変わる?変わらない?「コロナ後」のスポーツ観戦

変わる?変わらない?「コロナ後」のスポーツ観戦
満員の球場でビール片手に、野球観戦…。
新型コロナウイルスの収束が見通せない日本では、まだまだ遠い先のことのように思えるが、ワクチン接種が進むアメリカでは、こんな風景が戻ってきている。
それでも、変わった点もあるという。
「コロナ後」のスポーツ観戦はどうなるのか。アメリカ各地の現場を取材した。
(アメリカ総局 記者 山本脩太)

スタジアム必須のアイテムとは

4月1日に開幕した大リーグ。
昨シーズンは一部のプレーオフを除いて無観客だったが、今シーズンは全30球団が観客を入れて開幕した。
投打の二刀流で復活を遂げている大谷翔平選手が所属するエンジェルスでは、収容人数の3分の1にあたる1万5000人が上限。
グループごとに距離を保って観戦する光景は、日本のプロ野球と同じだが、アメリカでは「あるデバイス」がなければ、快適なスポーツ観戦は不可能になっている。スマホだ。
感染防止のため、チケットの販売はすべてオンラインに。紙のチケットは廃止され、窓口で買うことはできない。
ファンは自分のスマホにチケットを表示させ、入場口で読み取ってもらう。

安く観戦するにも、スマホは必需品だ。
チケットの所有者が転売する「再販」が公式に認められているため、試合開始時間が迫るにつれ、売れ残っているチケットは価格がどんどん下がる。
試合直前まで、入場ゲートの前でスマホの再販アプリとにらめっこしているファンもいるほどだ。
おなかを満たしてくれるのも、スマホだ。
球場の至る所に表示されたQRコードを読み取り、専用サイトからホットドッグやコーラ、ビールも注文できる。
自分の座席番号を入力すると、数分で係員が席まで持ってきてくれる。

このシステムは、大リーグだけでなく、NBA=アメリカプロバスケットボールでも一般的になってきている。
取材したニューヨークの人気チーム、ネッツのホームアリーナでは飲食物だけでなく、ユニフォームなどのチームグッズまで「お届け」してくれる。
コロナ禍で私たちの生活にすっかり定着したデリバリーサービスは、スタジアムにまで広がっていた。

“犬査”!?

一方、デジタルとはかけ離れた対策をとったチームもある。
フロリダ州マイアミにある、NBAのヒートだ。
その対策とは「コロナ探知犬」。入場者が感染していないか、匂いで嗅ぎ分けるという。これまでヨーロッパの空港などで実施され、9割以上正しく検知できるという研究結果まであるそうだ。
アメリカのプロスポーツの現場に導入されたのは初めてと聞き、マイアミに向かった。
試合当日。アリーナの入場ゲートの近くに、大きなテントが設置されていた。そこには警備員とともに、2頭のジャーマンシェパードの姿があった。
試合開始1時間前、テントの中で観客が2列にずらっと並ぶと、2頭が鼻を動かしながら横を通る。数か月にわたって訓練を受けたということで、素早く「探知」していく。
犬が手の匂いを嗅いで座り込めば、感染の疑いあり。探知された人を含むグループは全員入場できなくなり、チケット代が払い戻される仕組みだ。
観客数の上限は1試合4000人。
チームによると、このうち数グループ(数十人程度)が探知犬による「犬査」に引っ掛かって入場できないこともあるそうだが、取材したこの日は犬が座り込む場面はなく、ファンたちは安心した様子で入場していった。

それにしても本当に犬の嗅覚で、コロナを探知できるのか。
体験した人たちからは、賛否の声が聞かれた。
「クールでおもしろい取り組みだ」
「犬に座られたら帰らないといけないの?ばかげている。祈るしかないね」
この話には後日談がある。
ヒートは4月、アメリカ国内でワクチン接種が進んだことを受け、「犬査」を終えることを決めた。今後はマスク着用などのルールを守れば入場できるという。
チームは、探知犬が活躍した2か月余りの間に、チームやファンの中で集団感染は発生しなかったとして、一定の成果はあったと強調している。

「無法地帯」の球場も

ファンに安心してスポーツ観戦を楽しんでもらおうという動きが広がる中、一気にブレーキを緩めた現場もある。
南部テキサス州を拠点とする大リーグのレンジャーズは、州の規制が緩和されたことを受け、ホーム球場「グローブライフ・フィールド」の観客数を制限しないことを決定。
パンデミック以降、アメリカのスポーツ界で観客制限をなくしたのは初めてで、4月5日のホーム開幕戦にはほぼ満員の、3万8000人を超えるファンが詰めかけた。

球場に入る際には、探知犬の「犬査」はもちろん、体温測定さえもない。ニューヨークの球場では、ワクチンの接種証明か72時間以内の陰性証明が求められるが、それも必要ない。
球場内ではマスクの着用が求められているが、着けていない人が多い。実感としては半分程度といったところだ。
こちらは球場内のハンバーガー店。
QRコードの注文システムは何だったのかと言いたくなるほど、長蛇の列ができていた。
どこもかしこも「3密」の球場内で取材を続けていると、恐怖心が込み上げてくる。
なぜこんなにも、コロナを気にしていない人が多いのか。
「ワクチンを接種したので、それほど心配はしていない」
「すでにコロナに感染したから、抗体を持っている」
なるほど。「自分はもう感染しない」という意識が、人々をこれほどまでに開放的にしていたのだ。
もちろんこれは誤りで、新たな変異ウイルスに感染したり、他人に感染させてしまったりする可能性もある。
バイデン大統領も、テキサス州のマスク着用義務の緩和や、レンジャーズの対応について「大きな誤りだ」などと批判している。
ただ、ファンからすれば「そんなことを心配していたらスポーツ観戦なんて楽しめない」といったところか。
取材中、観客の男性に言われたことばが忘れられない。

「なんでお前は『怖くないか』って何回も聞くんだ。怖くない。俺はテキサスの男だぞ」

いちばんのドーピング??

レンジャーズが観客制限の撤廃に踏み切った背景には、球団経営の事情もある。
大リーグでは昨シーズン、試合数の削減などによってリーグ全体で3000億円を超える収入減となり、これ以上の停滞は球団経営そのものを圧迫しかねない。
もちろんレンジャーズ以外の球団も状況は同じだが、州のルールが緩和された以上は「観客をできるだけ入れる」という判断に傾くのは、経営者の視点から見ればやむをえないのかもしれない。
テレビやネット中継の充実によって、スポーツの試合はいつでもどこでも見られる時代になった。
それでも、臨場感あふれるスタジアムでの観戦は、ファンにとって最高のエンターテインメントであることに変わりはない。
選手にとっても、観客がいるかどうかは大きな要素だという。

エンジェルスの大谷選手は、ファンについて、
「いちばんのドーピング(奮い立たせてくれる力)」
と独特の表現で、プレーに影響を及ぼすほど特別な存在だと強調する。
今後ファンが安全に、安心して観戦できる環境を整えるのが、すべてのチームに求められる新たな使命だ。
もちろん、大リーグ機構やNBAがそれをリードしていく必要がある。
東京オリンピック・パラリンピックではどうか。スポーツ界の対応が問われている。
アメリカ総局 記者
山本脩太
2010年入局 高知放送局、広島放送局を経てスポーツニュース部へ スキー、ラグビー、陸上競技を担当 2020年夏にアメリカ総局赴任