バーチャル伊勢丹は、リアル伊勢丹を超えられるか

バーチャル伊勢丹は、リアル伊勢丹を超えられるか
「入社当時、『百貨店?オワコンじゃん』と言われたくやしさが、ずっとくすぶっていました」
デパートのある男性社員は、そうつぶやきました。
当時のくやしさをバネに、この社員が立ち上げたのが、バーチャル店舗。「伊勢丹新宿本店」を全く新しい形でバーチャルリアリティー(VR)の空間につくり出そうというのです。
ファストファッションやネット通販の台頭で、かつての勢いを失っているとも言われるデパート業界に、新風を吹き込むことはできるのでしょうか。(経済部記者 保井美聡)

バーチャル伊勢丹へ、ようこそ

三越伊勢丹が3月にリリースしたスマホ向けアプリ「REV WORLDS(レヴ ワールズ)」。
アプリを起動すると、VR技術で再現された新宿の町並みの中に、昭和初期建築のモダンな外観そのままの伊勢丹新宿本店が現れます。

自分のアバターを操作して中に入ると、様子は一変。現実の店舗の内装とは大きく異なり、柱や壁を取り払った大きな空間が現れます。
フロアには、リボンに見立てた通路。SF世界のデパートに買い物に来たような感覚を体験できます。
バーチャル店舗では、洋服や洋菓子など、バイヤーが各地から仕入れた100点余りの商品を実際に購入できます。また、チャット機能を使ってアプリ内の“来店者”どうしも会話ができるので、離れて暮らしている家族や友人とバーチャル空間で待ち合わせて買い物をすることもできます。

“オワコン”への反発が生んだVR

このアプリ、1人の若手社員の提案でスタートしました。仕掛け人は三越伊勢丹の仮想都市プラットフォーム事業担当の仲田朝彦さん(37)。
仲田さんは2008年に入社しました。2008年といえば、当時の伊勢丹が三越と経営統合して新会社を設立した年。アップルのiPhoneの日本での販売が始まった年でもあります。仲田さんは当時、中でも3Dで町並みを再現する地図アプリに心をひかれました。

仲田さんは、バーチャル店舗の開発のいきさつをこう話します。
仲田さん
「(2008年の)入社当時、大学の同級生に『百貨店?オワコンじゃん』と言われたくやしさがずっとくすぶっていました。この事業は、新型コロナの感染拡大前、社内起業制度を使って2018年に提案したものです。当初は、2023年ごろにサービスを提供できればいいと考えていました。しかし、感染の拡大後にみんなでアバターを使って遊ぶようなオンラインゲームがすごくヒットしたのを見て、当初の想定よりもっと早く取り組まないといけないと思い直しました。まずは小さくスタートし、アップデートを積み重ねていこうと戦略を変えたんです」

コロナが直撃、デパートの危機!?

オワコンは言い過ぎですが、デパートは今、厳しい時代に直面しています。

一等地に大きな店舗を構え、高級路線のファッションや化粧品を品揃えすることで大きな売り上げをたたきだしてきましたが、最近は「ユニクロ」や「H&M」といったファストファッションの台頭や、「ZOZO」をはじめとするアパレルECが浸透し、業界構造が急速に変化。客足が遠のいてます。そういえば最近、デパートに行かなくなったと感じている消費者も多いのではないでしょうか。
加えて、新型コロナウイルスの感染拡大で外出そのものが控えられる中、大都市の中心部に店を構えていること自体が逆にリスクとなりかねない状況です。

三越伊勢丹ホールディングスの2020年度の国内のグループ全体のデパート売り上げは、前年度比24.4%減。最大の売り上げがある伊勢丹新宿本店も前年度比24.5%減と、かつてない落ち込みとなりました。
これまでどおりの商売では成長が見込めないという危機感に業界全体が覆われています。

VRでも、おもてなしで付加価値を

逆風の環境でバーチャル店舗をどう成功に導くのか。仲田さんは、デパートが持つ“アナログ”な魅力をアプリの付加価値につなげようとしています。
その1つが、実在する店員そっくりのCG画像による“アバター接客”。新宿本店の近くの自社ビルに、人がすっぽり入れる大型の3Dスキャン装置を用意しました。この装置で作った本物そっくりのアバター店員が、VR空間で接客をします。客はアバター店員とチャットでやり取りをすることもできます。
ネット通販では利用者の購入履歴からAI=人工知能がおすすめの商品を分析するのが当たり前になっていますが、バーチャル店舗では経験豊富なアバター店員が客とチャットでやり取りすることでコーディネートを提案します。
さらに、デパートの大きな売りである“催事”も、差別化の大きなポイントです。自社ビルには小型の3Dスキャンもあり、バレンタインなどの催事用に入荷した商品は、そこですぐにVRに取り込むことができます。
リアルの催事とバーチャル催事を連動させ、将来的には店頭でもアプリでも、同じ商品を同じタイミングで購入できるようにしようとしています。
仲田さん
「VRの事業化に向けてバイヤーや催事の担当者と話をする中で、彼らは、お客様が『行きたい』と思えるような魅力的なコンテンツを常に考え、作っているということを肌で感じたので、それをより多くの人に届けたいと思っています。デパートの実店舗の価値は、商品を買う時の体験やコミュニケーションといった“付加価値”に尽きると思いますが、そういうアナログ的な体験のよさは、バーチャル上でも実現できると思っています」

まちぐるみで体験価値の向上を

さらに、いま進めているのがVR空間の拡大。

現在のバーチャル店舗は、伊勢丹新宿本店のごく限られたエリアだけですが、歌舞伎町や周辺の公園、映画館など新宿東口界わいをまるごと再現できないか検討を進めています。
将来的には、VR空間内で映画を見たり、買い物以外の体験も提供したりできるよう、地域の他業種の企業と相談しながらイベントの実現を目指しています。

思えば、デパートは単なる買い物の場所ではなく、町歩きで疲れた足を休めたり、お茶をしながらおしゃべりに興じたりする空間でもありますよね。

空間内の体験価値を高め、関心の糸口を増やすことで、デパートになじみがない若い世代にも利用してもらおうというねらいもあるのです。

“アナログ”VRは客の心をつかめるか

そんなバーチャル店舗は、デパート業界に新風を吹き込めるのか。仲田さんは、VRからリアル店舗への還元もできるとみています。
バーチャル店舗では、アバターの着せ替え用の服や靴なども販売する予定で、仲田さんは、あえて奇抜なデザインのアイテムを投入し、利用者の反応を見ることで、実際に商品化する上でのヒントも得られると考えています。
仲田さん
「デザイナーを目指す女性から『作りたいものより、売れるものを作らないといけないんですよね』と言われたのがずっと心に残っていました。仮想空間のアイテムという形で、若いデザイナーや顧客自身の発想を生かすことができれば、もっと自由なファッションが生まれるし、話題になれば商品化の可能性も高められるのではないかと思っています」
地域を巻き込み、デジタルの中であえてアナログの要素を大切にしたサービスで、いかに顧客の心に残る体験を提供できるのか。今後の展開に注目したいと思います。
経済部記者
保井 美聡
2014年入局
仙台局、長崎局を経て
流通業界などを担当