大竹しのぶ × 井上ひさし 困難な時代でも“笑い”を

大竹しのぶ × 井上ひさし 困難な時代でも“笑い”を
憑依型の俳優とも呼ばれ、役に没頭する姿に魅了されるファンが多い大竹しのぶさん(63)。
日本を代表する劇作家、故 井上ひさしさんと深い縁がある。先行きの見えない今を生きるうえで大竹さんが井上作品から伝えたいこと。それは、井上さんが愛した「笑い」だった。
(山形放送局 記者 及川緑)

◇記事の最後に大竹さんのインタビュー動画を掲載しています◇

役者人生に大きな影響

4月11日、山形県川西町に大竹しのぶさんの姿があった。
没後11年を迎える井上ひさしさんをしのぶ「吉里吉里忌」に出席するためだ。今の川西町出身の井上さんの小説「吉里吉里人」をもじって名付けられ、ゆかりの地に多くのファンが集まる。
ゲストとして登場した大竹さんは、25歳の時に井上さんが手がけた舞台に初めて出演したエピソードを語った。
チャーミングな語り口で、時折、会場を笑いで沸かせた。
大竹しのぶさん
「制作発表の場で初めてお目にかかって、すごく優しくて楽しい方だなって思いました。『ひょっこりひょうたん島』の人っていうことしか私全然分からなくて、すごい方なんだよって言われて」
大竹さんはその後、3つの井上作品に出演することになり、役者人生に大きな影響を与えることになる。

井上ひさし 物語に魅了

井上ひさしさんは平成22年に75歳でこの世を去った。
昭和9年に山形県川西町に生まれ、昭和39年から放送されたNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の脚本担当の1人となったことで、一躍有名になった。
小説家としても、江戸時代の娯楽小説=戯作作家を描いた「手鎖心中」で直木賞を受賞する。東北地方の架空の村が日本から独立するという設定の「吉里吉里人」などベストセラーを発表した。
反戦の立場で時代を鋭く批評しながらもユーモアを大切にする作風で、そんな井上さんが紡いできた物語に俳優 大竹しのぶも魅了された。

“言葉が役者の体を通して観客へ”

大竹さんは、井上作品への出演に直談判したエピソードを熱く語った。
大竹しのぶさん
「井上さんのお芝居が好きで見ていて、もう直談判しました。『出たいんです、出たいんです、絶対出たいんです!』と言いました。井上さんの言葉は本当にすばらしい言葉ばかりで、井上さんの言葉が役者の体を通して観客に静かに染み渡っていくのを体感することができるんです」

むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく

そこまで大竹さんを駆り立てた、井上さんの舞台の魅力とは何か?NHKのインタビューにこう応えた。
大竹しのぶさん
「登場人物すべてが自分の人生を抱えて生きていて、それが本当に魅力的です。音楽がある芝居が多く、こんな素敵な戯曲は無い。井上さんの言葉で『むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく』ってありますけど、ユーモアにあふれて笑いが必ずそこにはあって、でも悲しくてという登場人物が本当に素敵です」
大竹さんは「放浪記」で知られる作家 林芙美子の半生を井上さんが描いた舞台「太鼓たたいて笛ふいて」に出演した。
大竹さん演じる林芙美子は、戦時中、従軍作家として戦争をたたえる文章を書いてきたが、日本の支配下に置かれた国の現状を見て「戦争は人を苦しめる」と気付くのだった。
この舞台を通して、大竹さん自身も役者としての意義を感じることができたと言う。
大竹しのぶさん
「正義とか、正しい人間っていうのは実はあまりいなくて、どこか間違いを犯したりとかだめなところがあったりするっていうのが本当におもしろいなって思っています。舞台に立って、井上さんの言葉を言うと、その言葉が客席にゆっくり、じんわり伝わっていくのを体感していたので、これが役者の喜びなんだなっていつも思っていました」

物語に生きるヒント

井上さんが亡くなって以降、私たちは東日本大震災や、現在のコロナ禍といったこれまでの常識を覆す状況に直面してきた。
「吉里吉里忌」の講演で大竹さんは、井上さんの物語に生きるヒントをえたいと、こう述べた。
大竹しのぶさん
「井上さんがもし今いたら、どんな物語を作ってくれるんだろうかと本当に思う。3.11もいらっしゃらなかったし、亡くなってから11年の間、日本はだいぶ変わったと思う。大きな大きな出来事が起こった。作家 井上ひさしがどのような言葉を私たちに贈ってくれたのか、どんな物語を作ってくれたのかすごく知りたい」
井上さん亡きいまでも、どのような言葉が人々の支えになると思うか、大竹さんに聞いてみた。
大竹しのぶさん
「難しいな…それにぴったり合うようなことばですか?」
悩みながらも紹介したのは、井上さんがロシアの作家 チェーホフの生涯を描いた舞台「ロマンス」の一節。大竹さんの出演作品の1つだ。
台本を朗読してくれた。
ひとはもともと、あらかじめその内側に、苦しみをそなえて生まれ落ちるのです。

だから、生きて、病気をして、年をとって、死んで行くという、その成り行きそのものが、苦しみなのです。

したがって、苦しみというものはそのへんに、ゴロゴロといくらでも転がっているわけです。
けれども、笑いはちがいます。笑いというものは、ひとの内側に備わってはいない。だから外から……

つまりひとが自分の手で自分の外側でつくり出して、たがいに分け合い、持ち合うしかありません。

(井上ひさし「ロマンス」より)

笑いを作りだし 分け合う

井上さんは生前、NHKのインタビューに「人間がことばを持っているかぎり、その言葉で笑いを作るのがいちばん人間らしい仕事だと思う」と語り、「笑い」にこだわり続けていた。
大竹さんも井上さんの「笑い」を愛する姿勢に共感していた。
大竹しのぶさん
「苦しみや悲しみが多いこの世の中だけれども、笑いをいつも意識して、一緒になんとか作り出して分け合いましょうと言うその考え方がすごく素敵だなって思います。そういう風になればいいなとは思いますけど、分かち合うことも今はなかなか難しい。できないなとは思いますけど、でも意識して、ふさぎ込まないようにみんなが生きていければいいなと思いますね」
没後10年余りたっても、井上さんの紡ぐ物語は今を生きる私たちの背中を押してくれる。
大竹さんが話してくれたように、コロナ禍で厳しい状況は続いているが、笑いを作り出しながら日々を乗り越えていければと思う。
山形放送局 記者
及川緑
2018年入局、現在米沢支局。井上ひさしさんのふるさと川西町を含む置賜地域を担当。幼少から読書好き。