地球に優しい電池を EVの“要”めぐる潮流(後編)

地球に優しい電池を EVの“要”めぐる潮流(後編)
EV=電気自動車へのシフトが急速に進むことで、世界全体のバッテリーの需要は2030年に2018年比で14倍になるとも見込まれている。他国にEVの要ともいえる部品を依存してばかりではいられないと、今開発を急いでいるのがヨーロッパだ。その動きの中には、長年日本でバッテリー開発に携わってきた技術者の姿もある。(国際部記者 松崎浩子)

バッテリーメーカーがいない

ヨーロッパでは、EU=ヨーロッパ連合が打ち出した厳しい環境規制に変革を迫られ、自動車メーカーのEVシフトが加速している。

一方で、要となるバッテリーを作る大手企業は域内には見当たらず、韓国や中国、日本からの輸入、つまりアジア頼みだった。

材料に希少な金属が使われることもあり、バッテリーを他国に頼り続ける状況は、経済安全保障の観点からも改善する必要がある。
EUは、こうした判断から2017年に「バッテリーアライアンス」と呼ばれる新たなプロジェクトを立ち上げた。手始めに日本円で4000億円余りの補助金を確保し、関連産業に投資や融資を進めたほか、ヨーロッパ投資銀行や各国政府にも協力を要請した。自動車が基幹産業であるドイツのメルケル首相も、取り組みの重要性を強調してきた。
ドイツ・メルケル首相:2018年
「中国がEU域内で生産すれば、“EU産バッテリー”と言えはするだろうが、重要なのは、われわれ自身で生産できるようにすることだ」

“世界一クリーン”に

背中を押された企業が次々と工場の建設を進める中、注目を集めているのが、アメリカのEVメーカー・テスラの元幹部が設立したスウェーデンの「ノースボルト」だ。

創業わずか4年で、フォルクスワーゲンやルノー、大手銀行など、39社から3800億円を超える資金調達に成功。2022年後半の出荷開始を目指してバッテリーの開発を進めている。
うたい文句は「世界で最も環境に優しいバッテリー」。工場で使う電力の100%を水力や風力などの再生可能エネルギーでまかない、さらに、2030年までに、販売するバッテリーの材料の50%をリサイクルで調達するとしている。

リサイクルには手間もコストもかかるが、ヨーロッパ委員会がバッテリーの分野でも厳しい規制を行う姿勢を見せていることもあり、対応を図る方針だ。

そこには、日本の技術者が

実はノースボルトの開発総責任者を務めているのは日本人だ。阿武保郎さん。パナソニックなどで35年近くにわたってバッテリー開発に携わってきたプロ中のプロだ。ノースボルトは、アジアの技術者のリクルートに力を入れていて、阿武さんのチームにいる150人のエンジニアのうち、半数を占めるという。

世界のバッテリー出荷量は、韓国、中国、そして日本のメーカーだけでシェアの9割を占める。知見ある国の技術者を呼び込もうというのだ。
阿武保郎さん
「私がこの会社に入ったのは、“EVは本当に環境に優しいのか”という疑問を常に抱えていたからです。バッテリーはケミカル・プロダクト(化学製品)なので。

長年の知人だったノースボルトのカールソンCEOに『スウェーデンでバッテリーを作る』と言われ、誘われたときにも、『環境規制が厳しいのに冗談だろう』と思ったくらいです。

でも、再生可能エネルギー比率の高い国だし、二酸化炭素を出さない部品調達にもこだわっていた。そして、バッテリーのリサイクルの工程も並行して立ち上げていて、本当にクリーンなバッテリー作りを目指していることが分かったので、貢献したいと思ったんです」
自動車メーカーからの期待は高い。3月、フォルクスワーゲンからメインサプライヤーに選ばれ、日本円で1兆5000億円もの受注を獲得した。これまでの受注総額は2兆9500億円にのぼっているほか、バッテリーのリサイクルではBMWなどとも協業し、EU域内のバッテリーメーカーとして、足場を確かなものとする考えだ。
阿武保郎さん
「私たちがヨーロッパのバッテリメーカーの火付け役のような形で動いていますが、ガソリン車やディーゼル車の販売規制はあっという間に来ます。

自動車メーカーのEVシフトに比べてヨーロッパのバッテリーメーカーの動きはまだずいぶん遅いとは思いますが、顧客である自動車メーカーの工場の中でバッテリーを生産するなどして、迅速な供給につなげたいと思っています」

日本は?

政府の補助金をてこに急速に力をつけてきた中国。ゼロからの台頭を目指すヨーロッパ。EVシフトの要をにぎるバッテリーの開発をめぐる世界の潮流に、日本はひと事ではいられない。長く日本のバッテリー産業にいた阿武さんはこう話す。
阿武保郎さん
「日本は安全性や品質の取り組みは世界一なんですが、材料の調達コストが高すぎて技術があっても2倍以上の価格がついてしまう。安全性はもちろん最も重要ですが、安全だから中国や韓国の2~3倍の値段でよいという考えは通用しないと思います。

消費者が買える価格帯にするために何をすべきか考え直す必要がある。技術、コスト、かつ環境。この3拍子をやらず、メイド・イン・ジャパンで品質がよくて高くて当たり前と思っていると、大変な失敗をすると思う」
EVやバッテリーの動向に詳しい名古屋大学の佐藤登客員教授の見方も、同様だ。
佐藤登 客員教授
「中国メーカーなどがEVの火災事故を何度も起こしている一方で、日本では公道での火災事故はなく、日本のバッテリーメーカーが厳しい基準で安全性や信頼性を高めていることがあると思います。日本企業には、そうした強みを確立させるとともに、リユース・リサイクルまでの循環型の流れを作っていくことが求められます。

液晶パネルなど、世界的な価格競争の中で振り落とされてきたのが日本。バッテリーでそうならないかというと、当然、危機感を持たなければならない。価格面でどう対抗するのかも考えながら、『全固体電池』などの次世代の技術開発も急ぐことが欠かせません」

危機感をばねに

EVのバッテリーは、アメリカのバイデン政権も、半導体などとともに国内での生産の促進を含め、サプライチェーンを見直していく方針を掲げている。安全性、価格競争力、環境対応、次世代技術の開発。それらすべてを各メーカーだけでこなしていくことは容易なことではないが、ヨーロッパやアメリカの戦略の背後に、強い危機感があることは間違いない。日本も産官学が危機感をもって存在感を高めていけるかが問われることになりそうだ。
国際部記者
松崎 浩子
名古屋局を経て現所属
欧州地域を主に担当し経済や環境問題などを取材