“世界最大の監獄”で育った若者 自由を手にするには?

“世界最大の監獄”で育った若者 自由を手にするには?
反り立つ壁をよじのぼり行く手を阻む障害物を乗り越えてその先を目指す。それはスポーツではなく人生そのもの。生きるために障害物を越える、若者の生き方とは。
(エルサレム支局長 曽我太一)

パルクールに魅了される青年

Tシャツ姿の若者がアクロバティックな動きから、宙返りやバク転を決める。
ジハード・アブルスタン(32)は、目の前にある障害物を素早い身のこなしで、次々と越えていく。
ジハードがいま夢中になっているのはフランス発祥のアーバンスポーツ「パルクール」だ。100年ほど前にフランス軍が訓練に取り入れたのが始まりで、今や世界大会が開かれるほどに、広がりを見せている。

街なかの壁や手すり、階段を走り抜け、跳び越え、登る。人間の基本的な動作を駆使し、そのスピードや華麗さを競うのが魅力だ。
ジハードがパルクールと出会ったのは10年以上前。海外の若者たちが、華麗な技を披露するドキュメンタリーを、YouTubeで見たのがきっかけだった。
ジハード・アブルスタンさん
「友達に、体操とジャンプするスポーツを組み合わせたような新しいスポーツがあるから見てみろよと言われたんだ。そしたら、本当にすごくて。このスポーツこそ、自分たちの現実にマッチしていると思ったんだ。現実を忘れ、障害物を乗り越える。パルクールの考え方がすぐに気に入ったんだよ」

ガザの荒廃した街が原点に

ジハードは、海外の仲間とクラウドファンディングで資金を調達し、地域唯一のパルクール専用練習場まで整備した。

そこまでしてこのスポーツに打ち込む背景には、彼が生まれ育った環境が深く関係している。
ここは、イスラエルに封鎖された状態にある、中東パレスチナのガザ地区。地中海とイスラエル、そしてエジプトに囲まれた種子島ほどの大きさの土地に、およそ200万人が暮らしている。人口の7割はパレスチナ難民で、ジハードもそのひとりだ。
電気が使えるのは1日およそ8時間で、人口の半数は貧困状態にある。さらに、新型コロナウイルス感染拡大の影響も受け、いまではおよそ7割の住民が十分な食事をとれない状態にある。

地区を実効支配するのは、イスラエルに強硬な立場をとるイスラム原理主義組織ハマス。街はたびたび、イスラエルのミサイル攻撃の標的となり、大勢の市民も犠牲になってきた。

整備された公園や遊具はなく、空爆によって破壊され、鉄骨がむき出しになったままのビルや壊れた壁が、今もその姿をさらしている。
地区の周囲は、イスラエルが管理する、最新鋭の防犯カメラが搭載されたフェンスで囲まれている。ネズミ一匹たりとも逃さない、封鎖された状態だ。

ここから出るには、イスラエル側かエジプト側の検問所を通過する必要があるが、持ち物は厳しく検査され、外国人であっても服をすべて脱がされることもある。世界一厳しいとも言われる検問が待ち受けている。

ガザ地区が、“世界最大の監獄”と呼ばれるゆえんだ。
幼い頃から、廃虚を遊び場として育ったジハード。壁を越えるジャンプ力や、よじ登る腕力が身についたのは、必然だった。乗り越えなければならない「障害物」は、常に身の回りにあった。
ジハード・アブルスタンさん
「パルクールに向いている場所はガザ地区だけじゃないと思うけど、ここが特別なのは封鎖されていることだ。封鎖のせいで、自分たちは幾多の障害に直面していて、そうした障害物を乗り越えていかないといけないんだ」
祖父の時代には、壁から壁に飛び移ってイスラエル軍から逃げることもあったと、家族から聞かされた。自分たちには、パルクールの遺伝子があるとすら、感じている。
ジハード・アブルスタンさん
「それは100%パルクールの動きだったと思うんだ。自分たちこそ、世界で最初にパルクールを見つけたんじゃないかと思う。当時は『ランナウェイ』とだけ呼んでいた。自分たちは、それを『パルクール』という名前の今っぽい形でやっているんだ」

ガザから世界を目指す

パルクールがあれば、外の広い世界に飛び出すことも可能だ。

ガザ地区では、若者の失業率が7割にのぼる。ここでの生活を諦め、難民として海外に出た友人も少なくない。しかし去年、父親を亡くし、一家の大黒柱となったジハードにとって、そうした選択肢はない。今は市場で化粧品を販売し、細々と生計を立てる毎日だ。
それでも、9年前にはパルクールを学ぶため、海外の団体の支援でイタリアに渡ることが許された。20代にして初めて、ガザ地区を出ることができたのだ。パルクールがあったからこそ、本場ヨーロッパで技術を学ぶだけでなく、仲間をつくることもできた。

しかし、順調なことばかりではない。6年前、実力が認められてアメリカの国際大会に招かれたものの、イスラエルが検問所の通過を認めず、出国はかなわなかった。「若いから」が拒否の理由だった。

自国に対するあらゆる脅威を排除しようとするイスラエルは、ハマスが実効支配するガザから、人が入ってくることを厳しく管理しているのが実情だ。
ジハード・アブルスタンさん
「ガザにはパルクールをするエネルギーを持った若者がたくさんいて、中には世界大会で活躍できるような才能があるやつもいるのに...」

“自由な鳥になりたい”願う8歳も

そうした中でも、ガザでパルクールに魅了される若者は、増え続けている。始めた当初は数人だった仲間も、今では70人ほどにまで増えた。

専用の練習場ができたことで、廃虚では練習できなかった技も練習することができる。遊びではなくスポーツとして、パルクールに専念できるようになった。
ジハードがいま特に、目をかけている若者がいる。甥っ子の、アブドラ・アブスルタン(8)だ。ジハードに憧れ、2か月前にパルクールを始めたばかりだ。

アブドラが通うのは、国連機関が運営する難民向けの学校。まだ幼いアブドラが「障害物」に向き合うのはまだこれからだ。将来、大学を首席で卒業したとしても、仕事には就けないかもしれないし、地区の外に出る機会も得られないかもしれない。

しかし、パルクールを磨けば、きっと世界は広がる。今は、自宅の裏庭も使って、友人と技を競い合う日々だ。
アブドラ・アブスルタンさん
「パルクールをしていると、自由な鳥になったように感じる。パルクールをしていれば、直面する困難も乗り越えられるかもしれないって思えるんだ。将来はパレスチナでパルクールが1番上手になりたい」
ジハードが、アブドラや、ほかの若い人たちに伝えたいのは、障害物に立ち向かう心構えだ。その乗り越え方は一つではなく、人それぞれで、一気に壁を飛び越える人もいれば、壁を利用してバク転をする人もいる。隣の建物や手すりを利用してから乗り越える人もいれば、今はその壁を飛び越えるのはやめておく人もいるだろう。
ジハード・アブルスタンさん
「パルクールでもほかのスポーツでもいいけど、若い連中に何か夢中になれるものを見つけてほしいんだ。パルクールをする者としては、ガザ地区から国際大会で活躍する選手を輩出し、ガザ地区で国際大会を開くのが夢だ」
ガザ地区では日本も食糧支援や学校建設といった支援を行っていて、その関わりは深い。“監獄”と呼ばれる地区に暮らす若者たちの「障害物」が取り払われ、自由を手にする日は来るのか、私たちも無関心ではいられない。
エルサレム支局長
曽我太一

旭川局、国際部を経て、現在。
移民や難民、先住民族など、
抑圧や差別をテーマに取材
ガザ地区リサーチャー
ムハンマド・シェハダ(右)

ガザ地区カメラマン
サラーム・アブタホン(左)