“第4波はまるで違う”大阪の記者が感じる医師の危機感

“第4波はまるで違う”大阪の記者が感じる医師の危機感
「家族と一緒にごはんが食べられない」
「自宅に帰らず、マンションを借りて暮らしている」

新型コロナウイルスの患者ではありません。
患者を診る医師や看護師のことばです。

私は1年近く大阪の病院の取材を続けてきましたが、今回の“第4波”。これまでとは病院の様子が明らかに違っています。

「このままでは救うことができる命を失うことにつながる」

これまでも繰り返されてきたことばですが、今現実のものとなりつつあります。

これ以上、病院の努力に頼るのは限界だと感じています。

(大阪拠点放送局 記者 井上 紗綾)

働き盛りの世代が…

「苦しいねー」
「気持ち悪いねー」

今月8日。
東大阪市の府立中河内救命救急センターを取材で訪れると、看護師たちが意識のない患者に必死の呼びかけを続けていました。

患者は挿管され、口から延びた管は人工呼吸器につながっています。

意識のない患者の中には、40代や50代の働き盛りの人たちがいます。
私は去年の1回目の緊急事態宣言が明けた後から1年近くこの病院の取材を続けてきましたが、いままで見てきた患者は80代や90代の方々が中心でした。

今回の第4波は、これまでと明らかに違うと感じています。

変異ウイルスの脅威

原因と考えられるのは、変異ウイルスです。

WHOによると、変異ウイルスは従来のウイルスに比べて最大で1.7倍程度、感染力が高いと指摘されています。

感染力が高いと、これまでと比べてどの年代でも感染する可能性が高まることは、頭では理解していました。

しかし、実際に病院で自分の父母の世代の40代、50代の患者が何人も、人工呼吸器で治療を受けている様子を目にすると、危機感が現実味を帯びてきました。

さらに取材を進めると、第4波の患者は従来の患者よりも入院する期間が3日から4日以上延びていることが分かりました。

病院の山村仁所長によると、従来の新型コロナウイルスに感染した患者よりも抗体ができるのが遅くなっているというのです。

患者の感染力がなくなるまでに、これまでよりも時間がかかっているということを意味しています。

搬送されてくる患者は増えているし、入院の期間も延びている。これではベッドを空けることは、ままなりません。

病院に8床あるベッドはすべて埋まった状態が続いています。
「第3波は高齢者が多かったが、今回は比較的若い世代に広がっていて、基礎疾患のない人も重症化している。幅広い年齢層で重症化するリスクが出てきたと感じているが、患者が毎日運ばれてくる状況で、病床が足りなくなる可能性は非常に高い」
この話を聞いたとき、私は「医療を提供する体制は、確実に限界に近づきつつある」と感じました。

地域唯一の救命救急センター

この病院は、東大阪市を中心とした地域唯一の救命救急センターです。30床の病床を持ち、命にかかわる事故やケガ、病気の対応にあたってきました。

新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、救命救急の機能を維持しながら、ICUを割いて、人工呼吸器や人工心肺装置=ECMOが必要な重症患者を専門に受け入れています。

私が初めて取材で訪れたのは、去年の5月。1度目の緊急事態宣言が明けた後でした。
病院に入院し家族とも会えない患者の不安を少しでも減らしたいと、看護師の提案で「オンライン面会」を行う様子を取材させてもらいました。

命を救うだけでなく、精神的にも患者を支えたい。そんな病院の思いを知り、その後も継続して取材を続けてきました。

これまでなんとか乗り切ってきたが…

7月、再び取材で訪れると、病院は第2波への備えを進めていました。

第1波の時は医療物資が不足し、防護服の代わりに農作業着を量販店で買い集めて対応したそうです。

その教訓を生かし、マスクや防護服など供給が止まっても、2か月は対応できる量を確保していました。
また、重症患者の病床が埋まってしまうのを防ぐため、隣の市立病院との連携を強める動きもみられました。

容体が回復し、人工呼吸器が必要なくなった患者の転院を受け入れてもらうとともに、治療方針も共有。2つの病院が一丸となって第2波に備える様子に、心強さを感じました。

病床を1床増やすのも大変

しかし、病床自体を増やすのは並大抵のことではないという現実も伝わってきました。

第3波の最中の去年12月。

病床は7床から8床に1床増えていましたが、それでも満床でした。

たった1床と思われるかもしれませんが、重症のコロナ患者には通常よりも手厚い看護が必要です。

ベッドに横になっている患者の体勢を頻繁に変えたり、人工呼吸器がつながっている口の中の唾液やたんを取り除いたり、薬の量を調整したり。文字どおり24時間の対応が必要です。

このため、患者1人ごとに看護師を1人配置する必要があります。

もちろん夜勤の時間帯でも変わりません。
さらに感染対策として外部との接触を減らすため、ふだんは業者に委託している清掃や洗濯も、すべて看護師が代わりに行っています。

勤務時間以外にも…

大変なのは勤務時間中だけではありません。

防護服や医療用マスクなど感染対策にはもちろん細心の注意を払っています。

それでも万が一、家族や知人に感染させることがないように、ふだんの生活でもいろいろと配慮しているというのです。
「家族と一緒にごはんを食べないようにしている」
「自宅には家族がいるので、マンションを借りて別々に暮らしている」
1人でも多くの患者を救いたい。その思いだけで働き続ける姿に頭が下がります。

取材で知り合った看護師からは、「インスタグラムで20代、30代の同年代の友人たちが友達と一緒にごはんを食べている様子を投稿しているのを見ると、目の前でコロナの患者と向き合う自分とのあまりの温度差にやるせなくなる」という本音も聞こえてきました

この1年 同じスタッフに負担が集中

8人の患者を診るための、医師は11人。看護師は交代要員も含めて30人。

今月8日に取材で訪れたときも、患者を診ていたのはいつもと同じ医師と看護師でした。

防護服や医療用マスクへの着替えはどんどん素早くなっていますが、防護服を着ると暑く動きづらいのは相変わらずです。

医療用マスクは固く、顔に跡がついてしまいます。

過酷な環境での勤務は1年以上続いていて、終わりが見えません。

「救うことができる命を失うことに」

こうしたなかで迎えた“第4波”。

今月13日には大阪府の1日の新規感染者数が初めて1000人を超え、3日連続で過去最多を更新しています。重症患者の数も急増し、すぐに入院できる病床の数を上回りました。

“第4波”の状況を尋ねると、山村所長から一通のメールが返ってきました。

病床そのものは増やせても、それに対応する医師や看護師がもはやいないというのです。
(山村所長からのメール)
「患者の増加に伴い病床を増やそうにも、医師や看護師が不足しています。大阪府にはスタッフの確保要請をしていますが、難しいとの返事でした。このままだと、適切なタイミングで適切な治療を受けることができない患者が増え、救うことができる命を失うことにつながると考えています」
患者の入院先がなくなり、医療にかかることができないまま命を落としてしまう患者が出てくる可能性がある。

悲痛な訴えが記されていました。

1年近く取材を続けてきて、山村所長が「患者を救えなくなる」ことに言及したのは初めてのことでした。

病院側だけに負わせてはいけない

この病院ではこれまでに122人の治療にあたってきました。

日本で新型コロナウイルスの感染が確認されてから1年以上たち、私たちはどこかで慣れてしまっていて、連日、地域別の感染者数が発表されても、それを重く受け止めることが以前より少なくなっているかもしれません。

しかし、受け入れる側の病院の戦いは、その間もずっと続いているのです。

大阪府の14日時点の重症者数は261人。これに対し、すぐに入院できる重症病床は241床。すでに重症病床はいっぱいです。

一部の患者は転院できずに、中等症の患者を受け入れる病院で治療を続けています。

府のシミュレーションでは、今月19日にまん延防止等重点措置の効果が出て、新規感染者が減り始めると想定した場合でも、来月頭には、重症者が300人から400人以上にのぼるとされています。
大阪府の緊急事態宣言は2月末に解除されました。解除後、街の様子をみると、梅田や難波にはたくさんの人が行き交い、歓送迎会なども行われていました。

その結果、感染者はこれまでにないほど爆発的に増加していますが、次に府がとった施策は、「まん延防止等重点措置」を適用して、飲食店に時短営業をお願いすること。

要請に応じた飲食店への補償が不十分だという声も多く、従業員の生活を守るためにやむなく深夜営業を続ける店もあります。

これまでのところ「まん延防止等重点措置」では、感染者の増加に歯止めをかけられていません。重症病床はすでにいっぱいです。

「このままでは、救うことができる命を失うことにつながる」

このことばを、これまで努力し続けてきた病院側だけに負わせてはいけないと感じます。

感染が拡大し続けて病院ベッドに空きがなくなると、コロナだけでなく、事故にあったとき、病気になったとき、医療を受けられなくなるのは私たちです。

医療を守ることは、あすの自分たちを守ることだと思います。
大阪拠点放送局 記者
井上 紗綾

2014年入局 和歌山局を経て現職
新型コロナウイルス感染症を中心とした医療取材を担当