JR福知山線脱線事故から16年 遺族たちが犠牲者を追悼

107人が死亡したJR福知山線の脱線事故から25日で16年となりました。新型コロナウイルスの影響で、追悼慰霊式は2年連続で中止され、遺族たちはそれぞれの場所で祈りをささげました。

平成17年4月25日、兵庫県尼崎市でJR福知山線、通称、宝塚線の快速電車が、カーブを曲がり切れずに脱線して線路脇のマンションに衝突し、乗客ら107人が死亡、562人がけがをしました。

例年、JR西日本が主催して行われてきた追悼慰霊式は、新型コロナウイルスの感染が拡大し、兵庫県に緊急事態宣言が出される中2年連続で中止されました。

ただ、現場にある追悼施設には献花台が設けられ、事故が起きた午前9時18分に訪れた遺族たちが犠牲者に黙とうをささげました。

献花台には25日、遺族とけがをした人や家族、75組が慰霊に訪れたということです。

JR西日本の長谷川一明社長は25日午前、献花に訪れ「取り返しのつかない重大な事故を起こしてしまったことを改めて、心より深くおわび申し上げます。風化させることなく安全の取り組みの原点としていきます」と述べ、改めて陳謝しました。

新型コロナの影響で、事故を伝える機会は縮小や中止を余儀なくされたほか、事故後にJR西日本に入社した社員は全体の半数を超えていて、記憶や教訓をどう継承していくかは、大きな課題となっています。

ほぼ同じ時刻に電車が通過

現場では、脱線事故が発生した午前9時18分とほぼ同じ時刻に快速電車が、速度を落としながら現場を通過しました。

線路沿いの道路では、近所の人などが立ち止まって、黙とうをささげていました。

一方、おととしまでは、電車が現場を通過する際に、警笛を鳴らし、亡くなった人たちへの哀悼の意を表してきましたが、去年に続き警笛を鳴らしませんでした。

これについてJR西日本は、「厳粛に追悼する環境を作るため」としています。

通過した電車の車内では黙とう

通過した電車の車内では、事故現場にさしかかる前に、「本日で福知山線列車事故から16年を迎えます。お亡くなりになられたお客様のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族、けがをされた方とご家族に深くおわび申し上げます。この事故を心に刻み安全運行に努め、安心してご利用していただけるよう全力をあげて取り組んでまいります」とのアナウンスが流されました。

そして、電車が現場付近に近づくと速度が落とされた車内では、乗客たちが静かに手を合わせていました。

現場で追悼した遺族の上田弘志さんは…

当時18歳だった、次男の昌毅さんを亡くした上田弘志さん(66)は、現場で献花して祈りをささげたあと「JR西日本の社長の慰霊のことばは今までと同じで、きれいなことを言うが、それをいかに実行するかということが欠けている。きれいなことばを並べるのではなく、しっかりと行動を起こしてほしい」と話していました。

また、昌毅さんの弟の篤史さん(31)は「もう16年たつが、『兄ちゃんが生きてたらな』という気持ちは変わらない。『がんばって生きてるよ、これからもそばで見守ってね』と報告した。コロナの中でも現場に来られてよかったと思う」と話していました。

事故現場近くに住む人も祈りささげる

事故が起きた現場周辺では、静かに手を合わせて祈りをささげる人たちの姿が見られました。

近所に住む46歳の男性は、妻や子ども3人と献花に訪れ、「事故当時から近くに住んでいて、とてもショックを受けたことを覚えています。私は事故の当事者ではないのでこれまでは来てもいいのかなと思っていましたが、子どもが中学校で事故のことを学んで、自分も遺族の方の手紙を読む機会があり、きょう献花に来るきっかけとなりました。亡くなられた方の分も私たちが精いっぱい毎日、生きなければいけないと思いながら、祈りをささげました」と話していました。

自宅で追悼の祈りささげる遺族

事故で、当時44歳だった長男の英也さんを亡くした、兵庫県川西市の植木安さん(90)と登喜子さん(86)夫妻は、新型コロナの感染防止のため、自宅で祈りをささげました。

安さんは「息子を思う気持ちは16年変わっていません。1年1年、老いることにはあらがいがたく、私もいつ亡くなるか分かりませんが事故のことを語り継いでいってほしい」と話していました。

また、登喜子さんは、「英也のことは常に忘れていません。たまに『いってくるよ』とか、ことばをかけたりもしています。JR西日本の社員は事故を胸におさめて、研修に生かしてほしい」と話していました。

長女を亡くした藤崎光子さん

脱線事故で当時40歳だった長女を亡くした藤崎光子さん(81)は、自宅近くで取材に応じ「『年月が悲しみを癒やす』というのはうそだ。年月がたてばたつほどつらさは増し、悲しい思いの中で生きていくのが事故のあとの人生だ。今でも、娘の『なぜ私は殺されたの』という声が聞こえる。食事をしていても、『なぜ私はそこにいないの』という声が聞こえる。JR西日本には、安全な会社になってほしい。私のような遺族を生まないでほしい」と話していました。

次女が大けが 三井ハルコさん

「負傷者と家族等の会」のメンバーで、次女が大けがをした兵庫県川西市の三井ハルコさん(65)は、「遺族や負傷者、家族にとって『事故から何年』という区切りはありませんが、時間が過ぎるにつれて事故の風化は加速してしまうと思います。コロナの感染拡大は永遠に続くことはないので、事故を風化させないためにこれからもこつこつとできることをしていきたい」と話していました。

またJR西日本に対して、「新型コロナの感染で経営的に大変な局面を迎える中、再発防止のためにどのように安全性を保つかなど事故の被害者と一緒になって考えていってほしい」と要望しました。

兵庫 伊丹駅の前では風船飛ばし犠牲者を追悼

兵庫県伊丹市では脱線事故でけがをした人が、駅前の広場で追悼のメッセージを書いた風船を飛ばし、犠牲者を追悼しました。

事故で大けがをした伊丹市の増田和代さん(51)は去年に続いて新型コロナウイルスの影響で慰霊式などの追悼行事が中止されるなか、事故の記憶を風化させたくないとことしも独自で行事を行うことにしました。

増田さんの友人など合わせて6人がJR伊丹駅前に集まり、事故が起きた午前9時18分、手を合わせて黙とうしました。

そして駅前広場にある鐘が鳴る中、「コロナ禍で16年になりましたが、天国の皆さんに届きますように」という掛け声とともに、メッセージが書かれた風船を一斉に空に放ちました。

風船にはそれぞれ、「事故のことは忘れない」や「安全な社会へ」などと書き込まれています。

増田さんは「私たちのような事故の被害者で生き残っている人たちは、風化させてはならないという使命を持っている。JRを利用している方々に少しでも事故のことを思い出してもらいたい」と話していました。