河井克行元大臣【第53回公判 4月6日】被告人質問7日目

4月6日の被告人質問7日目。検察による反対尋問が始まりました。

克行元大臣は、前回までの弁護側の質問への対応とは打って変わって検察の描く事件の構図に不満をあらわにする場面が多く見られました。

検察への反論 激しさ増す

検察官はまず、案里元議員が令和元年の参議院選挙で自民党本部の公認を得るまでの経緯について、繰り返し質問しました。

検察官から「党本部に対して案里元議員の公認を得るために働きかけをしたのでは」と問われると、元大臣は「私が働きかけたとしても公認が出ることはないと思いましたので、積極的にしたことはありません」と述べました。

弁護側の主尋問では「広島政界で孤立感を深めていた」と述べていた元大臣。

検察官がその説明を引き合いに出し、「案里元議員を擁立し、“克行派”の国会議員を出すことで、孤立を解消したいと思ったのでは」と尋ねると、元大臣は笑いながら「案里が“克行派”になるかは当選しないとわかりません。私個人のことではなく、自民党が2議席を獲得するという党の大方針があるので、広島3区の支部長としてそれを実現したいという思いでした」と説明しました。

この質問をきっかけに、公認をめぐる経緯について、検察が描く事件の構図と、元大臣の主張との食い違いが次第に浮き彫りになり、元大臣の反論が激しさを増していきます。

検察官が案里元議員が公認を得る前に、党内でほかにも公認候補の候補者が挙がっていたことに触れて、「もう1人を推していた人にとっては残念だったと思う。案里元議員が公認を受けた以上は、何としても勝たなければいけないという思いがあったのでは」と尋ねると、元大臣は「検察官、すばらしい推測をしていただき、ありがとうございます。そういう考えを持って頑張ればよかったと思います」と検察官を挑発するように述べ、公認を得たことによるプレッシャーは無かったと主張しました。

また検察官が、公認前に党本部が実施した世論調査で、案里元議員の支持率が低下していたことを挙げて、「支持率を上げるためにも少しでも早く参議院選挙に向けた活動をしたいと思っていたのではないか。だから党の幹部に早く公認を出してくれと働きかけたのでは」と尋ねると、元大臣は「何か資料があれば記憶の喚起ができるかもしれません」と述べました。

すると、検察官は「証拠を示します」と述べ、議員会館のパソコンから押収した文書に「3月第1週には発表してほしい。そうでないと県議選に出ざるを得なくなる」という記述があると述べました。

検察の冒頭陳述によりますと、自民党本部は平成31年3月13日に案里元議員を参議院選挙広島選挙区の公認候補に決定しました。

当時、案里元議員は広島県議会議員で、任期満了に伴う県議選の告示が3月29日に迫っていました。

検察官から「書き方からして焦っているのでは」と追及されると、元大臣は「違います」と強い口調で答えた上で、「案里が県議選に立候補しなければ、議席が1つ空き、共産党の新人が無投票で議席を得ることになります。それは自民党としては受け入れられません。県議選の後継候補を立てようにも立てられない状況だったので、参議院選挙の公認を早く決めてほしいという思いでした。その文書を私が作ったのか知りませんが、参議院選挙の情勢よりも県議選への危機感がありました」と述べて、参議院選挙で厳しい戦いを強いられていると認識していたという、検察の描く事件の構図を否定しました。

“だから何だって言うんですか”

開始からおよそ1時間。

元大臣は、次第にいらだちを隠さなくなってきました。

検察官から「参議院選挙の公示日の前に安倍前総理大臣の秘書団が広島を訪れたのは、案里元議員を応援するためではないか」と問われると、元大臣は「それは、自民党の参議院第7支部長である河井案里を応援する、と言う方が正確です。党勢拡大のために広島に足を運んでもらいました」と説明しました。

検察官の質問には、公職選挙法で公示日前の選挙運動が禁止されているのに、実質的には選挙運動に当たる運動をしていたのではないかと追及する意図があったとみられ、元大臣はそれを察知して、あくまで党勢拡大のための政治活動だと主張することで、かわした形です。

検察官はさらに「秘書団による訪問は選挙対策として行われたのではないか」と改めて問うと、元大臣は「公示日前に選対本部を作るのは、選挙運動ではありません」と主張しました。

そして、検察官の質問の趣旨を問いただすように、「だから、だから何だって言うんですか」と不満を口にしました。

“情勢は自民党に聞いてほしい”

このあと、検察官は当時の選挙の情勢に対する元大臣の認識について尋ねていきました。

検察は、選挙戦が厳しいという認識で買収のために現金を配ったと主張しているのに対し、元大臣はこれまでに被告人質問で、現金を配ったのは選挙戦が厳しかったからではなく、広島政界での孤立を解消し協力してくれる地元議員を増やす意図があったと主張し、双方の主張が食い違っています。

検察官はまず、「これまでの被告人質問で、元大臣は、『案里元議員が公認されても、溝手氏から票を奪うことにならない』と答えていたが」と尋ねると、元大臣は「はっきりとは覚えていません」と答えました。

ここで裁判長が割り込む形で、「今はどのように考えているのか」と重ねて尋ねると、元大臣は「そもそも案里が自民党から公認を受けたということは、広島で2議席を獲得するという党の大方針が示されたということです。溝手先生の票を奪うとか奪わないとかではないんです」と強い口調で説明しました。

検察官から「保守層の票を分ければ当選できるということか」と問われると、「案里は無所属ではなく、自民党の公認です。自民党は、2人当選できない選挙区で2人に公認を出すことはありえません。その党の方針に従って党勢拡大の活動をしてきました」と述べました。

さらに検察官が「2人とも当選できると考えていたのかというこちらからの質問に対する答えは、『はい』ということですか」と確認すると、元大臣は「私が考える前に、党本部が公認しました。その判断や、当時の選挙の情勢については公認を出した自民党に聞いて下さい」と、開き直ったような様子で答えました。

“荒唐無稽”

検察官は、起訴内容で最高額の300万円を渡したとしている亀井静香元建設大臣の秘書についての質問に移りました。

元大臣は4日目の被告人質問で、亀井元大臣の秘書への現金の提供について認め、「私の右腕になってほしいという思いに加え、案里の選挙にも力を貸してほしかった」と説明しています。

この現金の提供について検察官が「亀井元大臣の支援の窓口が秘書だったのか」と尋ねると、元大臣は「どういう意味ですか?」と聞き返しました。

検察官が「亀井元大臣の後援会に動いてもらうための窓口が秘書だったのかという意味です」と補足すると、元大臣は「亀井先生はいつも、私ではない人を選挙で応援していたので、政治基盤などについてはよく知りません。案里は亀井先生にかわいがられていたので知っているかもしれませんが、私は知りません。窓口と言うからには、その奥があるということになりますが、知りません。亀井先生の窓口だから300万円だったという検察官の主張は荒唐無稽です」と、強く否定しました。

これに対し、検察官が「亀井元大臣に支援をお願いしたくて、5月に案里元議員と共にあいさつに行ったのではないか。後援会や支援者に働きかけてもらうことを期待していたのではないか」と追及すると、元大臣は「あいさつには行きました。もちろん、応援してほしかったですが、だからと言って、300万円という金額が・・・。分かってもらえないですかね。亀井先生のところの実態は知らないんです」と述べました。

買収目的否認の現金提供について

続いて検察官は、元大臣が買収目的ではなかったと主張した広島県議会の渡辺典子議員への現金の提供について、意図を尋ねました。

元大臣は「地盤や後援会長をもっと大切にしなさいと、叱咤激励しようと思っていました。純粋なもち代、氷代という寄付に加えて、厳しいことを言おうと決めていたので、厳しいことを言うからには『じゃあね』ではいけないので、本当に期待しているという気持ちであげました」と述べ、買収目的でないと主張しました。

この主張に対して検察官から「寄付なら領収書をもらうべきではないのか」と尋ねられると、元大臣は「しかるべき時期に領収書をもらって処理をするつもりでした。一連の騒動が発生し、残念ながら今日まで機会がありませんが、次年度の収支報告書の提出期限までに政治資金規正法にのっとって、適切に処理することにしていました」と説明しました。

“怒ってなんかないよ!”

午後4時すぎ、検察官は、元大臣が現金を渡した地元議員のうち、7人の名前を読み上げ、案里元議員が公認を得た後のおととし3月と4月に渡しているとした上で、「どのような名目で現金を渡したのか」と尋ねました。

これに対して元大臣は「1人1人に固有の理由があります」と答えた上で、「政治活動の足しにしてください」とか「名刺代わりです」などと言って渡したと答えました。

検察官は「この7人に現金を渡す際、『案里をよろしく』と言ったか」と尋ねました。

すると元大臣は、気色ばんだ様子で「最初からそれを聞いてくれたら時間を節約できたのに。一緒に聞いてくれたらよかったのに」と検察官の質問に対する不満を口にしました。

検察官が淡々とした口調で「怒らないで下さい」と述べると、元大臣は「怒ってなんかないよ!」と言い返しました。

弁護士が「まあまあ」と割って入り、結局、検察官がこの質問をあきらめました。

検察の反対尋問は次回も続きます。