春の叙勲 4136人が受章「旭日大綬章」は2人

ことしの「春の叙勲」の受章者が発表され、各界で功労のあった、合わせて4136人が受章することになりました。

ことしの「春の叙勲」を受章するのは、
「旭日大綬章」が2人
「瑞宝大綬章」が3人です。

また「旭日重光章」と「瑞宝重光章」が合わせて45人、
「旭日中綬章」と「瑞宝中綬章」が合わせて363人、
「旭日小綬章」と「瑞宝小綬章」が合わせて860人など、
全体で4136人となっています。

このうち、民間からの受章者は1907人と、全体の46.1%を占めているほか、女性の受章者は428人と、全体の10.3%となっていて女性は今の制度になった平成15年秋以降で、最も多い人数となっています。

「旭日大綬章」は、
元丸紅社長の勝俣宣夫さん、
日本医師会の前の会長の横倉義武さん
の2人が受章します。

「瑞宝大綬章」は、
元総務事務次官の嶋津昭さん、
公正取引委員会の前の委員長の杉本和行さん、
元内閣法制局長官の宮崎礼壹さんの3人が受章します。

「旭日重光章」は、
「建築界のノーベル賞」とも言われる「プリツカー賞」を受賞した世界的な建築家、伊東豊雄さんらが受章します。

「瑞宝中綬章」は、
「失敗学」の提唱で知られ、東京電力福島第一原子力発電所の事故で政府の「事故調査・検証委員会」の委員長などを務めた東京大学名誉教授の畑村洋太郎さんらが受章します。

「旭日小綬章」は、
数多くの映画やドラマなどで活躍し「ブルー・ライト・ヨコハマ」のヒット曲でも知られる俳優で歌手のいしだあゆみさん、
独特のハスキーボイスを生かした歌声で人気を集め「おふくろさん」などが大ヒットした歌手の森進一さんらが受章します。

このほか、外国人叙勲では、オーストラリアのギラード元首相らが「旭日大綬章」を受章するなど、合わせて46の国と地域の117人が受章することになりました。

一方、来月7日に予定されていた皇居での「大綬章」の親授式と「重光章」の伝達式は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で延期されることになりました。

「旭日大綬章」勝俣宣夫さん

「旭日大綬章」を受章する勝俣宣夫さんは78歳。

大手商社「丸紅」で平成15年4月から5年間社長をつとめた後、会長や相談役を歴任しました。

バブル経済が崩壊した後、厳しい経営に陥った丸紅の再建に尽力しました。

また商社の業界団体=日本貿易会の会長を務めたほか、平成23年から4年間は、経団連の副会長を務めました。

今回の受章について勝俣さんは「今回の叙勲の栄誉は、私個人がもらったものではなく、グループの社員、諸先輩、後輩らのたゆまぬ努力の結果と考えており、みんなとともに、喜びを分かち合いたい」と述べました。

商社のトップとして印象に残っていることは「業績を回復させるため、会社の実情を知らせるメールを出したり、社長室に夜、10人くらい社員を呼んで直接話を聞き、一体感を持って再建しようと呼びかけたりしたことだ」と振り返りました。

また、アメリカがTPP=環太平洋パートナーシップ協定から離脱するなど、保護主義的な動きが強まったことについては「世界で分断が進むなど異常な関係になってしまったが、アメリカはTPPにかならず戻ってくる。そうしないと世界経済は成り立たないと思う」と述べました。

そのうえで勝俣さんは、今後の日本の進路について「世界の流れをよく把握しながら、日本がどうやっていくかだと思う。アメリカや中国、韓国、それにEU=ヨーロッパ連合との間でさまざまな歴史や関係がある中で、日本としての存在感を示してほしい」と述べました。

「旭日大綬章」横倉義武さん

「旭日大綬章」を受章する横倉義武さんは、76歳。

平成24年から4期8年、日本医師会の会長を務め、患者の健康を日常的に把握する「かかりつけ医」の推進など、地域医療の強化に取り組んだほか、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた医療提供体制の確保に向け、政府との調整にあたるなどしてきました。

日本人として3人目となる世界医師会の会長も歴任し、現在、地元の福岡県内の病院の理事長として、患者の診察にあたっています。

横倉さんは「新型コロナウイルスで国民が大変苦労している中だが、今回の叙勲で、現場で頑張っている医療関係者を少しでも力づけられればと思う」と述べました。

また、去年、新型コロナウイルスの感染が国内で初めて確認された際の対応について「初めはウイルスの毒性も感染力もわからない中で、医療用のマスクや防護服などが足りず、医療が危機的だと宣言して、政府に強い措置を求めた。最初の感染拡大の経験をもとに、もっと頑張らないといけなかったかなという思いもある」と振り返りました。

そして「コロナ禍で、医療のやり方も大きく変わってくるが、患者に寄り添った医療を行う基本は絶対に変えてはならない。私も地域医療に取り組み、生涯現役を貫きたい」と述べました。

「旭日重光章」伊東豊雄さん

旭日重光章を受章する伊東豊雄さん(79)は、平成25年に「建築界のノーベル賞」とも言われるプリツカー賞を受賞するなど、世界的な建築家として知られています。

手がけてきた作品は、設計者が機能と空間を合理的に決めるのではなく、利用者それぞれの感受性で自由な過ごし方ができる空間作りのほか、曲線や曲面を大胆に取り入れることで周囲の環境に溶け込ませる造形などが特徴です。

中が空洞の柱が建物を貫く独特な設計で世界的にも注目を集めた仙台市の公共施設「せんだいメディアテーク」や、東日本大震災などの被災地に設けた仮設住宅の憩いのスペース「みんなの家」などで知られ、子どもに建築や環境について学んでもらう教育プログラムを企画したり、愛媛県今治市の大三島で地元の人たちとともにまち作りにも取り組んだりと、建物の設計にとどまらない活動を続けています。

受章について伊東さんは「大変、驚いています。どういう建築をつくりたいのかを考えることは、どういう社会であってほしいかを考えることと同じだと思っています。公共施設の仕事を中心に、失われつつある人間の感受性を取り戻せるような建築をつくりたい。決して若くはないですがもうひと頑張りしたいという気持ちは以前にも増して強くなっています」と話していました。

「瑞宝中綬章」畑村洋太郎さん

瑞宝中綬章を受章する東京大学名誉教授の畑村洋太郎さん(80)は、製品事故の背景やトラブルの組織的原因などを究明して予防につなげる「失敗学」を提唱したことで知られています。

平成14年には「失敗学会」を設立して事例分析のデータベースを構築するなど、失敗の教訓を広く共有する取り組みを進めてきました。

その後も、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて設置された政府の事故調査・検証委員会や、消費者庁の安全調査委員会、いわゆる「消費者事故調」の委員長を歴任しています。

今回の受章について畑村さんは「失敗は起きてほしくないと思っていても起こってしまうもので、その失敗をそのとき生きている人たちが自分ごととしてどう学び、どう生かしていくかという考え方の一つを提案したら、世の中が求めていることだった。みんなで議論をしてこれからも成長し続けながら、新たな学問を作っていく人たちの手助けをしたい」と話しています。

「旭日小綬章」いしだあゆみさん

旭日小綬章を受章する俳優で歌手のいしだあゆみさんは、大阪府出身の73歳。

中学生のとき芸能界入りして昭和39年に民放のドラマ「七人の孫」に出演して人気を集め、この年に歌手としてもデビューしました。

昭和43年には「ブルー・ライト・ヨコハマ」が大ヒットしたほか、その後もつやのある声を生かして「あなたならどうする」などの楽曲で人気を集め、NHK紅白歌合戦にはこれまで10回出場しています。

いしださんの一家をモデルにしたNHKの連続テレビ小説「てるてる家族」で歌手役で出演するなど、俳優としても数多くの映画やテレビドラマに出演し、演技力も高く評価されています。

いしださんは受章について「このたびは、思いもよらず旭日小綬章の栄に浴し、身に余る光栄でございます。これもひとえに、これまでお世話になった多くの方々がお力添えをして下さり、支えて下さったおかげでここまでやってこれました。皆様に心より感謝申し上げます。今回の受章を励みに、これからも一作一作丁寧に心を込めてお仕事に取り組みたいと思います。本当にありがとうございました」とコメントしています。

「旭日小綬章」森進一さん

旭日小綬章を受章する歌手の森進一さんは、山梨県生まれで鹿児島県育ちの73歳。

18歳で歌手デビューして独特のハスキーボイスを生かした歌声で人気を集め、昭和43年にはNHKの紅白歌合戦に「花と蝶」で初出場し、平成27年まで48回連続で出場しました。

ミリオンセラーを記録した「港町ブルース」や母親への思いを歌った「おふくろさん」などが大ヒットしたほか「襟裳岬」や「冬のリヴィエラ」など幅広い楽曲にも挑戦し、半世紀以上にわたって活躍を続けています。

受章について森さんは「このようなすばらしい栄誉を賜ったこと、これもひとえに永年にわたり応援してくださったファンの皆様をはじめ私を支えてくださった全ての皆様のおかげと心より感謝申し上げます。そして亡き母にもこの喜びを感謝の気持ちとともに伝えたいと存じます。この栄誉を励みとし今後も一層の精進を重ねて心に響く歌を唄い続けて参ります」とコメントしています。

外国人叙勲「旭日大綬章」ジュリア・ギラード氏

旭日大綬章を受章するジュリア・ギラード氏は2010年から2013年までオーストラリアで女性初となる首相を務めました。

オンラインでNHKのインタビューに応じたギラード氏は「非常に名誉に思うとともに、オーストラリア国民全体の受章だと感じている」と述べました。

ギラード氏は2011年4月、東日本大震災直後の被災地を外国の首脳として初めて訪問し、宮城県南三陸町の避難所で被災者を励ましました。

当時の経験についてギラード氏は「私が日本を訪問することで、悲惨な災害を乗り越えて世界と再びつながろうとしている日本の姿を国際社会に伝えられると思い、訪問を決めた。被災地で出会った人々の強い自制心や決断力がこの10年間の復興につながったと思う。当時の思い出は私の人生に残り続ける」と振り返りました。

そして両国関係について「オーストラリアと日本は地域や世界が抱える問題で戦略的な見方を共有している。新型コロナウイルス、気候変動、平和と繁栄、それに教育など世界中のあらゆる問題について私たちは友人として一緒に取り組むことができている」と評価し、連携がさらに強化されることに期待を示しました。