もう充電しません!? EVの“要”めぐる潮流(前編)

もう充電しません!? EVの“要”めぐる潮流(前編)
EV=電気自動車へのシフトが世界的に加速することで、同時に起きている国際的な開発競争がある。要の部品、蓄電池=バッテリーがそれだ。従来、日本や韓国のメーカーが強い分野だったが、ここ数年で中国メーカーが一気に世界シェアを伸ばしてきた。中国では、新たな方式のEVの普及が見込まれることもバッテリーの需要を押し上げようとしている。(広州支局記者 高島浩)

最速20秒の衝撃

「バッテリーごと、交換します」初めてその様子を目にしたのは、中国・広州で去年11月に開かれたモーターショーだった。

展示スペースをいっぱいに使って設置された大きなステーションの中央にEVが止まっている。そのEVが20センチほど持ち上げられると、左側から平らな台車のような装置が地をはうようにスライドして車の下に潜り込む。すると瞬く間に車の底部からバッテリーが外され、台車に乗せられて左側に消えていく。

あっけにとられていると、今度はステーションの右側から充電済みのバッテリーが同じように台車で滑り込んでいき、瞬時に車に搭載される。この間、わずか20秒ほど。素直に驚いた。

もう充電しません!?

この技術を開発したのは、中国の「奥動(オールトン)」。自動車メーカーではなく、バッテリー交換をサービスとして手がける会社だ。

20秒でのバッテリー交換を実現させたカギは、自動車メーカーなどと開発した特許技術にある。ごく簡単に言えば、強力な磁石とホックのような部品でバッテリーをEVに取り付けている。これによって、容易な取り外しと安全性の確保を両立させているとしている。
中国国内ではすでに実用化されていて、広州市内のステーションを訪ねると、筆者がふだん利用している見慣れたタクシーがひっきりなしに訪れていた。

1日に100台以上がバッテリー交換をしているといい、タクシーの運転手の男性は、「充電と比べると値段は高いですが、とても短時間で交換が済むので気に入っている」と話していた。

政府も後押し

充電の代わりにバッテリーごと交換してしまおうという発想は、中国政府も後押ししている。去年5月の全国人民代表大会で李克強首相が行った政府活動報告の中で、新エネルギー車として、バッテリー交換式が初めて言及された。EVシフトが進む中で、新たな“発展モデル”として位置づけられたのだ。
去年10月には、国家エネルギー局が主導して、メーカーや車種ごとに形状が異なるバッテリーパックの平準化に向けた話し合いが始まり、交換ステーションの普及に向けた取り組みが進められている。

オールトンによれば、こうした政府の動きに呼応するように、これまで数百社にとどまっていた関連企業の数は、去年、3000社近くにまで急増したという。

EV普及の課題解決に

バッテリー交換式を後押しする中国政府の思惑には、広大な国土全体にEVを普及させたいねらいがある。

中国では、EVを購入するとともに、ノートパソコンほどの大きさの充電機器を自宅の駐車場に設置する人が増えている。

ただ、前提となるのは、送電網が駐車場までひかれていることだ。去年、EVを含む新エネルギー車の新車販売台数が136万台と過去最高を記録したが、中国全土で充電設備のために送電網を整備するには限界がある。
また、EVのバッテリーは、一般に寒冷地では性能が下がる。中国の東北部では、冬場は氷点下20度を下回ることが少なくない。厳しい環境でもEVを普及させるには、一定の気温が保たれた交換ステーション内でバッテリーを充電させる方法が適していると言える。

巨額投資のバッテリーメーカー

交換式が広がれば、バッテリーの需要はEVの台数以上に膨らむことになる。今、中国のバッテリーメーカーは急ピッチで増産体制の構築を進め、巨額の設備投資計画を発表している。
福建省に本部がある世界最大手のCATL(寧徳時代)は、去年、日本円で合わせて1兆円規模の工場建設を公表。ことしに入ってからも、4700億円を投じて中国国内に3つの新工場を建設することを明らかにしている。

その1つ、広東省肇慶の建設予定地を訪ねると、30ヘクタール余りの広大な土地で大勢の人が建設作業にあたっていた。
すぐ近くには、バッテリー交換式の車種を新たに開発する計画を公表した中国の振興EVメーカーの工場があり、需要の増加を取り込むねらいとみられる。

また、バッテリーからEVまでを手がける「BYD(比亜迪)」も、自社のEVにのみ提供していたバッテリー部門の方針を転換。環境規制がいち早く強化され、世界有数のEV市場となっているEU=ヨーロッパ連合で、2030年までに6つの新工場を建設する計画を明らかにしている。

淘汰の先に

中国のEVを取り巻く状況を取材していると、そのスピード感や先を見据えた投資の力を肌で感じる。一方で、これまでは多額の補助金によって業界の成長が促されてきたが、政府がこうした補助金政策からの脱却を図り、“量から質”への転換を進めていることで、EVメーカーやバッテリーメーカーの間では、淘汰が進んでいることも事実だ。

その淘汰を勝ち残った大手企業が、世界で一段と存在感を高めていくことになるのかが、焦点だ。
広州支局長
高島 浩
平成24年入局
新潟局 国際部 政治部を経て現所属