センバツ高校野球 優勝は東海大相模 サヨナラで明豊に勝利

甲子園球場で開かれたセンバツ高校野球は決勝が行われ、神奈川の東海大相模高校が大分の明豊高校に3対2でサヨナラ勝ちし、優勝しました。東海大相模は10年ぶり3回目の優勝です。

2年ぶりの開催となったセンバツ高校野球は、新型コロナウイルスの感染が収まらないなか、選手や関係者へのPCR検査など感染対策を徹底するなどして、先月19日から甲子園球場で開催され、1日の決勝は東海大相模と明豊が対戦しました。

試合は、序盤から接戦となり、2対2の同点で迎えた6回、東海大相模は、2アウト一塁二塁のピンチとなった場面で、今大会無失点のエース、石田隼都投手がリリーフで登板しました。

そして、相手バッターをショートフライに打ち取り、無失点で切り抜け、その後も要所を締めるピッチングで得点を与えませんでした。

一方、打線は同点の9回に、1アウト満塁のチャンスを作り、3番小島大河選手がショートを強襲するサヨナラのタイムリーヒットを打ちました。

東海大相模は3対2で勝ち、10年ぶり3回目の優勝を果たしました。

春夏通じて初めて決勝に進出した明豊は、1回と4回に得点を奪って2度にわたってリードしましたが、その後は打線がつながらず、大分県勢として54年ぶりの優勝はなりませんでした。

東海大相模 キャプテン不在でも…

東海大相模はキャプテンが急病で入院し、準々決勝以降、ベンチに入れないというアクシデントも力に変えて頂点に駆け上りました。

東海大相模のキャプテン、大塚瑠晏選手は門馬敬治監督から「攻守の要」と期待され、今大会は2番ショートで2回戦までフル出場していました。しかし、準々決勝当日の未明に体調不良を訴え、急性胃腸炎と診断されて入院し、決勝まで復帰することができませんでした。

キャプテンの不在というアクシデントに対してキャプテン代行を務めた門馬功選手や、決勝でサヨナラヒットを打った小島大河選手は、「一人一人が少しずつ、大塚選手の不在をカバーする」という意識で試合に臨んだと振り返ります。

特に、最後まで無失点を続けた絶対的エースの石田隼都投手は、大塚選手に代わるチームの精神的な支柱としての役割も担いました。積極的に声がけをするなどして、チームメートを盛り上げ、門馬監督も「技術だけでなく精神的にもチームの軸になってきた」と目を細めていました。

決勝でリリーフに回った石田投手は4回の満塁のピンチの場面で、伝令を務め「後ろには俺がいるから思い切って行け」と鼓舞しました。

そして、同点の6回途中からマウンドに上がると、最後まで得点を与えずチームのサヨナラ勝ちを呼び込みました。

一人一人がカバーする意識を持つことで、キャプテンの不在を力に変えてつかみとった10年ぶりの優勝。石田投手が「大塚選手がチームを引っ張ってきてくれたので、最初に勝ったことを伝えたい」と語ったように、最後の記念撮影では大塚選手のユニフォームも一緒におさまっていました。

門馬監督は、「大塚選手も一緒に戦ってくれたと思います。すべての選手の力で優勝をつかむことができた」と選手全員の頑張りをたたえていました。

東海大相模 門馬監督「すべての高校球児の思いが甲子園に」

優勝した東海大相模の門馬敬治監督は試合後のインタビューで、「最後の最後までしぶとく執念を持って戦ったことがこの勝利につながった。このチームのすべてを物語っていると思う」と話しました。

また、キャプテンの大塚瑠晏選手が急性胃腸炎で出場できなかったことについては「われわれはグラウンド、大塚は病院のベッドの上と戦う場所は違ったが大塚も一緒に戦ってくれたと思う。すべての選手の力で優勝をつかむことができた」と話しました。

そのうえで新型コロナウイルスの影響で2年ぶりの開催となった大会を振り返り、「仙台育英高校のキャプテンが選手宣誓で言ってくれたように、まさに2年分の春となった甲子園のグラウンドに立てなかった去年の3年生をはじめ、すべての高校球児の思いが甲子園に戻ってきた大会だった。大会を開いてくれた多くの方に感謝を申し上げたい」と話していました。

サヨナラヒットの東海大相模 小島「うれしいのひとこと」

9回ウラに優勝を決めるサヨナラヒットを打った東海大相模の小島大河選手は、試合後のインタビューで「チームのみんながつないでチャンスで回してくれたので絶対、打ってやろうと打席に入った。打球が抜けた瞬間はうれしいのひとことだった」と笑顔をみせました。

また、準々決勝以降、キャプテンの大塚選手が急性胃腸炎で出場できない中、優勝をつかんだことについて「チームを引っ張ってきた大塚選手がいない中で、みんなが頑張って日本一という最高のプレゼントができたと思う。この優勝で終わりではないのでまた切り替えて夏の大会に臨みたい」と話していました。

東海大相模 門馬「主将いない分みんなで少しずつカバー」

優勝した東海大相模の門馬功選手は準々決勝以降、急性胃腸炎で入院した大塚瑠晏選手に代わってキャプテンの代行を務めてきました。門馬選手は「うれしい気持ち、それだけです。キャプテンがいない分、みんなで少しずつカバーしてチームとしてまとまることができました。試合前に大塚選手から連絡があり、『頼むよ』と言われたので、『必ず日本一を取る』と返しました」と話していました。

また、父親でもある門馬敬治監督と親子でセンバツ優勝を果たしたことについては「自分しか味わえないので、素直にうれしい気持ちでいっぱいです。試合中はずっと選手と監督だけど、試合が終わってお父さんを日本一にしたという実感があります」とうれしそうに話していました。

東海大相模 エース石田「ピッチャーで無失点は1番いいこと」

優勝した東海大相模のエース、石田隼都投手は「優勝の実感は、まだわいていないけど、勝てたのはよかったです。野手のみんなやほかのピッチャーが粘っていたので、自分が任されるところまで集中切らさずに待っていました。疲れはありましたが、抑えるという気持ちでマウンドに上がりました」と話しました。

今大会、5試合で29イニング余りを投げ、無失点だったことについては「ピッチャーで無失点は1番いいことで、それができたのは自信につながりました。もっといいピッチャーになって夏の甲子園に戻ってきたいです」と話していました。

東海大相模とは

優勝した東海大相模は神奈川県相模原市にある私立高校で、昭和38年の開校と同時に野球部も創部されました。

野球部のOBには巨人の原辰徳監督や同じ巨人の菅野智之投手、さらに日本ハムの大田泰示選手など多数のプロ野球選手がいます。

巨人の原監督はキャプテンが急病で大会途中からベンチに入っていなかったことを踏まえ「キャプテンがいない中、チームも非常にまとまっていた。門馬監督の(もんま)野球が色濃く出たセンバツだった。指導者としても、教育者としてもいい面が大きくなってきたなという感じがする」とたたえました。また、優勝の瞬間は1日夜の中日との試合に向かうバスの中で見届けたということで、「久々に気持ちよく東海大相模高校の校歌を聴いた」と話していました。

東海大相模のOBで、平成27年の夏の甲子園でエースとして優勝したプロ野球 中日の小笠原慎之介投手は球団を通じ「おめでとうございます。新型コロナで制限や制約がある中での大会で優勝という最高の形で終えられたことはOBとしても嬉しい思いでいっぱいだ」というコメントを寄せました。また、前回10年前のセンバツで優勝した中日の渡辺勝選手は(わたなべ・まさる)「僕たちが優勝した時は、東日本大震災で大変な時で、今回は新型コロナの影響で世の中が大変な時。いろいろな制約がある中で後輩が頂点に立ったことは、嬉しく思う」とコメントしています。

東海大相模のセンバツ大会での優勝は、平成12年と平成23年に続いて3回目です。また、夏の甲子園でも2回優勝しています。

明豊 川崎監督「選手たちに感謝」

明豊の川崎絢平監督は「序盤はバッティングの調子がよく、ほぼ完璧な形で試合に入ることができたが、そこであと1点、2点を取れなかったことが響いた。勝てるチャンスがあっただけに、なんとかしてやりたかったが、今できる野球をすべて出し切ったと思うので選手たちに感謝したい」とねぎらっていました。

今大会5試合でノーエラーだった堅い守りについて聞かれると、「褒めてあげたい部分もあるが、これで満足してはこれ以上伸びない。課題はまだまだあるので足りなかった部分をやり直したい」と夏に向け、さらなる成長を期待していました。

明豊 太田「次は絶対に日本一」

先発した明豊の太田虎次朗投手は、「立ち上がりからしっかりと試合に入ることができ、ピンチの場面ではストレートだけでなく変化球も落ち着いて投げることができたので、役割は果たせたと思う」と決勝のピッチングについて話しました。

そして、5試合に登板した今大会を振り返り、「むだなフォアボールが多かったので、コントロールを磨いていきたい。夏に甲子園に戻って、次は絶対に日本一を取りたい」と意気込んでいました。