河井克行元大臣【第54回公判 4月8日】被告人質問8日目

4月8日。8回にわたった被告人質問がすべて終わりました。

初日に無罪主張から一転、大半の起訴内容を認め、「法廷で説明責任を果たす」と宣言して、新たな主張を展開した克行元大臣。最後に逮捕後に受け取った議員歳費に当たる金額を寄付すると表明しました。

検察官に注文 “名目?”

検察の質問は2日目。

前回は、元大臣が検察官に対し不満をあらわにする場面が目立ちましたが、今回も冒頭から元大臣が検察官の発言にかみつきました。

検察官が地元の政治家への現金提供の意図を確認しようと、初めに「広島県内の政治家に現金を提供する名目として、陣中見舞いや当選祝いのほか、案里元議員の参議院選挙の応援をお願いする大義名分があったということだが、選挙の応援という目的で提供した時期は令和元年5月以降のことか」と尋ねました。

これに対し元大臣は「『名目』と言われると、あたかも陣中見舞いや当選祝いがうそであるかのような意味合いを持っているようだが、本当にうそ偽りなく、陣中見舞いや当選祝いのお金を差し上げました」と述べ、開廷まもなく、検察官が使ったことばに対する不満を口にしました。

検察官がもう一度、「参議院選挙への応援という『名目』で、地元政治家を回ったのはいつごろか」と尋ねると、すかさず元大臣が「私の発言で『名目』ということばは…」と発言を始めました。

ここで裁判長が淡々とした口調で、「言葉じりは結構なので、時期はいつなのか」と元大臣の発言を遮りました。

結局、元大臣は10秒ほど考え込み、「はっきりとした覚えはありません」と答えました。

現金提供先リストは“頭の体操のメモ”

この後、検察官は、元大臣のパソコンから押収した現金提供先のリストについて質問しました。

検察はこのリストについて、案里元議員の陣営の選挙運動を取り仕切る立場だった元大臣が、現金の提供についても差配していた証拠であり、2人が共謀関係にあったと主張しています。

検察官が元大臣にリストを見せながら、「議員の名前の隣に数字が書かれているが、これらは何のために書いたのか」と尋ねると、元大臣は少しの間、考えをめぐらせるように斜め上のほうを向いた後、「自民党の党勢拡大と地盤培養の趣旨で私の存在感を向上させるため、地方議員の先生にお金を差し上げるなら、誰にどれほどの金額か、頭の整理、頭の体操をしたメモです」と説明しました。

リストは現金の提供を記録したものではなく、あくまで、計画を書いたものだという主張です。

検察官は、リストに書かれた地元議員のうち、広島県議会の奥原信也議員の名前が書かれた部分について、「奥原議員の名前の隣には50、50、100と書かれているが、あなたと案里元議員が渡した合計金額が書かれているのではないか」と尋ねました。

検察は起訴内容で、奥原議員に対しては、おととし4月から6月までの間に3回、元大臣と案里元議員の両方があわせて200万円を提供したとしています。

元大臣は「案里から金額を聞き取ったという記憶はありませんが、こうした話を私が聞き、後から内容を反映させた可能性はあると思います」と述べ、案里元議員との共謀を裏付ける証拠ではないと主張しました。

後援会メンバー2人への買収改めて否定

起訴された内容のうち、後援会メンバー2人に対しての現金提供について、元大臣は被告人質問の初日に、買収目的ではなく、関係の深い地元議員に渡してもらうために託したと主張していました。

この2人について検察官から「関係が悪い地元議員では心もとないから、2人を通じて地元議員の後援会を動かそうとしたのではないか」と問われると、元大臣は「そんなことはありません」と改めて否定しました。

検察官は元大臣の主張を切り崩そうと、後援会メンバーの名前が書かれた現金提供先のリストを示した上で、名前の横に数字が書いてあると説明し、「地元議員ではなく本人に現金を差し上げたという認識だから、数字を記載したのではないか」と追及しました。

しかし元大臣は「全く違いますね。議員のリストのところにも後援会メンバーの名前を記していたと思います。メンバーを通じて議員に現金を渡してもらおうとしましたが、受け取ってもらえなかったとのことでした。しかし、私のところに返金はなく、現金は2人の手元にあるので、数字を記したんだと思います」と述べ、あくまで議員に渡そうとしたという主張を繰り返しました。

買収資金の捻出 検察も追及

次に検察官は、買収資金をどうやってねん出したのか、追及を始めました。

被告人質問の焦点の1つが、自民党本部から振り込まれた1億5000万円が買収に使われたかどうかについて、元大臣がどのように説明するかでした。

元大臣は、弁護側からの主尋問が行われた被告人質問の6日目に、買収資金について公の場で初めて説明し、「すべて私自身の手持ちにあった資金から支出しました。議員歳費などをやりくりするなどしてためていました」と説明していました。

改めて検察官が「資金はどこから調達したのか」と尋ねたのに対し、元大臣は「私の手持ち資金です」とこれまで通りの説明をしました。

検察官は、元大臣の説明が客観的な状況と矛盾を生じないか、詳細に詰めていきました。

検察官が「その現金はどこで保管していたのか」と尋ねると、元大臣は「厳重なものではありませんが、自宅の金庫に入れていました」と答えました。

さらに検察官が「金融機関から借り入れはあるか。いくらあるのか」と尋ねると、元大臣は「借り入れをしていると思いますが、いまいくら借り入れがあるかは、にわかに思い出せません。返済は毎月しています」と答えました。

続いて検察官は、金庫に保管していた金額について、「平成31年3月の時点でいくらあったのか」、「令和元年7月の時点でいくらあったのか」と質問を重ねました。

元大臣が説明する通り、買収資金をすべて金庫の現金でねん出できたのか。

検察の起訴内容では、地元議員ら100人に配られた現金の総額は2900万円余り。

そこから元大臣が現金の提供自体を否認しているものを引いても少なくとも2700万円余り。

買収目的ではなかったと主張しているものも引いて、元大臣が買収目的があったと認めているものだけに絞ったとしても、元大臣の説明だと、少なくとも2300万円余りの現金が金庫から支出されたことになります。

金庫の金額を詳細に確認しようとする検察官の質問に対し、元大臣は「覚えていません」と繰り返しました。

さらに検察官が「検察が捜索した時点で金庫に大金は保管されていなかったが」と追及すると、元大臣は「押収された現場にいなかったので、わかりません」と述べました。

金額に関する質問には答えない様子を見て、検察官が「おととし3月から7月の間に金庫の現金を使ってしまったのでは」と尋ねると、元大臣は「そうかもしれませんね」と答えました。

また、検察官が「今後も持続的に現金を提供するのは難しかったのではないか」と尋ねると、元大臣は「それはまた別の話で、おかげさまで私は入閣しましたし、おこがましい話ですが政治的な影響力も格段に大きくなって、中央政界でも存在感ができつつありましたので、将来性やライフワークとしている外交や安全保障に関して、応援してくださる方々は多く、支援の輪が大きくなったので、ご縁を活用して政治資金をお願いしようと思っていました」と述べ、検察官の追及をかわしました。

データ消去は証拠隠滅か?

続いて検察は、元大臣の自宅や議員会館の事務所などのパソコンからデータが消去されていたことについて質問しました。

週刊誌報道があった直後のおととし11月に元大臣から「パソコンのデータを完全に消去してほしい」と依頼され、都内のコンサルタント業者がデータの消去を進めたと供述しています。

しかし、検察はデータの一部が議員会館のパソコンに残されているのを見つけ、そこから重要な証拠と位置づけている現金提供先のリストを発見しました。

データの消去について元大臣は「週刊誌報道が出たあと、広島事務所のスタッフから『内部情報が流出している』と報告がありました。個人情報や機密に関する情報が第2、第3と外部に流出するおそれがあり、重要なデータを復元できない形で消去しないといけないと思って、旧知の業者に依頼して、いわゆる選挙買収のものだけではなく、全般的に削除を依頼しました」と説明しました。

この説明を聞いた検察官が「言い分を聞いていると、広島のパソコンだけと聞こえるが」と尋ねると、元大臣は「広島の自宅は無人の状態で万が一、防犯が破られて、部屋に入られることも否定できません。議員会館も同じ理由で削除するよう、業者から提案されました」と述べました。

また検察官が「消去前のデータを外付けのハードディスクにバックアップとして移していないか」と尋ねると、元大臣は「はっきりは覚えていませんが、消去していただいた後ではないかと思います。すべてのものが完全に移行されていないと思います」と答えました。

検察官が「データを消さないといけないと言いながら、一方で、データを移行している。パソコンに捜査の手が延びることを恐れたからではないか」と追及しましたが、元大臣は「そんなことは当時も思っていません」と述べ、証拠隠滅を図ったわけではないと主張しました。

“検察官は聞く耳を持たない”

検察官は反対尋問の最後に、当初の無罪主張から主張を一転させた理由を問いました。

元大臣は当初、無罪を主張していた理由について、被告人質問の初日に「検察官の作成した供述調書を前提とした起訴された内容は真意と離れていた」と説明しています。

検察官が「捜査段階でも認めていなかったのはなぜか」と問われると、元大臣は「いま尋問している検察官が、任意捜査の段階や逮捕後の取り調べを担当していました。本人の目の前で言うのは失礼ですが」と前置きした上で、「私の行為について選挙買収の目的しかないとはなから決めつけていて、話を聞いていただけることはありませんでした。何を言っても聞く耳を持たない。勾留期限満期の前日に供述調書10通、当日に2通と一気に署名を求められ、1人1人に思いをめぐらせながら答えられる環境にありませんでした」と、検察の捜査に対する不満を述べました。

検察官が「真意を主張したいのなら、すべて認めた上で主張すればよかったのではないか」と尋ねると、元大臣は「それはできません。すべて選挙買収と言われてしまうと、受け入れられません。100通りの思いがあるのにそれをすべて選挙買収とされるのではないかと、おそれを抱いていました」と述べました。

“一番怖いのは案里”

午後3時前。

検察からの反対尋問が終わり、再び弁護士が質問に立ちました。

弁護士は初めに「被告人質問では現金を渡した意図について、県連会長になりたいなど、いろいろな思いを持っていたと説明されたが、なぜ、渡した相手にはその思いを伝えていなかったのか」と尋ねました。

これに対し、元大臣は「“秘すれば花”。言わなくても必ずいつか政治家の皆さんなら理解してくれると思っていました。とくに県連会長への意欲や地盤作りについてあからさまに言えば、広島県内の政治情勢は微妙で、私も厳しい立場にあり、受け取ってくれるのか、イエスかノーを突きつける、いわゆる絵踏みを迫ることになります。それは相手にも失礼だと思いました。時間がかかるかもしれませんが、関係を作るきっかけにしたいと思っていました」と述べました。

また弁護士が「現金提供先のリストを案里元議員に見せたことがあったか」と尋ねると、元大臣は「全くないですし、話したり見せたりすることはできません。もし見せたら妻はたちどころに激怒し、こっぴどく怒られます。私が一番怖いのは案里ですから。妻が『今は金で選挙が動く時代ではない』と言っていたので、その人にとても言えません。同時に、政治目的とは恥ずかしくて言えません。話したことはないし、示したこともありません。見せていたら恐ろしいことになります」と述べました。

“議員歳費相当額を寄付”

被告人質問6日目に、「生涯にわたって選挙に立候補しない」と述べ、政界引退を表明した元大臣。

弁護士は「今後の身の振り方について、何か考えていることはあるか」と尋ねました。

これに対し、元大臣は「これまで政治家として外交・安全保障をライフワークとしてきました。日本周辺の安全保障の環境は揺れ動いています。裁判が終わり、その後、社会の皆さまから許してもらえるのであれば、ぜひ、日本の独立、平和を守り抜く、隅っこで陰ながら、私の経験や知見、世界の人脈を使い、少しでも国家、国民のために貢献させていただきたいと思っています」と述べました。

弁護士から「改めて、今回してしまったことについて、どう考えているか」と問われると、ポケットからハンカチを取り出し、「けさテレビをつけると参議院広島選挙区の再選挙の告示というニュースが報じられていました。そのニュースを見ながら、改めて、自分が行ってしまったことの罪深さ、県民だけでなく日本中に迷惑をかけ、政治不信を招き、地元や後援会に取り返しの付かない思いを抱かせてしまった無念な気持ちで、再選挙を迎えたかと思うと、胸をかきむしられるような思いでいっぱいです」と時折、涙声になりながら答えました。

その上で、「逮捕されてからの議員歳費について衆議院に返納したいと、ずっと思っていました。調べてみると、制度上、返納はなかなかできないとのことなので、逮捕から辞職までの歳費に相当する額を別の形で、しょく罪寄付として、非営利団体に寄付したいと考えています。政治家としてやりかったことを代わりに実現してくれる団体に、ほんのわずかでもしょく罪の気持ちで寄付したいと思います」と述べました。

“広島で直接おわびしなければ”

最後に裁判官も質問しました。

右陪席の裁判官は「今後、時期はともかく、広島に戻る気持ちはあるのですか」と尋ねました。

すると、元大臣は考え込むようにしておよそ30秒間、沈黙しました。

裁判官は「質問の趣旨は、被告が『迷惑をかけた』と答えていたので、その気持ちを直接、伝えたいと考えているのかということです」と改めて問いかけました。

元大臣は声を震わせながら「直接おわびを申し上げたいと考えなかった日はありません。裁判で正直にお話しし、裁判所が下す判断に従っていきます。その上で、石を投げられ、ばり雑言を浴びせられることもあると思いますが、私にとって1つしかないふるさとで、30年間、政治家、河井克行を生み、育んでくれた広島の皆さんに、必ずおわびをしなければいけないとずっと考えてきました」と述べました。

これで8日間行われた被告人質問はすべて終わり、元大臣は裁判官、検察官、弁護士に深くおじぎをした後、傍聴席の方も向き、再び深くおじぎをしてから席に戻りました。

裁判は▼4月30日に検察の論告、▼5月18日には弁護側の最終弁論が行われ、すべての審理が終わる予定となりました。