。
3000台の試乗車を無料で市民に提供し、9か月にわたって1日の走行距離や行き先などのデータを集めた。

その結果、通勤や子どもの送り迎え、日常の買い物といわゆる“街乗り”のための2台目の車のニーズが高いことがわかり、そのニーズを満たす機能に絞り込んで開発したのだ。

冷房なしにエアバッグも運転席のみ

車体価格の4割を占めるバッテリーは、国産の低価格品を採用。
最も安いグレードでは、走行距離を最大120キロに設定して搭載するバッテリーを少なくし、急速充電にも対応せず、冷房もない。

また、エアバッグは運転席のみとするなど、装備も安全基準を満たす必要最小限にした。

SNS“映え”も話題に

低価格に加え、人気を高めたのが“デコレーション戦略”だ。

車体や内装にアニメのキャラクターなどをデコレーションしたモデルをモーターショーに出展。すると、若い世代の間でコンパクトな車を思い思いに模様替えするのが“かわいい”とSNSで人気が広がった。

価格が安い分、デコレーションにもお金をかけられるという。
今や1日1200台の生産能力がある柳州の工場はフル稼働が続く。

4月に行われた世界最大規模の上海モーターショーでも、オープンカータイプのコンセプトカーがひときわ大きな注目を集めた。

来年の発売を目指し、低価格でも多様なニーズを取り込もうと、商品開発でもスピード感を見せる。

格安は“安かろう、悪かろう”?

ただ、EV市場の台風の目となっているメーカーも課題を抱えている。

五菱の去年の決算は最終利益が23億円。格安EVが“予想外”のヒットを記録したにもかかわらず、前の年の10分の1以下に減少した。
格安EVは利幅が薄く、利益には大きく貢献していないという。

EV以外に高級路線のSUV=多目的スポーツ車などの開発も進めているため、研究開発費もかさむ。利益を増やすには販売台数を伸ばしつつ、格安EV“1本足打法”にならないよう、ほかにも稼ぎ頭となるモデルも必要だ。
また、ネット上で「安かろう、悪かろう」という評判も散見される。

「冷房をつけるとバッテリーの消耗が早い」「モーターの音がうるさい」今は話題性があっても、今後も販売が伸び続けるかは不透明だという見方も出ている。

真価が問われるのはこれからだ。

上場から3年で時価総額7兆円

一方、超低価格路線とは反対に「プレミアムブランド」を掲げて急成長を遂げているEVメーカーもある。2014年の創業で、上海に本社がある「NIO」だ。

2018年に出荷を開始し、販売価格は約600万円から。

ニューヨーク証券取引所に上場し、年間の販売台数4万台余りの小規模メーカーながら、今や時価総額は約7兆円にのぼる。

日本メーカーと比べると、販売台数で世界一のトヨタ自動車(約27兆円)には及ばないものの、ホンダ(約5兆9000億円)、日産自動車(約2兆3000億円)を上回り、自動車メーカーとして世界有数の規模だ。

創業間もない新興メーカーがなぜこれほどまでに評価されているのか。

いつでもどこでも

その理由を探ろうと話を聞いたのは、NIOの車を3年前に購入した北京在住の投資家、張テツ(※)さん。

なんと言っても特徴はそのサービスにあるという。

NIOは中国で今、普及が進む「バッテリー交換式」(※下記特集を参照)のEVをいち早く導入したことで知られる。
EV普及のハードルとされる充電時間の長さを解消するバッテリー交換式。

最短3分でバッテリーを交換する施設を、国内70都市余り、約200か所に設置している。
張さん
「いつでもどこでも設定して取りに来てもらえるんだ」
特に気に入っているのがスマホのアプリで時間と場所を指定すると、従業員が車を取りに来てバッテリーの交換やメンテナンスを行ってくれるサービスだ。

年間19万円余りからのオプションサービスで、夜寝ている間に自宅に来て、バッテリーを交換しておいてもらえる。旅行で空港の駐車場に車を置いているといった時でも同様のサービスを受けられる。

※吉がふたつ

バッテリーはサブスクの時代?

販売方法も独特だ。

車とバッテリーを切り離し、バッテリーをリースにするもので、購入者は月額で約1万6000円を支払えば、何度でも充電済みのバッテリーに交換できる。いわば“サブスクリプション方式”を導入したのだ。

そして、リースにすることで車体の販売価格からバッテリー分の価格110万円余りを割り引きする。
1つの施設で1日最大330台のバッテリーを交換できるため、会社にとっては充電ステーションを整備して運用するよりも効率的だという。

使用を繰り返して性能が落ちたバッテリ-は、小型の電動バイク用のバッテリーや、蓄電池として再利用するという。

“ワクワクする”サービス

さらに販売店にはオーナーだけが利用できるカフェを併設。

バッテリー交換中にくつろげるようにするだけでなく、シェアオフィスのように仕事ができるスペースもあり、数百冊を超える本の無料貸し出しサービスまである。
世界的なデザイナーと提携し、服から家電製品に至るまでオリジナルグッズも販売。

車だけでなく生活全般にかかわることで、車の購入後も顧客との接点を持ち続け、ファンになってもらうのがねらいだ。

ちなみにオーナーの張さんもオリジナルブランドのTシャツを着用していた。
張さん
「この会社が提供するサービスはワクワクする」
担当者はユーザー・エクスペリエンス(体験)を重視していると強調する。
浦洋支社長
「ユーザーのための企業でありたいと常に言っていて、世界で最もユーザー満足度が高い企業を目指す」

期待膨らむも業績は赤字…

ただ、着実に存在感を高めているこのメーカーにも課題がある。
ユニークなサービスも功を奏して、去年の販売台数は前の年から倍増したが、それでも中国のEV市場でのシェアはまだ5%弱にとどまり、去年の決算も880億円余りの最終赤字だ。

創業以来赤字続きで、一時は経営危機に陥ったこともあり、時価総額の大きさも期待が先行している面も否めない。

黒字化を達成するには、設備投資やサービスにかかるコストを回収できる規模まで顧客基盤をさらに拡大することが欠かせない。

群雄割拠の競争の行方は?

中国のEVシフトは今後も加速すると見られている。政府が、新車販売全体に占めるEVなど新エネルギー車の販売比率を現在の5%から、4年後には20%に引き上げる目標を掲げているためだ。

他方、中国でEVを生産するメーカーは50社以上にのぼり、政府の補助金の縮小などでとう汰されるメーカーも出ている。

さらにネット検索最大手「バイドゥ」やスマートフォンメーカーの「シャオミ」などが新規参入を表明し、競争は激しさを増している。

話題先行の面もあるが、従来の自動車業界の常識にとらわれないような戦略で存在感を高めている五菱とNIO。“超低価格”と“プレミアム”という両極端な路線だが、市場調査や充実したサービスに共通するのは顧客目線だ。

群雄割拠の市場を生き抜く鍵は、顧客目線でそれぞれのターゲット層をどこまで取り込み続けることができるかにかかっているのではないだろうか。
中国総局記者
伊賀 亮人
平成18年入局
仙台局 沖縄局 経済部などを経て
去年から現所属
広州支局記者
高島 浩
平成24年入局
新潟局 国際部 政治部を経て
去年から現所属