新型コロナ“高校クラスター”は こうして炎上した

新型コロナ“高校クラスター”は こうして炎上した
「自己防衛には限界があり、むしろ不可能」
去年8月、新型コロナウイルスの集団感染=クラスターが発生した島根県の高校校長の言葉です。
激しいひぼう中傷やデマ、プライバシー侵害にさらされ、教職員のみならず、多くの生徒たちが心に大きな傷を受けました。
発生から半年以上たち、これまで固く口を閉ざしてきた教師や生徒がNHKの取材に応じました。語ったのは、事態沈静化のためにとった対応が、ひぼう中傷やデマをさらに“炎上”させてしまうという思いがけない実態です。
(松江放送局ディレクター 鈴木貴大)

国内最大規模クラスター 殺到したひぼう中傷

高校はサッカーや野球など全国大会の常連として知られるスポーツの名門校。全校生徒の8割以上が寮で生活をしています。クラスターはその寮を中心に発生しました。

寮では、手洗い・うがいに加え、食事を少人数のグループに分けてとるなど、感染対策をおこなっていました。

しかし、生徒や教職員など108人が感染する国内でも最大規模のクラスターとなったのです。

感染が明らかになった翌朝から、高校には批判やひぼう中傷の電話が殺到し始めます。
「日本から出ていけ!」
「クズのような学校は潰してくれ!」
「どんな教育をしているんだ」
ひぼう中傷の電話はクラスターが発生した8月だけで100件近くにのぼり、保健所との連絡が妨げられるほどでした。
高校がある自治体では、このクラスターが発生する前から、医療機関での面会自粛や人が集まるイベントの中止などが行われていました。

そうしたことも高校でのクラスターが原因だという、理不尽な内容も少なくありませんでした。
「市内で開催予定の行事が中止に」
「様々な施設の利用ができなくなった」
「病院に見舞いに行けなくなった」
こうした電話に対応したのは教職員や校長、教頭など。学校の責任を問う声に、謝罪を繰り返すしかありませんでした。

あまりの批判に校長と教頭は「学校をたたまなければならないかもしれない」とまで思い詰めたといいます。
校長
「新型コロナウイルスの拡大とともに、偏見・差別・ひぼう中傷の拡大は比例すると実感しました。理不尽と分かっていても、経験した人は深い心の傷を負うことになります。行き場のない怒りが原因を作った本校に寄せられたのだと思いました」

写真を勝手に転載…過熱する“犯人探し”

同じ頃、ネットでは“犯人探し”が始まっていました。標的となったのは生徒たちです。

高校はブログやSNSで部活動など生徒の様子を積極的に発信していました。

ふだんはマスクをしている生徒たちが一時的にマスクを外して運動部に声援を送る写真が勝手に転載され、「感染して当たり前」などのコメントとともに拡散されていきました。
批判のツイート
「これではクラスターが発生するのも当たり前。声援でコロナ飛ばしまくっているように見える」
そうしたツイートの中には、写真から個人情報を特定するものもあったといいます。

クラスター判明後、感染者以外も外出自粛となっていた生徒たち。ネットに触れる時間が増え、こうした“炎上”を目にする生徒も少なくありませんでした。

学校の許可を得て、クラスターで感染した運動部の生徒(現在は回復)に直接話を聞くことができました。
生徒
「周りに迷惑をかけてしまったと感じて、やばいな、すごいことになってしまったと思いました」
生徒
「ツイッターで学校名を検索すると批判の投稿がたくさん上がっているのを見て、どうしたらいいか、不安に感じました」

生徒を守るはずが…まさかの“再炎上”

クラスターが明らかになった2日後。写真の無断転載に気付いた高校はブログやSNSから写真を削除。

しかし、この対応が新たな批判を呼ぶことになってしまいます。
「高校が不都合な事実を隠蔽した」と受け取られ、苦情の電話やネットでの批判が再び広がったのです。
批判のツイート
「(高校名)消されたブログやばい 教師はコロナ流行ってる事 知らなかったの?」
批判のツイート
「証拠隠滅にブログ削除」
校長は「生徒を守るための行為が更なる“炎上”を招く事態になるとは思わなかった」と振り返ります。

影響は家族や地域にも…

さらに、ひぼう中傷や差別の矛先は生徒や教職員だけでなく、家族や高校周辺の地域の人たちにも向けられました。

ある高校職員の家族の職場では「あの人が来るかもしれないので2週間休みます」と同僚が会社に申し出る事例があったといいます。

職員は濃厚接触者ではなかったにもかかわらず、その家族は出勤を自粛せざるをえませんでした。

高校近くのスーパーやコンビニでは「生徒がアルバイトをしているらしい」「店の前でたむろしている」などのうわさが口コミで広がりました。
取材で確認したところ、それらのうわさはまったくのデマだと分かりました。

生徒への批判もさらにエスカレート。部活動で県外遠征を行っていたことも批判され、「全国大会に出られるのか」「大会が中止になるのではないか」という不安を口にする生徒もいました。部活のオンラインミーティングで涙ぐむ生徒もいたといいます。

“ひぼう中傷に惑わされず応援してくれる人に応えよう”

こうした中で学校が重視したのが生徒たちの心のケアです。

外出自粛期間中、オンラインミーティングやスクールメールで生徒たちにひぼう中傷に惑わされないよう呼びかけ続けました。

特に強調したのが応援してくれる人たちの存在です。サッカー元日本代表の本田圭佑さんがツイッターで生徒たちに前を向くよう呼びかけてくれました。

高校近くのラーメン店からは全校生徒分のラーメン、部活のライバル校などからは飲み物や保存食が届きました。応援の手紙や激励の電話も多数寄せられたといいます。

話を聞かせてくれた生徒は当時、教師たちがかけてくれたという言葉を教えてくれました。
「ひぼう中傷する人ではなく、応援してくれる人に応えるべきだ」

県の臨床心理士・公認心理師協会もサポートに乗り出し、生徒のカウンセリングなどを行いました。生徒たちは少しずつ落ち着きを取り戻していきました。
生徒
「これから部活を頑張ろうというときにコロナになって残念だったが、切り替えられた。周りの人たちに感謝。支援を受けた人たちのために頑張ろう」
生徒
「支援がたくさんきているのだからそちらに目を向けよう。ひぼう中傷に応えても意味がない」

行政が“異例の対応” 事態はようやく沈静化

クラスター発生から10日。行政もネットでエスカレートするひぼう中傷や差別に歯止めをかけるべく動き出します。

県の人権同和対策課は、2年前からネット上の悪質な書き込みをモニタリングしています。今回、県は人権侵害の可能性の高い書き込みを法務局に通報。法務局がプロバイダーに要請し、削除を行いました。行政主導の削除要請は極めて珍しいケースです。
この結果、事態はようやく沈静化に向かいました。

ある日突然、電話やネットでのひぼう中傷に向き合うことになった高校の校長は、いかに自分たちが無防備だったか痛感する一方で、当事者だけで対応するのは限界がある、と訴えました。
校長
「学校はふんばって組織的に生徒や教職員、その家族を守ることができますが、感染してしまった個人が同様の差別・偏見にさらされた場合、自己防衛には限界があり、むしろ不可能だと感じます。行政や公的機関が『差別・偏見は許さない』との強い発信をして、人権を守る必要があるのではと思います」

“ひぼう中傷や人権侵害をチェックする仕組みが必要”

感染拡大に歯止めがかからない中、誰もが「被害者」になり得るひぼう中傷。こうした被害を減らすためにはどうすればいいのか。

アメリカで行われた実験では、攻撃的なメッセージを送ろうとしたユーザーに再考を促すアラートを表示したところ、93%が投稿を思いとどまったというデータがあります。

日本でも、攻撃性のある投稿をしようとするとAIが注意を促すシステムが開発されています。
すでにSNSやネット掲示板などを運営する複数の企業から問い合わせがあるといいます。

ネットでのひぼう中傷の問題に詳しい専門家は、「表現の自由」との兼ね合いが難しいものの、民間の団体や行政などがひぼう中傷や人権侵害をチェックする仕組みが必要だと指摘します。
セーファーインターネット協会 吉田奨専務理事
「表現への介入と受け止める人もいるので一定のルールに基づきつつ、専門家がきちんと侵害状況を把握して、削除要請などの申し出をプロバイダーにすることも、今後大事な取り組みの一つかなと思います」
また、ネット上のひぼう中傷の被害に遭った人に向け、悩みや不安を聞いてほしい場合は厚生労働省の「まもろうよ こころ」、ネット上の書き込みの削除について助言がほしい場合は総務省の「違法・有害情報相談センター」、書き込みに対して処罰や賠償を求めたいときは「法テラス」などが相談を受け付けています。
誰もが巻き込まれかねない「コロナ感染」をきっかけにしたひぼう中傷。ネットやSNSが普及した今、瞬時に広がり関係者を追い詰めていく怖さを感じました。

だからこそ、「加害者」とならないためのネットとのつきあい方や、巻き込まれてしまった時の対処法を考えておくことが大切だと思いました。
松江放送局ディレクター
鈴木貴大
2020年入局