新幹線は北海道に何をもたらしたのか?

新幹線は北海道に何をもたらしたのか?
「お客様がこの施設を見て『何もないな』とか『何だ、ここ』っていうのを、私は毎日聞いています」

酒を販売する小売店の店主は、悲痛な面持ちで現状を嘆きました。人々の大きな期待を背負って開業したはずの北海道新幹線。しかし開業から5年がたった今、その期待は薄れています。いったい何が起きているのでしょうか。(函館放送局記者 鮎合真介)

開業効果に沸いた道南

北海道新幹線は、5年前の2016年3月26日、新青森と新函館北斗の間で開業しました。それは北海道が本州と新幹線でつながるという、道民にとってひとつの悲願が達成された瞬間でもありました。

日本政策投資銀行が試算した道内への経済波及効果は、年間で約136億円。北海道南部(以下、道南)ではその経済効果に大きな期待が寄せられました。

そして開業初年度、期待は現実となりました。各地で観光客が増え、函館市では観光客が過去最高の560万人余りを記録しました。

しかし、それもつかの間。開業から5年がたった今、期待されていた効果は年を追うごとに薄れています。

5年前と変わらない光景

函館市に隣接する北斗市に広がる農地。その一角に位置するのが、新函館北斗駅です。

新幹線の開業効果を見込んで、北斗市は多額の予算を投じて駅前の約5.3ヘクタールを商業地として整備しました。
市によると、約7割の土地は企業などと契約済みで、すでにいくつかのレンタカー会社や2棟のホテルなどが立地しています。ただ、そのほかは、さら地の状態。新幹線の札幌延伸までまだ10年かかることや函館市中心部から20キロ近く離れていることなどが足かせとなり、5年がたった今も企業や商業施設の目に見えた進出は進んでいません。
駅に隣接する複合施設でも苦戦を強いられています。民間の会社が建設した6階建ての施設のうち1階は市が買い取り、土産物店や飲食店などが入る商業エリアとして運営していますが、人の姿はまばら。私は取材で何度も訪れましたが、出入りする人は少なく、いつも閑散としていました。

こうした状況に、施設の開業当初から酒を販売する小売店を営んでいる稲村博大さんは危機感を募らせています。
稲村さん
「新函館北斗駅は、函館、札幌へのただの乗り換えの駅になってしまっています。そのため、人が駅からなかなか降りてきません。降りてこないと、こちらの施設にある店も発見されません。それに訪れる人が少ないのは、駅から降りても何もないっていうのが、まずは原因なのかなと思います」
店舗の撤退も相次ぎました。オープン当初、施設には18店舗が出店していましたが、来客数の伸び悩みから、いまでは半分以下の7店舗にまで減少しました。空いたスペースは、休憩所やギャラリー、それに地元の有名な演歌歌手を紹介するコーナーなどとして使われています。

コロナのせいじゃない!?

ここで疑問として浮かんだのは、今の厳しい状況は新型コロナウイルスの感染拡大も影響しているのではないか、ということでした。しかし、稲村さんは「問題はコロナ禍の前からあった」と言います。
稲村さん
「最終的にコロナの影響にしてしまえば簡単ですが、たぶんコロナだけの原因ではなくて、それ以前の何かしら根本的なものが足りなかったんじゃないかと私は思っています。もともとコロナ以前に問題があって、さらにコロナが追い打ちをかけたということじゃないかなと思っています」
こうした中、明るい話題もありました。ことし2月、駅前に新たなホテルの進出が決まったのです。10年後の札幌延伸を見据えた動きに、稲村さんはわずかな期待をかけています。
稲村さん
「厳しい状態はいまだに続いています。でも、ここはやっぱり北海道の玄関口だと思いますし、日本中、世界中からいろいろな人が来るので、やっぱりこの土地に来て『ああよかった』と、『北斗市にまた来たいね』と思うような場所にしたいです。それが北斗市にとっても、北海道にとってもすごく大事だと思いますし、そういうのが現実になれば、すごくすてきだなと思っています」
新函館北斗駅が立地する北斗市の池田達雄市長は、駅前の現状に対する批判や不満の声は承知しているとしたうえで、発展には時間がかかるとして理解を求めました。
池田市長
「開業当初は、ほんとに何もなかったんですね。それが2年目になって、ホテルがオープンしました。以降は、ちょっと足踏みをしているような状況が続いたのも事実ですし、どうしても駅前に何もないように見えるんですが、私たちは決して、あの場所がすぐに街になるとか、商店街になるとかと言っているわけではなく、少しずつ時間をかけていかなきゃいけないと思っています。駅前の商業地は、もう7割近くで立地計画が進んでいます。どうそれを発展させていくのかが、今後の最大の課題だと思っています」

観光客、10倍になりました

一方、道内で最初の新幹線の停車駅がある木古内町は対照的です。新幹線の開業で、人口4000人ほどの町に、年間でこれまでの10倍のおよそ60万人の観光客が押し寄せるようになったのです。

駅の周辺も変わり、コンビニやホテルなどが建ち並ぶようになったほか、日中でも人々が行き交うようになりました。
その中心として大きな役割を果たしているのが、駅前に建設された道の駅です。施設内には、道南の地元産品が数多くそろえられ、道の駅によると、観光客だけでなく地元の人たちもよく足を運んでいるといいます。

私が取材中も、人が頻繁に出入りしていて、買い物を楽しんだり、家族や友人で食事をする姿が見られました。

コロナ後を見据えて

ただ、新型コロナの感染拡大で観光客は減少しています。道のまとめによると、今年度上半期(4月~9月)の町の観光客数は、前の年の同じ時期より37.3%減少して26万人余りにとどまり、コロナ禍で道の駅でも苦しい状況が続いています。

こうした中、コロナ後を見据えてインバウンドの取り込みを図ろうと、多言語による観光情報の発信強化という新たな取り組みも始まっています。

町は去年10月、道南の観光情報を発信する「広域観光コンシェルジュ」として中国出身の李靨さんを採用しました。

李さんは得意の外国語を生かして、日々、地元の観光情報を中国語と英語に翻訳し、SNSなどで発信する作業を進めています。
ことし1月には中国のSNS「ウェイボー」に、下帯姿の若者が神社のご神体を清める木古内町の伝統行事「寒中みそぎ祭り」の様子を中国語で投稿し、多くの反応があったといいます。
李さん
「コロナがあっても、観光情報の発信はとても重要だと思います。多言語でウェイボーやフェイスブックに投稿して、もっと海外の方に木古内町や道南地域の魅力を知っていただけたらと思います」

新幹線が止まらない

新幹線開業の恩恵を十分に受けているようにみえる木古内町ですが、課題もあります。町によると、肝心の新幹線の利用客はビジネスが中心で、観光客の利用が少ないというのです。その原因のひとつにあげているのが、昼の時間帯に停車しない下り列車の問題です。
実は北海道新幹線の下り列車は、高速化などを理由に、午前10時台を最後に4時間にわたって木古内駅に停車しません。

これでは関東や東北の観光客が道南を訪れる機会が失われるとして、木古内町を含む周辺の9つの自治体などはJR北海道に対し、ダイヤを改正するよう要望を続けています。
鈴木町長
「新幹線のお客様よりも、道内を周遊しながら車で来られる観光客の方が多かった理由として、新幹線の止まる時間が、ひとつの課題だと思っています。新幹線が木古内駅に昼の時間帯に止まりたくなる魅力ある地域づくりが、まずは私たちのそれぞれの町の役割、使命だと思っています」

駅を作ります、牧場の中に

新幹線の効果をまちづくりにどう生かすのか。各地で模索が続く中、札幌延伸に向けて今後、駅が建設される自治体の中で、異色の計画を打ち出したところがありました。道南の八雲町です。
駅を降りて目の前に広がるのは、なんと牧場と放牧された牛。商業施設やホテルなどの建物は、ひとつもありません。のどかな牧草地帯をあえて大規模に開発せず、町の基幹産業の酪農の風景をそのまま生かしたいと整備計画を策定したのです。
従来の発想とは真逆のユニークな計画に、新幹線とまちづくりの関係に詳しい青森大学の櫛引素夫教授は、新幹線の駅を中核とした今後のまちづくりのモデルケースにもなりうるとしています。
「全国の新幹線の沿線で特に郊外に駅が建ったところは、駅前にビルができないから失敗だという回路にはまり込んでいる。新幹線については、そうした20世紀型の呪縛が今なお強い。そういう解釈そのものを根本から変えないといけない。人口が減り、高齢化が進み、日本の消費力全体が落ちていく状況の中で、地元の暮らしにとって大切な機能をどう持たせるかとか、あるいは持続可能な地域づくりのためにどういうインフラとして整えるべきなのか、その辺の議論をきちんとしないと行き止まりの議論になってしまう」
函館放送局記者
鮎合 真介
平成20年入局
国際部 ネットワーク報道部などを経て現所属
分野を問わず道南を幅広く取材中