命を救う“独り言”がある

命を救う“独り言”がある
「独り言をつぶやいてくれませんか? 『あー信号が青になったから渡ろう』 それで私は安心して信号を渡ることができます」

視覚に障害のある人のSNSへの投稿が、反響を呼んでいます。
あなたがあえて声にした“独り言”が、命を救うかもしれません。

恥ずかしがらずに少し勇気を出してみませんか。

(ネットワーク報道部記者 玉木香代子 馬渕安代 鈴木有 斉藤直哉)

盲導犬は信号がわからない?

冒頭の投稿をしたのは大阪市の浅井純子さん(47)。

30歳の時に角膜の病気にかかり、その後、両目を失明しました。
5年前からは盲導犬のヴィヴィッドと暮らしています。

ヴィヴィッドのサポートがあっても信号がある横断歩道を渡る際には不安を感じるのだといいます。

なぜでしょうか。
浅井純子さん
「盲導犬は横断歩道の手前で止まって教えてくれます。でも、信号の色がわからないんです。信号が赤か青かは私が判断しています」
犬は、色を感じる目の細胞がヒトと比べて非常に少なく、信号の色を見分けるのが難しいのだといいます。

浅井さんは、横断歩道を渡るとき音の出る信号なら、それを聞いて、そうでない場合は、自動車の音や、歩く人の足音、さらに人が通る際のかすかな空気の動きなどを頼りに赤なのか、青なのか判断しています。

難しくなるのが、人や車の数がまばらな横断歩道を渡る時です。

判断の根拠となる音が減り、空気の動きを感じにくくなるため「いま渡っていいのか」、不安になるのだといいます。

実際、危険にさらされたことは何度もあります。
多いのが赤信号を無視した歩行者につられて渡ろうとしてしまうケースです。
そんな時に助けになるのが、周りの人の声。

「今、信号、赤ですよ!」

「車来てますよ、危ない!」

声があったことで車にひかれずに済んだ経験もありました。
だからこそ、“独り言”のようなつぶやきでもいい、声をかけてもらうとありがたいという思いで、今回の投稿をしました。
浅井純子さん
「『ほら、信号青やから渡るよー』とかそんな何気ない声でもいいんです。ちょっとしたひと言が安全を確認する助けになるので気軽に声をあげてほしいです」

駅のホームも危険

声かけによって、横断歩道だけでなく駅のホームでも、救われる命があるかもしれません。

視覚障害のある人がホームから転落したり列車と接触したりする事故は後を絶ちません。
令和元年度までの10年間で見ても全国で毎年、60件から90件程度起きています。

ホームドアの設置も行われていますが、国土交通省によりますと、おととし3月までに設置された駅は、1日の乗降客数が10万人を超える285の駅で見ても、半数余りの154駅にとどまっています。

ホームドアの設置が進まない中、日本盲導犬協会に聞いてみると、実際に声かけで事故を防ぐことができたケースがあるといいます。
例えば、盲導犬とともにホーム上にいたある男性は、人混みを避けているうちに、知らず知らずホームの端に寄ってしまい、転落しそうになったところを近くにいた人からの「危ない!」の声で気付くことができました。

声かけ、どうすれば?

声かけが大事なことがよくわかりますし、視覚障害者の団体などでは以前から、こうした例をあげて「声をかけてほしい」と呼びかけています。

ただ、実際に声をかけるとなると「かえって迷惑がられないかな」とか「恥ずかしいな」などと考えてしまう人もいると思います。

日本盲導犬協会の職員で、自身も盲導犬のサポートを受けて暮らす押野まゆさんに聞いてみました。
押野まゆさん
「迷惑とは思っていません。むしろ内心では誰か声をかけてくれないかな、と思っているんです。サポートがほしい場面は数限りなくありますし、もし必要そうだなと思ったら遠慮なく声をかけてほしいです」
押野さんも“独り言”のような声かけでも助けになるといいます。

ただ、できれば次のようなポイントを意識してもらえるとさらにありがたいと話します。

ポイントは3つ

1つ目が、サポートが必要かどうかまずは尋ねてほしいということです。

その際のことばで効果的なのが「お手伝いしましょうか?」。

「大丈夫ですか?」などと状態を尋ねられたようにも聞こえることばよりもサポートの申し出だとすぐにわかり、助けを求めやすくなります。
2つ目は、必要なサポートの内容を具体的に聞いてほしいということです。

目的地まで連れて行ってほしいのか、方向だけを教えてもらえればいいのかなど、困っていることはそれぞれ違うので、先入観を持たずにコミュニケーションをとるところから始めてもらいたいといいます。

サポートを終えるときには「ここで失礼します」などと声をかけてもらえるとわかりやすいということです。

それと大事なのが、いきなり腕を引っ張ったりしないこと。

突然、引っ張られたり、肩をたたかれたりするとびっくりして進行方向を見失うこともあり、かえって困ってしまうのだといいます。
ただ、危険が差し迫っているときの対応は、違う形でも構いません。

それが3つ目のポイントです。

声をかける際には“その人の特徴”と“何が危ないのか”を具体的に示す必要があり、赤信号を渡ってしまいそうな人には「そこの盲導犬を連れている人、いま、赤ですよ」などと知らせるといいということです。

また、いまにも駅のホームから落ちそうな時などは体をつかんで止めることももちろん、必要です。

こうしたポイントは、盲導犬を連れている人でも、白じょうなどを使っている人でも、視覚に障害のある人をサポートする場合には共通するところです。

盲導犬に話しかけないで

ただ、盲導犬の場合、気をつけるところがもう1つ。

ちょっと意外かもしれませんが、盲導犬に対して「大丈夫?」などと困りごとがないか聞くように話しかけてくる人がいるのだといいます。

押野さんは「盲導犬がすべてを判断していると誤解している人がいるのではないか」として次のように話します。
押野まゆさん
「盲導犬は人をサポートしているだけで、状況を判断するのはあくまで人です。声かけは盲導犬ではなく人に対してお願いします。また、盲導犬が任務に集中できるよう、さわらない、声をかけない、食べ物などをあげない、目をずっと見つめ続けない、ということもお願いします」

コロナ禍、ここにも

コロナ禍のいま、視覚に障害のある人たちは、これまで以上に積極的な声かけを求めています。

外出自粛で出歩く人が減ったため、道路を渡る判断をする際に大切な、人の気配や、音などが分かりにくくなっているのです。

また、ソーシャルディスタンスの確保が呼びかけられたことで「周囲にサポートを頼みづらくなった」とか「声をかけてくれる人が減った」といった声も出ているということです。

日本視覚障害者団体連合の三宅隆さんは、いまこそ、声かけが必要だと訴えます。
三宅隆さん
「外出する人も車も減り、周囲の状況を把握することが難しくなっています。また、感染拡大防止として声をかけることをためらう人がいるとも感じています。お店で並ぶときのソーシャルディスタンスの取り方や、消毒液の場所なども教えてもらえると助かります。ぜひ、遠慮せずに声をかけてほしいです」
命を救うとまで言われると、逆に身構えてしまう人がいるかもしれません。

ただ、冒頭の浅井さんの投稿のようにまずは“独り言”のようなつぶやきで十分助けになると今回、取材した人たちはそろって話していました。

恥ずかしがらず、少しだけ勇気を出して、“独り言”からでも声をかけてみませんか。