家族のため、私は体を売った

家族のため、私は体を売った
「後悔はしています。でも、自分で決めたことです」
こう話すのは東南アジアのタイに住む30歳の女性です。新型コロナウイルスの影響で、仕事を失い、家族を養うために、彼女が選択したのがセックスワーカー(性的サービスなどを提供し対価を得る人たち)でした。タイでは、彼女と同じような選択を迫られる女性が少なくないといいます。何が起きているのか、取材しました。
(アジア総局記者・松尾恵輔)

通りに立ち体を売る女性

その女性は、ことし1月のある日の夜、タイの首都バンコクのある通りに立っていました。この通りはセックスワーカーたちが昼間から立ち、客と価格交渉をする場所として知られています。
肩までの髪を茶色く染め、腕を組んでたたずむ彼女は、どこか落ち着かない表情でした。

話しかけると、新型コロナの影響で仕事を失い、3週間前にセックスワーカーになったばかりだと話しました。その理由を知りたいと思い、後日、自宅で話を聞かせてもらいました。

彼女の名前はウンさん(仮名)、30歳。バンコク郊外のワンルームのアパートで暮らしていました。部屋の床には、チョコレートや文房具、それにおもちゃなどの入った段ボールが置かれていました。

「息子に毎週のように送っているんです」

ウンさんはタイ東北部で育ち、9歳になる息子を持つシングルマザー。息子を親元に残してバンコクで働き、毎月、実家に仕送りをしているといいます。
それとは別に、毎週、息子のためにお菓子やおもちゃを買って箱に詰め、メッセージを書いた付箋を入れて実家に送っています。荷物を受け取った息子がテレビ電話を通して、そのメッセージを読み上げてくれるのがなによりも楽しみでした。

コロナ禍で仕事を失う

もともと、ウンさんはバンコクの飲食店で酒の販売の仕事をしていました。

毎月の収入は日本円でおよそ8万円。年老いた両親が得られるのは毎月4000円程度の年金だけだったため、実家には6万円の仕送りをしていました。残りの収入は生活費でほとんどなくなってしまい、ぎりぎりの生活でした。

それが新型コロナの感染拡大でさらに厳しくなりました。バーなどが閉鎖され、酒の販売もできなくなり、ウンさんもことし1月、ついに仕事を失ってしまいました。
それ以降、ウンさんは外出を控え、食事も減らし、可能なかぎり節約をしました。

なんとか新しい仕事を見つけようと、必死に探してまわりましたが、新型コロナの影響で求人が激減していて、なかなか仕事は見つかりませんでした。貯金を取り崩して生活していましたが、わずかだった貯金はすぐに底をついてしまいそうになりました。

家族のため、体を売る

「あなた、自分が食べる食事を買うお金は足りているの?」

そんなある日、ウンさんの母親が、娘のことを心配して連絡をしてきました。気力まで失いかけていた時に聞いた、母親の何気ないひと言に、改めて家族のため、息子のために「自分が稼がなければ」と思ったといいます。

しかし現実は、新たな仕事もなく、残った貯金もわずか1000円ほど。思い悩んで友人に連絡すると、すぐに収入を得られる仕事として勧められたのが、セックスワーカーでした。

自分の体を売って、お金を得る。

考えもしなかった選択肢にウンさんはためらいましたが、一晩中考えるうち、自分が置かれた状況では、それ以外の選択はないと思うようになったといいます。

私はなんでこんなことをしているんだろう

それでも初めて通りに立った時、ウンさんはその場から逃げ出したい衝動に駆られました。行き交う人たちからじろじろ見られるたび、さげすまれているような気持ちにもなりました。
客を待って通りに立っている姿を、知り合いに見られたらどうしよう。そんな不安が頭をよぎるたび、建物の陰に隠れて気持ちを落ち着かせなければ、通りに立ち続けることができませんでした。

そして初めて体を売った時、会ったばかりの男性に自分の体を触られ、身をゆだねなければならず、私はなんでこんなことをしているのだろうと、激しい自己嫌悪に襲われました。行為が済んだあとに男性から渡された現金を見て、これで家族に仕送りができると思うと同時に、何かを失った気がしたといいます。

それでも家族のため、生きていくためには通りに立ち続けていくしかありませんでした。
「この通りに立って体を売る時、家族のこと以外、何も考えないようにしています。体を売って働いていることは、両親や息子はもちろん、誰にも知られたくありません。でも、この世界に隠し通せることなんてありません。いつか知られてしまうのではないかと、諦めている部分もあります」

もう自分を傷つけたくない

ウンさんは、ことし2月はじめ、新しい仕事を見つけることができ、セックスワーカーをやめることになりました。

働いたのは1か月ほど。親への仕送りを途切れさせずに済んだといいます。一方で、こうした経験について「後悔している」とも話していました。
「こんなことは人生に1度でたくさんです。唯一のよかったことはお金が手に入ったこと。もう自分を傷つけたくない」

「私の夢は早く息子と一緒に暮らすこと、ただそれだけです」

セックスワーカーを選ぶ女性はほかにも

実は、タイでは売春は法律で原則禁じられています。

しかし、コロナ禍でウンさんのように、生活のためセックスワーカーとして働き始める女性は少なくないと、タイでセックスワーカーの権利の保護に取り組む団体「SWING」は指摘しています。

背景には、タイ社会が抱える都市と地方の格差があるといいます。2019年のタイ政府の統計では、首都バンコクと最も所得の低い北部のメーホンソン県のひと月当たりの家庭の収入の格差は、2.8倍。製造業の盛んな都市と農業に頼る地方との間には大きな格差があります。
このため、家族を養おうと地方からバンコクなどに出稼ぎへ行く人たちは大勢いますが、新型コロナの影響で、仕事を失う人が急増。

地方に戻っても家族を養えるほどの仕事がないため、都市にとどまりセックスワーカーとして働き始める人が少なくないとみられています。

困窮するセックスワーカー

一方で、セックスワーカーとなっても、収入を得るのは決して簡単ではないといいます。

特に、新型コロナが拡大して以降は、主要な客とみられていた外国人観光客が激減したことでセックスワーカーが大きな影響を受けたと「SWING」は見ています。
実際に、感染拡大前は、多くの外国人観光客でにぎわっていた、バンコクの歓楽街の一つ「パッポン通り」は、今も閑散としています。

「SWING」がバンコクとパタヤのセックスワーカー941人を対象に、ことし1月に行った調査では、全体の75%が1日1食も食べられず、45%は住む場所がないと回答しました。調査からは、収入を得るどころか、その多くが困窮している実態がうかがえます。

タイ政府はあらゆる人たちを援助するためとして、給付金を準備しましたが、売春は法律で禁じられているため、違法な仕事に就くセックスワーカーが受け取れないケースも数多くあるといいます。

「SWING」は、国を挙げた一層の支援が必要だと訴えています。
「彼女らの仕事は違法とみなされ、誰も援助の手を差し伸べません。でも、それぞれの理由や必要性から、この仕事をしなければならないのであれば、私たちはセックスワークが仕事だと認識すべきです。危機が迫っている時には、ほかの人たちと同じように支援を受けられるようにすべきです」

“ほほ笑みの国”で

今回、タイ有数の歓楽街から人の姿が消えた影響を探ろうと取材を始めましたが、そこから見えてきたのは、都市と地方の格差を抱えるタイ社会の現状でした。

「SWING」の調査では、8割を超えるセックスワーカーが収入を自分の家族のために充てていると回答していて、ウンさんも家族のために必要に迫られ、セックスワークを選んだ1人でした。

コロナ禍のタイで浮き彫りになっているのは、もともと相対的に貧しかった人たちが、一層苦境に立たされているという現実です。

引き続き、貧困や格差などの問題について考えていきたいと思います。
アジア総局記者
松尾恵輔

平成22年入局
静岡局を経て社会部で厚生労働省担当として雇用問題などを取材。令和2年からアジア総局でタイやラオスの取材を担当。