世界一の富豪vs労働者?!

世界一の富豪vs労働者?!
「ベゾスCEOはわれわれに敬意を表して欲しいし、賃金も上げて欲しい」
こう話すのは、アメリカの巨大IT企業、アマゾンの配送センターで働く51歳の男性です。コロナ禍でのいわゆる巣ごもり需要で、ネット通販の利用が伸びたことなどで、アマゾンの業績は好調。創業者のジェフ・ベゾスCEOも“世界一の富豪”として知られていますが、一方で現場の従業員からは賃金引き上げなど待遇の改善を求める声も強まっています。そうした中、アマゾンをめぐる“ある動き”が注目されています。(ロサンゼルス支局記者 菅谷史緒)

アマゾンで労組結成?!

「俺たちが求めるのは何だ!」「組合だ!」。

ことし3月、南部アラバマ州で、アマゾンの従業員などおよそ100人が集まって、労働組合の結成を呼びかける集会を開いていました。参加者からは、労働環境の改善や賃金の引き上げを求める声が次々と上がります。

アメリカのIT大手では、業績に応じて個別に賃金などを決める形が定着しているため、これまで労働組合は結成されてきませんでした。しかし、ここアラバマ州では配送センターで働く5800人あまりの従業員を対象に労働組合の結成の是非を問う郵便投票が行われ、賛成派の従業員と組合の結成に反対する会社側が攻防を繰り広げていたのです。

“トイレの時間も計測”

労働組合の結成を呼びかけた従業員の1人、ダリル・リチャードソンさんは、この配送センターで1年前から働いています。巣ごもり需要の伸びで業務が多忙なうえ、勤務管理にも行き過ぎを感じています。リチャードソンさんいわく「勤務時間が厳格に管理され、トイレに行く時間も計測されている」といいます。

リチャードソンさんの時給は15ドルあまり(=約1700円)と、州の最低時給のおよそ2倍ですが、それでも年収は330万円程度。平均年収が1600万円あまりのアマゾンの事務職やエンジニアなどの従業員と比べると、大きな格差があります。
さらに創業者のベゾスCEOは、アメリカの経済誌フォーブスの世界の富豪ランキングで4年続けてトップ。保有資産は今月11日の時点で1960億ドルあまり、日本円で20兆円を超えています。

リチャードソンさんは「パンデミックのさなかに働いているのに、時給15ドルでは見合わない」と話し、格差の是正を訴えます。

「組合費を負担するのはあなたです」

こうした動きをアマゾンは警戒。
医療保険などの福利厚生もあり、過酷な労働環境だという指摘はあたらないと反論するとともに、労働組合の結成に反対するよう呼びかけました。

会社が作った専用のウェブサイトでは「組合費を負担するのはあなたです」「組合ができても雇用が保障されるわけではありません」「ストライキに参加する間、賃金は支払われません」などと、10項目を組合に参加するデメリットとして挙げ、従業員に反対票を投じるよう訴えたのです。

政治家も参戦!

アメリカで所得格差が社会問題となる中、労働組合の結成の是非をめぐる攻防は、与野党の政治家の関心も集めます。

バイデン大統領はことし2月、ソーシャルメディアにビデオメッセージを投稿。「いまアラバマやアメリカ各地で労働者たちが労組結成を問う投票を続けている。いかなる脅しも、反労組の宣伝活動もあってはならない」と述べ、社名こそ言及しなかったものの、アマゾンの従業員たちへの支持を表明しました。

また、与党・民主党のサンダース上院議員や野党・共和党のルビオ上院議員なども相次いで従業員への支持を打ち出しました。伝統的に労働組合を支持基盤としてきた民主党だけでなく、大企業寄りの共和党からも賛同者が出ているのです。アマゾンの労働組合が結成されれば全米初で、メディアも大きく取り上げる中、3月29日に郵便投票は締め切られました。

そして、開票の結果は…

そして、投票を統括する独立政府機関の全米労働関係委員会が4月9日、集計結果を発表しました。

投票総数は3041票。現地メディアなどの事前の予想を覆し、賛成738票に対して、反対が1798票と過半数を上回り、組合の結成は大差で否決されました。

結果を受けて、アマゾンは「ここ数か月の間、さまざまな雑音があったが、従業員の総意が聞き入れられてうれしい。われわれは完璧ではないが、これからも改善を続けていく」と勝利宣言とも言える声明を発表。一方、労組の結成を目指す従業員を支援してきた小売り産業の労働組合も直ちに声明を発表し、アマゾンが従業員に組合活動に関する間違った情報を流したり、組合の結成を阻止するために部外者を配送センターに出入りさせたりしたと主張。「アマゾンが違法に投票に干渉した」として異議を申し立てる方針を明らかにしました。最終的な決着にはさらに時間がかかる見通しです。

組合結成は否決も労働運動は続く?

今回の結果を専門家はどう見ているのでしょうか。

アメリカの労働運動に詳しいサンフランシスコ州立大学のジョン・ローガン教授は組合の結成が大差で否決された要因について「去年12月の段階では、2000人以上の従業員が投票を求めていたので、実際の賛成票はその半数以下に減ったことになる。アマゾンによる従業員への働きかけが極めて大きな効果を生んだことは疑いがない」と分析します。

一方で「賛成派を支援していた小売り産業の労働組合によれば、今回投票が行われた配送センター以外にも、アマゾンの従業員から組合結成に関する問い合わせが1000件以上寄せられている。労働運動は今後も広がる可能性がある」と指摘します。

ローガン教授が指摘する通り、これまで労働組合がなかったアメリカのIT大手でも変化が起きています。ことし1月にはグーグルや持ち株会社のアルファベットの従業員らが労働組合を結成。組合員の数は800人あまりと全体の従業員の数と比べればわずかですが、職種や雇用形態に関係なく、従業員の権利の保護や待遇の改善を求めていく方針です。

格差や不平等にどう向き合うか

今回、アマゾンで労働組合の結成を目指す従業員の活動が関心を集めた背景には、アメリカで顕在化する所得格差を多くの人々が問題視していることが挙げられます。

さらに去年アメリカ全土に広がった「ブラック・ライブズ・マター」の運動の影響も見逃せません。アラバマの配送センターで働く従業員の大半は黒人で、差別の根絶を求める運動を続けている団体は、組合を求める従業員への支持を表明。格差の是正に向けて、待遇の改善を求める人々への共感が広がったのです。

今回、アラバマ州での組合の結成は否決されましたが、コロナ禍で一段と深刻になった格差や不平等というアメリカ社会が抱える課題を、改めて浮き彫りにしたと言えそうです。
ロサンゼルス支局記者
菅谷 史緒
2002年入局
ニューデリー支局
イスラマバード支局
経済部を経て現所属