“柑橘の島” レモンの木にQRコード

“柑橘の島” レモンの木にQRコード
「69歳のレモン農家がAI=人工知能を使いこなしている」
このことばに導かれるように瀬戸内海の“柑橘の島”に足を運びました。スマートフォンやパソコンを駆使して農家が目指しているものとは。

(広島放送局呉支局記者 榎嶋愛理)

“国産レモンの発祥の地”

かつて軍港都市として栄えた広島県呉市中心部から車を走らせること1時間。瀬戸内海に浮かぶ3つの島を橋でわたり、たどりついたのは国産レモンの発祥の地とも言われている大崎下島。
人口およそ1800人のこの島は一面、柑橘類の畑が広がり、温暖な気候を生かして、鮮やかな色をしたレモンやみかんが瀬戸内海の潮風を浴びながらすくすくと育っています。

そんな島の景色に、意外なものが目に入ってきました。1ヘクタールの畑で栽培されている700のレモンの木、その1本1本に取り付けられているのは「QRコード」。
農家は作業をするたびにスマートフォンを取り出し、そのQRコードを読み取っていきます。「収穫」「除草」「施肥」、それに「水やり」など細かに作業を記録するためだといいます。

訪ねたのは、日焼けした顔に笑顔がよく似合う、大崎下島のレモン農家・末岡和之さん(69)。島の農家の平均年齢が75歳という中では、「まだまだ若いほうだ」と笑って話す末岡さんは6代続く柑橘農家です。

島の農家の高齢化が進み、跡継ぎがおらず辞める農家があとを絶たず、農家の数が最盛期に比べて3分の1まで減った現状に強い危機感を抱いていました。
末岡和之さん
「島に荒れた土地が多くなるなか、若いわしがなんとかせんといけんと思った。100年以上続いてきたこの島の歴史を絶やすわけにはいかん。農家が少なくなれば、この島の活気もなくなってしまう」
農家の後継者作りのためにできることはないか。末岡さんが考えたのは、農家の“勘と経験”をデータ化する、レモン栽培のいわば“教科書”作りです。

思い切って、3年前に県の実証実験に参加することを決めました。とはいえ、スマートフォンは持っているものの、使うのは通話機能のみだったという末岡さんにとって勉強の日々だったといいます。
末岡和之さん
「年齢も年齢なので正直、ITとかAIとか聞くだけで抵抗感があった。始めのころは、スマホの操作が分からなくなってしまうこともあって、簡単ではなかったんよ」
そんな末岡さんをサポートしてきたのが、実証実験に参加する広島市の電気通信会社の20代の社員。手取り足取り教えてもらいながら末岡さんの挑戦が始まりました。

はじめの一歩はデータ集め

末岡さんが目指したのは、これまで農家の経験則で引き継がれてきた作業を「見える化」することです。その一つが先ほどのQRコードです。

レモン栽培に適している場所は、日当たりがよく水はけのいい傾斜地。私にはどこも同じ条件に見えますが、末岡さんによると、畑が傾斜地にあるため、すぐ隣にある木であっても日照時間や土壌の状態が違うといいます。末岡さんは1本1本の状況を見極め、水や肥料をまく量などを決めてきました。まさに培われてきた経験によってなせる技。
この職人の技をQRコードを使って記録していきます。作業の様子を見せてもらうと、苦手意識があったというのがうそのように、慣れた手つきでスマートフォンの画面をタップして、ほとんど時間をかけることなく、作業を記録していました。
もう1つが、日々、大きく変わる気候情報の蓄積です。

畑におよそ20本設置した高さ1.5メートルほどの最新のセンサー。このセンサーでは、気温や日照時間、それに地中に埋め込んだ特殊なコードで土の中の湿度などを自動で記録していきます。末岡さんが入力する「作業のデータ」と、「気候情報」を記録することで、農作業の正確なデータの蓄積につながるといいます。
こうして蓄積したデータをどう活用するのか。

末岡さんが自宅に案内してくれました。末岡さんがパソコンを開くと、そこには、いま畑で行うべき作業が示されていました。肥料の種類や量、どの木にあげるのか、細かなところまで具体的に書かれています。

作業内容や気候情報、それに収穫量など、これまでに蓄積したデータをもとに、AI=人工知能が分析した結果です。末岡さんの“勘と経験”に頼らなくても、AIが作業内容を提案してくれるというのです。
末岡和之さん
「いつの日か跡継ぎに1から教えなくてもこのデータ見てやれやって言える日が来ると思って、挑戦しとる。“教科書”を作ることで、レモン栽培に挑戦したいなと思った人が簡単に参入できるようにしたい」

将来の収穫量まで“見える化”

さらに、AIが“見える化”したのは農家の“経験と勘”だけではありません。過去の収穫量とそのシーズンの作業内容から、1本1本の木からどれくらいのレモンが収穫できるのかも予測できるようになりました。収穫の量だけではなく、等級まで予測します。

見た目や大きさが基準を満たす「A級」が何個、基準を満たさず加工品向けに出荷する「C級」が何個と、詳細に予測。予測ができるようになったことで、農協に卸すだけでなく、末岡さんみずから販路の開拓に乗り出すことができるようになりました。
これまで東京の市場や大阪の飲食店などと商談を行ってきました。農薬の量をなるべく少なくして、こだわりの方法で栽培する末岡さんのレモンは評判を呼び、全国に展開する企業からも商談を持ちかけられるようになりました。

自分の作ったレモンがどのように使われているかを知り、評価を直接聞けるようになったことで、やりがいにつながっているといいます。こうして販路を広げることで、収入の増加につながることも期待しています。
末岡和之さん
「“教科書”を作っても栽培したいと思ってくれる人がおらんと意味がない。レモンを栽培したいという人を増やすためには、収入面もしっかりせんといけん。販路を開拓して、次の世代の人たちにレモン栽培ええぞって言えるような環境を作るのが目標じゃね。レモン栽培をどんどん増やして、島を昔のように盛り上げたい」

最新技術に託されたレモンの未来

国産レモンの全国シェアの6割を占め、生産量日本一を誇る広島県。このうち、およそ半分は大崎下島で育てられています。

かつては生産したレモンが輸入レモンに押され、出荷できずに余ったこともあったといいます。しかし、ここ数年はレモンサワーや清涼飲料水、そして手作りの調味料と、レモンの活用の場が広がるにつれて、農薬をほとんど使わない国産レモンの人気は高まっています。
“AI”ということばに導かれ、足を運んだ大崎下島。取材をしてみると、末岡さんのレモン栽培は“デジタルネイティブ世代”を自負する私の想像をはるかに超えた取り組みでした。

「農業=きつい」そんな固定概念を変えたいと語る末岡さんは、取材の中で、「いずれは島のレモンをブランド化して多くの人に届けたい」と次の目標も明かしてくれました。

100年以上の歴史を紡いできたレモン栽培の新たな継承の形が始まっています。
広島放送局呉支局記者
榎嶋愛理
2017年入局
警察担当を経て2年前から呉支局
瀬戸内海の島々をめぐるドライブが趣味