同期の友達できましたか?

同期の友達できましたか?
「銀行の内定者たちがリモートで『お絵描き』をして交流するらしい」。取材先からこんな知らせを聞いて耳を疑った。新人とはいえ、いい大人だ。そんな彼らがなぜ「お絵描き」なのか。絵を描いて交流することにどんな意味があるのだろうか。そんな私の印象とは裏腹に交流会を企画した銀行側は大まじめだ。取材を進めると背景には新型コロナウイルスの影響で新人研修もオンライン化され、新人の「絆」や「連帯感」を育みにくくなっている実態が見えてきた。(福岡放送局記者 平山明秀/佐賀放送局記者 国枝拓)

異色の内定者交流会

3月、福岡銀行が開いた内定者たちのオンライン交流会を取材した。およそ20人が自宅などからリモートで参加。モニター画面の中でそれぞれが一斉に取り組んでいたのは“お絵描き”だ。

彼らは、絵のうまさを競い合っているのではない。交流会を仕切る講師が出したお題は「理想の社会人像」。銀行に入ったあとの未来の自分の姿を自由に表現していく。ありのままの内面を赤裸々に描いて共有することで互いの理解を深めるのがねらいだという。
内定者のひとりは、調理器具と鉛筆を手にほほえむ姿を描いた「泡立て器と鉛筆を描いて仕事と家庭の両立を表現しました。笑顔でいられたらいいなと顔を描いた。休みの日にはリゾート施設に行けたらいいなと」

このほかにも自分の出身地の特徴を絵で表現し、参加者に当ててもらうクイズ形式のゲームもあり、内定者どうしがコミュニケーションをとりやすいよう、工夫がちりばめられていた。ただの交流会ではなかった。福岡銀行が初めて導入した人材育成の取り組みだという。
“お絵かき”の交流会サービス「バヅクリ」を提供するのは東京のベンチャー企業。オンラインのメリットを生かした「非日常の共有」をするという。「お絵描き」のほかにも一緒に寿司握りを疑似体験したり、スクワットなどの筋トレをしたりと参加者どうしの連帯感を高める多彩なプログラムがそろっている。
プレイライフ 佐藤太一社長
「初対面の人どうしが会話するのはハードルが高いが、オンラインの遊びや学びを通じて、会ったことがない人どうしが社内でつながりを作っていける。新人どうしの会話のきっかけづくりの場としても評価してもらっている」
内定者
「最初はとても緊張しましたが、次第に緊張がなくなって楽しむことができました。これをきっかけに、のちに同期と会ったときに会話が弾むと思います」
ふくおかフィナンシャルグループ人財開発センター 上篭裕作主任調査役
「コロナ禍で失われてしまった集合研修でのコミュニケーションを補完するツールだと思う。同期の絆は社会人生活を送る上で重要で、これをきっかけに育んでもらいたい」

オンライン化で“つながれない”新入社員の事情

福岡銀行は1年前に入行した新入行員たちが抱える課題に直面していた。あらゆる場面で“リモート”が推奨されたこの1年。感染を回避するだけでなく、人が集まらなくて済む効率の良さから、行内のさまざまな会議がオンライン化されてきた。

新人研修もオンライン化されたが、新入行員たちの間では同期どうしが実際に顔を合わせることで育まれる「絆」や「連帯感」の欠如が課題として浮上していたのだ。

去年、福岡銀行に入行した上原幸太さん。200人いる同期が対面する場は一度も設けられなかったという。
上原幸太さん
「20人ほどの同期とは交流していますが、それ以外は顔すらわかりません。仲良くなる機会がなかったので残念です」
融資の業務を担当しているが、仕事上の悩みを共有して相談できる同期は限られているという。

2年前まで福岡銀行が行ってきた新入行員の合宿研修のカリキュラムを見せてもらった。研修所に泊まり込むのは1か月間。ビジネスマナーや金融の基礎知識を学ぶ講座がみっちり入っている。

オンライン化にあたっては、同様の研修内容は維持された。しかし、カリキュラムの講座にはない昼休みや夜の自由時間など“隙間時間”が絆を深める大切な機会になっていたことに気が付いたという。

佐賀県庁にも“危機感”

同じ境遇の新人を抱えているのは、民間企業だけではない。去年9月、佐賀県が新人職員を対象に実施したアンケートには切実な心境がつづられていた。
「同期の方と知り合うことが難しく心細かった」「仕事のことで相談できる相手が少なかった」

佐賀県庁では例年、入庁後すぐ合宿研修が行われる。新人職員たちは研修所に2泊3日で泊まり込み、グループワークや奉仕活動などを実施。夜は懇親会も開かれ、同期どうしの連帯感を育んできた。

それが去年の研修では規模が縮小されて日帰りになり、代わりに自宅などで職務を学ぶオンラインの教材を導入。同期どうしの懇親の場は設けられなかったという。
去年、佐賀県に採用された田畑汐織さん。入庁から1年。製造業の経営支援などがいまの仕事だ。
佐賀県ものづくり産業課 田畑汐織さん
「業務内容でわからないことがあったとき、先輩たちはすぐ、他の課の同期に聞いてみようと電話をかけている。私はそうやって相談できる同期が少ないので不安です。キツいことや苦しいことがあったときに相談できるのは同期だと思っていて、大切な存在だと感じています」
こうした事態を受けて、佐賀県庁では新人職員の連帯感の欠如が業務の遂行にも影響することを懸念。新年度の研修では交流の機会を増やすよう見直しを始めた。

新人教育のありかたは?

取材を通して、新人たちは同期のつながりを強く求めていると感じた。オンライン交流会サービスを手がける東京のベンチャー企業。去年8月のサービス開始以降、上場企業を中心に全国150社が導入しているという。

たしかに自分の新人研修時代を振り返ると、お酒を飲みながら語り合って打ち解けた同期がその後、互いに励まし合う貴重な存在になっている。

その一方で、コロナ禍によるオンライン化の流れはもはや、とまることのない大きな変化だ。そうしたなかでどのように新人たちに仕事のやりがいや心の支えを持ってもらうのか。この新サービスのようにオンラインのなかで工夫することによって同期の絆を深めるやり方はその一例だ。

新型コロナの感染リスクと向き合いながら、研修を含めた新人教育のあり方を見直していかなければならない時期に来ている。
福岡放送局記者
平山 明秀
平成27年入局
和歌山局を経て令和2年から現所属
主に経済分野の取材を担当
佐賀放送局記者
国枝 拓
新聞社を経て平成21年入局
松山局、報道局科学文化部を経て令和元年から現所属