大相撲 照ノ富士の大関昇進を正式決定 21場所ぶりの復帰

日本相撲協会は、番付編成会議と臨時の理事会を開き、春場所で12勝を挙げて3回目の優勝を果たした照ノ富士の大関昇進を正式に決めました。大関経験者の照ノ富士は、平成29年秋場所以来21場所ぶりの大関復帰となります。

大関経験者の照ノ富士は、関脇で迎えた春場所、圧力のある四つ相撲などで12勝3敗の成績を挙げて3回目の優勝を果たし、直近3場所の勝ち星の合計を大関昇進の目安とされる33勝を上回り36勝としました。

日本相撲協会は31日、次の夏場所に向けた番付編成会議と臨時理事会を開き、照ノ富士の大関昇進を正式に決めました。

照ノ富士は、ひざのけがなどの影響で、平成29年の九州場所で大関から関脇に陥落したあと一時は、序二段を経験していて十両以下に番付を下げてから大関に復帰するのは昭和以降では初めてです。

また、昭和以降で最も長いブランクとなる21場所ぶりの復帰となります。

照ノ富士「謹んでお受けいたします」

大相撲の照ノ富士の大関復帰が31日正式に決まり、昇進伝達式の口上で「謹んでお受けいたします。本日は誠にありがとうございました」と決意を述べました。

日本相撲協会は31日午前、東京 両国の国技館で臨時理事会を開き、照ノ富士の大関昇進を正式に決めました。

これを受けて、相撲協会の使者が照ノ富士と師匠が待つ東京 江東区の伊勢ヶ濱部屋に行き、大関復帰を伝えました。

硬い表情で使者を待ち受けた照ノ富士は「謹んでお受けいたします。本日は誠にありがとうございました」と口上を述べ、決意を示しました。

照ノ富士の大関昇進の伝達式は2回目で、平幕から復帰した昭和52年の魁傑以来です。

照ノ富士は平成27年に初めて大関に昇進した際、伝達式で「今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進します」という口上を述べていて、今回は「謹んでお受けします」という短いことばに決意を込めました。

「もっともっと稽古に精進して上を目指して頑張る」

照ノ富士は会見で、伝達式を終えた心境について「改めて元の位置に戻った実感を感じている。前回は、そのまま素直にうれしく思っていたが、今はやっとたどりついたと、ほっとしている」と話しました。

大関昇進伝達式での口上「謹んでお受けいたします。本日は誠にありがとうございました」という短いことばに込めた思いについては、「2回目ということで、気持ちは前回とずっと変わっていないし、そういう意味で素直にありがたいという気持ちで話した。師匠やおかみさんに相談して決めた」と説明しました。

さらに、前回1回目の伝達式での「今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指す」という口上について聞かれると、「前回と気持ちは変わらないので、もちろんやるかぎりは、上を目指して頑張りたいと思っている」と改めて決意を示していました。

また、何度も引退を引きとめた師匠の伊勢ヶ濱親方に対しては「素直に辞めたいという気持ちを伝えたが、まずは病気を治すことに専念するという気持ちにさせてくれたのは師匠だった。こういう形で元の地位に戻ったことは、すべて親方のおかげだと思う」と感謝の思いを話しました。

そして大関復帰を果たし、今後の決意を問われると「やるかぎりは経験したことがないことを1回でも経験してみたいという気持ちがあるので、もっともっと稽古に精進して上を目指して頑張りたい」と話していました。

師匠の伊勢ヶ濱親方「各力士のお手本に」

照ノ富士の師匠の伊勢ヶ濱親方は「本人は長い間、ずっと苦しんでいたと思うが、それに負けず自分で頑張ってきた成果だと思う。ギリギリではなく、優勝してしっかりと形を残して大関になっているので、それは立派じゃないか」と弟子の大関復帰を喜びました。

今後に向けては「ひざのけがという爆弾を抱えているので、それにしっかり留意しながら頑張っていけば、まだまだいけるんじゃないか」と期待したうえで、「相撲界全体に対して、諦めないで頑張ればやれるというものを示している。各力士のお手本になり、まだまだ頑張る力士が出てくると思う」と最大限の評価をしていました。

使者の浅香山親方「すごい精神力」

日本相撲協会の使者として、照ノ富士のもとを訪れた元大関 魁皇の浅香山親方は「立派な成績を収めた。文句なしの昇進だ。本人もさらに上を目指す気持ちがあると聞いているので、そこに向けてまた精進してもらいたい」と期待を寄せました。

そして「すごい精神力だと思う。いろいろな人たちの励みや手本になると思うので、しっかり頑張ってもらいたい。何よりけがをしないこと、そこだけは気をつけてほしい」と話していました。

また短い口上については、「ことばよりも気持ちが大事だ」と話していました。

また、同じく使者として照ノ富士のもとを訪れた高島親方は「考えたうえでの口上だった思う。新たな気持ちを感じた」と伝達式を振り返りました。

そして「上半身は強いが、下半身をもう少し鍛えないと相撲に怖い部分がある。下半身を強化すればもう一つ上を狙える。ほかの3人の大関を見ていると、しっかりした体調で臨めば照ノ富士のほうが力は一つ上だと思う」と話していました。

八角理事長「諦めず努力し続ける大切さ 体現してくれた」

照ノ富士の大関復帰について、日本相撲協会の八角理事長は「自分を信じ、諦めず努力し続けることの大切さを体現してくれた。ここまで戻ってくるのに苦しい時期もあり、険しい道のりだったと思うが、この経験は今後の相撲人生においても大きな力になると思う。さらに上を目指してこれからも励んでほしい」とコメントしています。

おかみさんの杉野森淳子さん「よく乗り越えてくれた」

伊勢ヶ濱部屋のおかみさんの杉野森淳子さんは「関取が幕下に落ちた時期あたりに、親方に『辞めたい』と何回も相談し、説得されてからうなだれて戻ってくるのを繰り返し見ていたので、あのときは、今こうなるとは想像できなかった」と振り返ったうえで、「本当に努力をしていたので、すごいと思う。よく乗り越えてくれた」とたたえていました。

同部屋力士からも喜びの声

照ノ富士の大関復帰について、同じ伊勢ヶ濱部屋の関取からも喜びの声が聞かれました。

宝富士は「うれしいですね。すごいことで尊敬する。探究心がすごく自分が知る中ではいちばん勉強している力士だ。お祝いごとなのでうれしい反面、自分ももっと頑張らないといけない」と励みにしている様子でした。

翠富士は「毎日、一緒に稽古してきて、けがしたときも知っているので、また戻ってくれてうれしい。トレーニングを見ていると、大関に戻りそうだと思っていた。自分も頑張りたい」と話していました。

十両の錦富士は「自分のことのようにうれしい。稽古では限界を迎えたところから自分を鼓舞し、もう1段階、ギアを上げていて常人にはできない」と話していました。

照ノ富士とは

大関に復帰した照ノ富士は、モンゴル出身の29歳。

来日後は、強豪の鳥取城北高校に入学しその後、間垣部屋に入門しました。

平成23年5月の技量審査場所で若三勝のしこ名で初土俵を踏み、間垣部屋の閉鎖に伴って伊勢ヶ濱部屋に移籍したあとしこ名を今の照ノ富士に改めました。

体重およそ180キロの恵まれた体格を生かした力強い四つ相撲でぐんぐん番付を上げ、平成26年の春場所に新入幕を果たし、関脇だった平成27年の夏場所には12勝3敗で初優勝しました。

初土俵から25場所目での優勝は、年6場所制となった昭和33年以降、幕下付け出しの力士を除いて、歴代3位のスピード記録で場所後に大関に昇進し横綱候補として期待されました。

しかし、ひざのケガや糖尿病などから稽古のできない状態となり、平成29年名古屋場所から4場所連続で休場し、その年の九州場所に2年間務めた大関の地位から陥落しました。

さらに平成30年夏場所からも5場所連続で休場し、おととしの春場所には序二段にまで番付を下げました。

大関経験者が幕下以下に陥落するのは昭和以降では初めてのことで、一時は引退も考えました。

それでも師匠の伊勢ヶ濱親方に説得されて思いとどまり、けがや病気の回復に伴って少しずつ稽古を再開し再び番付を上げていきました。

前頭17枚目「幕尻」で幕内に復帰した去年7月場所にはおよそ5年ぶりとなる2回目の優勝を果たして復活を強く印象づけました。

ひざのけがは完治していませんが、大関時代を思わせる力強さに、積み重ねてきた四つ相撲のうまさが加わり、白星を重ね続けました。

そして今場所、三大関を破るなどして12勝を挙げて3回目の優勝を果たし、目標として口にし続けていた大関復帰も実現させました。

過去に注目された「口上」は

1人の力士が2回目の大関昇進伝達式に臨んだのは、昭和52年初場所後の魁傑以来、2人目です。

過去の新大関の「口上」には四字熟語を盛り込んだものが多く見られました。

平成の大横綱 貴乃花は、平成5年に大関に昇進した際、「今後も“不撓不屈(ふとうふくつ)”の精神で相撲道に精進します」と述べました。

「不撓不屈」は、「どんな苦労や困難にもくじけないこと」という意味のことばで貴乃花が横綱昇進の際にも用いていました。

貴乃花の兄の元横綱 若乃花が大関に昇進した際は「今後も“一意専心”の気持ちを忘れず、相撲道に精進いたします」と口上を述べました。

直近では、去年9月の秋場所後に大関に昇進した正代が、“この上ない真心を貫き通す”という意味の「至誠一貫」の四字熟語を盛り込んでいました。