「地球上から道頓堀がなくなる」街の存亡かけたコロナとの闘い

「地球上から道頓堀がなくなる」街の存亡かけたコロナとの闘い
「感染対策を完璧に、完全に、街のイメージをクリーンに変えていかなければ、道頓堀は地球上から消えてしまう…。もう街は、ギリギリのバタバタの正念場や」

感染が急拡大し、3度目の「緊急事態宣言」の発出を国に要請した大阪。その中心にある、関西随一の繁華街・大阪ミナミの道頓堀は、この1年で商店会の1割にあたる13店舗が撤退し、さらに追い打ちをかけられようとしています。巨大なカニ看板が踊るくいだおれの街、道頓堀を守りぬけるのか…?

いま、道頓堀では、周辺の商店街も巻き込んで飲食店の店主たちが集まり、ひとかたならぬ思いを持って、店の「感染対策」に真剣に取り組んでいます。

“感染対策”徹底しなければ、もう街も店ももたない

「消毒は必ずお客様が通る動線の上!子供なんかは、絶対届かない。アルコールって置物、おまじないじゃないです。設備するってこういうことじゃないです!」
3月下旬、大阪・ミナミの一角で勉強会が開かれていました。

テーマは、安心してミナミで食事を楽しんでもらうための店づくり。感染対策の専門家を招き、アクリル板を設置する高さや間隔、さらには消毒液の置き場所などを、ひとつひとつ詳しく学んでいきます。
さらに、専門家監修の元、「アルコール濃度70%以上」「CO2センサーの設置」など26の項目からなるマニュアルを製作。近隣の商店会と合同で定期的に飲食店の感染対策を点検し、基準を満たしている店を「合格店」として認定する活動も計画しています。

これまで、飲食店の感染対策はそれぞれの飲食店が、見よう見まねで行ってきました。しかし、繁華街にあるミナミの飲食店に安心して訪れてもらうには、自分たちが先頭にたって、周囲の模範になるような感染対策をしなければ、もう店が持たないと考えていたのです。

集まったのは、50人の飲食店主たち。その表情は皆、真剣そのものです。
スナック経営・佳代さん
「独学でこれまで取り組んできたけど、パーティションの高さが不十分と分かった。早速、規定の高さのものを買いにいきたい」
この勉強会を企画したひとりが、道頓堀商店会の事務局長、北辻稔さんです。ミナミの現状に強い危機感を抱き、この取り組みへの参加を呼びかけました。

道頓堀やその周辺では休業・退店の動きが加速していて、ミナミを安心して訪れることのできる街にできなければ、江戸時代から続く歴史ある繁華街が、コロナ禍に飲まれ、その歴史に幕を降ろしてしまいかねないと考えていました。
道頓堀商店会事務局長 北辻稔さん
「感染対策を完全に、完璧にして、街のイメージをクリーンに変えていかなければ、コロナ後に道頓堀は地球上から消えてしまう…。もう街は、ギリギリのバタバタの正念場」

インバウンドも にぎわいも 消えた街で

この1年、北辻さんたちをはじめ、ミナミの人たちが目の当たりにしたのは、年間1000万人のインバウンドが大挙して訪れる道頓堀とは、すっかり様子の変わり果てた街の姿でした。去年4月の1回目の緊急事態宣言。街からは嘘のように人が消えました。かつては、観光客で長蛇の列が出来ていた、名物のたこ焼き屋の店頭販売の前を通り過ぎる人はほとんどいなくなりました。
特に大きな影響をうけていた店舗のひとつ、道頓堀の表通りにビルを構える、お好み焼きチェーンの旗艦店です。1階から6階まで、すべてでお好み焼きを提供するこのビル。かつて、この1棟だけで年間5億円の売り上げがありました。

しかし、1回目の緊急事態宣言では、全店舗の休業を決定。その際、閉めた店のシャッターには、こう記したポスターを掲げました。

「負けへんで!絶対ひっくり返したる!」。
お好み焼きチェーン社員・小山佳昭さん
「街中に、ただ“休業”を知らせるポスターだけが並んでしまうと、どうしても寂しい。大阪といえば“食と笑いの街”。どういう状況でも前を向いてしっかり頑張っているとアピールしたかった」
1枚のポスターから始まった「負けへんで!」の輪は、次第に街全体に広がっていきました。地ビール会社の「(コロナを)完敗させて乾杯やー!」や焼き肉屋の「モオー少しのガマン 負けへんで!」など、ウイットに富んだミナミらしいメッセージが集まったのです。「悲痛な面持ちで、下を向いているだけでは道頓堀の名がすたる。どんなに苦しくても、“笑い”に変える」。それこそくいだおれの街・道頓堀、食とエンタメの街・道頓堀の真骨頂でした。

いまこそ「食とエンタメの街」道頓堀の原点回帰を

1回目の緊急事態宣言が解除されたあと、道頓堀では多くの店が再開したものの、客が来ない日々が続きました。

その翌月に開かれた商店会の会合では、会長の口からは鬼気迫る言葉が投げかけられました。
道頓堀商店会 会長 上山勝也さん
「道頓堀商店街が始まって400年。戦災の時を除いてこんなに被害があるのは、100年あるかないか。道頓堀は非常に厳しい。でも、大阪にひとを呼ぶのは、やっぱりこの道頓堀商店街なんやということを、我々は自覚して頑張っていかなあかん」
こうした中、街の再起をかけて、新たな仕掛けをしようと考えている人がいました。商店会の副会長の永尾俊一さん(57)。大学卒業後、この街で小さなたこ焼き店を開業し、今や全国50店舗にチェーン展開をする道頓堀の名物社長です。

永尾さんが打ち出したのは、再起を賭けたひと夏のイベントでした。人のいなくなった道頓堀に屋外で飲食を楽しめるカフェテーブルを設け、そこに、これまたコロナ禍で行き場を失ったアーティストやパフォーマーを招き、密を気にせず、路上でエンタメを楽しんでもらいながら、道頓堀の味を楽しんでもらおうというのです。

「エンタメストリートカフェ」と名付けられたこのイベント、目指したのは、「食とエンタメの街」道頓堀の原点回帰でした。

道頓堀は元々、江戸時代に5つの芝居小屋が立ち並ぶ歴史ある繁華街です。まさに、朝の連続テレビ小説「おちょやん」で放送されているあの世界そのもの。芝居を観た帰りにおいしいものを食べる。「食とエンタメの街 道頓堀」は実は400年の歴史を持つ街の真髄です。

しかし、こうした状況に突如変化が訪れます。2015年頃から、こうした人情、熱さが外国人にウケ、インバウンドが急増。観光地として過熱していき、街のもっていた本来の良さが失われかけていると感じていた人も少なくありませんでした。中には、「正直なところ、インバウンドバブルに踊ってしまった」と語る経営者もいました。
いまこそ、原点に立ち返るチャンスだ。「食とエンタメの街・道頓堀」復活へ、一大プロジェクトが動き出したのです。7月1日。2組のパフォーマーを呼び、こけら落としが行われました。街にとって、久しぶりの明るいニュースとなり、永尾さんも手応えを感じていました。
道頓堀商店会 副会長 永尾俊一さん
「コロナをきかっけにもう一回、まち自体の原点に戻って、街の新しい魅力を足していく。こうして、この街が発展してきたのかなと改めて思う」

“名指し”の休業要請で沈む街 救ってくれたのは…

しかし、商店会を挙げて再起を誓った矢先、道頓堀はさらなる試練にさらされます。

感染の“第2波”で、大阪では若者を中心に急拡大。吉村知事から「特に突出している」と指摘されたのが、ミナミの繁華街でした。

“名指し”された道頓堀では、休業要請・時短要請が始まり、街全体が再び重く沈み込みました。
休業要請が明けた去年の秋、道頓堀の危機を救いたいという人たちが次々に表れました。

これまで道頓堀の観光振興を二人三脚で進めてきた団体が、道頓堀川の川べりでファーマーズマーケットを企画。「とんぼり夜市」と銘打って、コロナの影響を受け余った飲食店の食材などを販売する露店市を開催しました。

さらに、映画「えんとつ街プペル」とのコラボも実現。閉店・休業している店のシャッターに、劇中のイラストを描きました。イラストには、「信じ抜け」「信じれば世界は変わる」と映画にちなんだメッセージがうたわれました。

こうした周囲からの温かい支援が、苦境を耐え抜く大きな力になったと話す人もいました。

“第4波”の道頓堀 とにかく感染対策の徹底を

しかしいま大阪は、感染の“第4波”に見舞われ、感染者数は1日に1000人を超える日が続く、かつてない厳しい状況になっています。大阪府は国に3度目となる緊急事態宣言の発出を要請する事態となっています。

そうした中での道頓堀。街に響くのは、くいだおれ太郎の太鼓の音。そこに人々のにぎわいはいまだありません。

今週、そんな寂しい通りを、商店会の事務局長、北辻稔さん他商店主たち数人が、街の飲食店の感染対策の点検に回っていました。1日におよそ10件。自分たちで作ったマニュアルに沿って、換気扇の位置や検温体制、トイレの感染対策など事細かにチェックします。

店一つ一つの形態が違う為、全てがマニュアル通りにいく訳ではありませんが、そういう場合は、専門家に、どう対応すれば、その対策が万全になるのか、専門家の指導を仰ぎながら、北辻さん曰く、「完全で完璧な感染対策」を目指す予定です。
道頓堀商店会 事務局長 北辻稔さん
「派手な街、道頓堀だが、地道に身を固める作業を、アフターコロナを願って、やっていくしかない。道頓堀の、道頓堀による、道頓堀の為の感染対策強化、やな」
一方で、派手な街、道頓堀だから、“身を固める”だけでは当然収まりません。大阪の感染者数が今後ピークに達し、そして下降し、人の行き来が再び可能になった時のことも勿論考えています。

毎年夏、1300基の灯篭を川添いに飾る、ミナミの風物詩「道頓堀川万灯祭」。今年は地元だけでなく、一般公募で提灯に記す文字を募集する予定です。そして、クラウドファンディングで街への支援も呼びかけようとしています。
道頓堀商店会 会長 上山勝也さん
「転んでもただでは起きない。やはりミナミは人々を元気にする街。落ち込んでばかりはいられない。攻めの一手もどんどん打っていかなあかん。道頓堀が元気にならなければ、大阪が元気にならない。大阪が元気にならなければ、日本が元気にならない。そう思って日々やっている。絶対に、負けへんで!」
大阪拠点放送局 ディレクター
家坂徳二
2017年入局。大阪の飲食店を中心に新型コロナの影響を取材