石炭で脱炭素?日豪で挑む世界初の水素プロジェクト

石炭で脱炭素?日豪で挑む世界初の水素プロジェクト
水素で走る車や列車。ニュースでは耳にするけれど、まだどこか遠い世界の話と思っていませんか?

それもそのはず。燃焼や発電の際に二酸化炭素を排出しない水素は、“脱炭素”の切り札として注目されていますが、製造コストが高いため普及が進んでいないのが現状です。

その課題を克服しようという世界初のプロジェクトが、日本とオーストラリアの間で進められています。カギを握るのは、なんと「石炭」なんです。(シドニー支局長 青木緑/ネットワーク報道部記者 小宮理沙)

期待されるエネルギー

水素と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、すでに販売されている燃料電池車ですよね。

ドイツでは、水素をエネルギー源とする列車が走っていて、日本でも来年からJR東日本などが燃料電池を積んだハイブリッド車両による走行試験を始める予定です。
4月22日には、トヨタ自動車がこれまでの燃料電池車に加え、水素を燃焼させて動力にする「水素エンジン」の開発を進め、将来的に量産化を目指すと発表しました。

日本は、2030年に向けて温室効果ガスを2013年度に比べて46%削減するという新たな目標を掲げていて、水素の活用も期待されています。

高すぎる従来の水素コスト

しかし、“水素社会”の実現に向けて大きな壁となっているのが、水素の値段です。

いま日本で出回っている水素は、国内で天然ガスなどから作られています。

主成分である「メタン(CH4)」と「水蒸気(H2O)」を化学反応させることで、比較的容易に水素を取り出せるといいます。
ただ、コストが高く、全国に水素ステーションを設置している岩谷産業では、国内で製造した水素の販売価格を1立方メートル当たりおよそ100円に設定しています。

水素を普及させるため、採算を度外視した価格にしていますが、発電単価に換算すると、1キロワット当たり52円と、一般的なエネルギーよりも割高です。

さらに、水素をつくる際、同時に二酸化炭素が発生しています。

大気中に放出されないよう処理しようとすると、さらに多くのコストがかかります。

“眠っていた”低品質の資源「褐炭」

どうしたら、よりクリーンで安い水素をつくれるのか。

日本の企業連合が目をつけたのが、オーストラリア南東部のビクトリア州に豊富に眠る「褐炭」と呼ばれる石炭です。
あまり聞き慣れませんが、名前のとおり少し褐色がかっている石炭の一種で、触るとひんやりと湿っています。

水分や不純物などを多く含んでいるため、これまで国際的には取り引きされておらず、値段がつかないほど安いといいます。

始まった実証実験

この褐炭から水素を作って日本に輸送しようと、電力会社の電源開発や川崎重工業、岩谷産業などでつくる企業連合とオーストラリアのエネルギー会社が連携して実証実験を進めています。

総事業費は、およそ5億オーストラリアドル(約420億円)。
成功すれば、安価な水素を安定的にオーストラリアから調達することができる世界初のビッグプロジェクトです。

参考データがない!

しかし、褐炭から水素を作るのは、簡単ではありません。これまであまり使われてこなかった資源のため、基本的なデータがないのです。
水素を取り出すには、まず、粉砕した褐炭(CやHなど)に酸素(O2)を加え、1000度を超える高温の炉の中で蒸し焼きにすることで、ガスを発生させます。

そこに水蒸気(H2O)を加えると、水素(H2)と二酸化炭素(CO2)が主成分のガスに変わります。

ただ、酸素の量をうまく調整しないと、原料が燃えすぎてしまい水素はわずかしか取り出せません。
技術者たちは、炉の内部の映像をつきっきりで確認しながら、最適な酸素量の割り出しを続けているといいます。

純度99.999%

さらに、水素を含むガスから、二酸化炭素や窒素などの不純物を取り除くのも、高い技術が必要です。

試行錯誤の末、純度「99.9996%」の水素をつくることに成功しました。
電源開発 小俣浩次さん
「誰もが利用が難しいと考えていた褐炭から水素ができるということを実証できたので、大きな注目が集まると考えています。商業化に向けた非常に大きな一歩だと思います」

マイナス253度で運ぶ

水素をつくっても、日本に輸送できなければ利用できません。

ビクトリア州から、専用の荷役基地が設けられた神戸までの航路はおよそ9000キロ、2週間余りかけて運びます。

輸送するには、液化してマイナス253度で運ぶのが効率的ですが、長距離の海上輸送は技術的に難しく、世界でもまだ実用化された技術はありません。
この課題をクリアするため、川崎重工業は世界初となる液化水素の運搬船を建造し、2019年に進水させました。

全長116メートル。搭載されたタンクは断熱壁が二重になっていて、外の熱が中に届かないように設計されています。年内にも日本に最初の水素を運ぶ計画です。
川崎重工業 川副洋史さん
「2030年代に商用規模にすることを目指しているので、それまでに大型化できる技術開発をすることが課題になります。発電も車も、すべて水素で動く未来になるように、頑張りたいです」

二酸化炭素は「海底」に封印

水素を製造する過程で発生した二酸化炭素は、どうなるの?と疑問に思う方もいると思いますが、商用化の際には回収して炭鉱に近い海底に埋める計画です。
ビクトリア州政府が中心となって、二酸化炭素の回収・貯留(CCS)の技術研究を進めています。

スポンジ状の地盤の上に固い岩盤がふたのように覆い被さっていて、貯留に理想的な地形だといいます。

炭鉱に近いため、処理費用も少なく抑えられると期待されています。

石炭産業の“救世主”?

動き始めた水素プロジェクトは、オーストラリア側にも大きなメリットがあるといいます。

石炭が主要な輸出品目の1つであるオーストラリアでは、世界的な脱炭素の流れにより、石炭の需要が低迷していくのではないかという懸念があります。

それだけに、今回のプロジェクトをきっかけに、褐炭だけでなく通常の石炭も水素の製造に利用されることを期待する声もあがっています。
シドニー近郊の石炭労働者
「石炭産業が雇用を維持できる未来をつくり出せるようになることを望んでいます。水素プロジェクトは、その答えになるかもしれないと思っています」

対中国関係も…

さらに現地の専門家は、中国との関係でもメリットがあると指摘しています。

オーストラリアはここ最近、新型コロナウイルスの対応などをめぐって、最大の貿易相手国である中国との関係が悪化しています。その影響で、中国はオーストラリア産の石炭の輸入を制限しているのです。

エネルギー安全保障に詳しい、ニューサウスウェールズ大学のリチャード・ホールデン教授は「オーストラリアはいま、中国以外にエネルギー資源の安定した輸出先を確保することが非常に重要です。褐炭水素プロジェクトが成功し、将来、通常の石炭も対象になれば、中国の代わりとなる輸出先をみつけるいい機会になります」と分析しています。
化石燃料を次世代エネルギーに生まれ変わらせ、安定供給につなげようという今回のプロジェクト。

成功すれば、日本とオーストラリアの距離をさらに縮めることになりそうです。未来を切り開く新たな力となるのか、期待したいと思います。
シドニー支局長
青木 緑
2010年入局
釧路局、サハリン事務所、国際部などを経て現所属
ネットワーク報道部記者
小宮 理沙
2003年入局
金沢局、国際部、シドニー支局を経て現所属