倉本聰 コロナ差別への怒り “せめて感謝しようよ”

倉本聰 コロナ差別への怒り “せめて感謝しようよ”
首都圏の1都3県に出されていた緊急事態宣言が解除されてから1週間。そんな時期だからこそ、耳を傾けてほしいメッセージがあります。送り主は、数々の名作テレビドラマを手がけてきた北海道富良野市の脚本家、倉本聰さん。86歳にして医療現場の厳しい実情を伝えるドキュメンタリーをはじめて制作しました。きっかけは、新型コロナウイルスの感染拡大で医療従事者に向けられた差別に対する「怒り」でした。
(札幌放送局記者 福田陽平)

86歳 “倉本節”健在

2月中旬。札幌市を訪れた倉本さん。
杖をつきながら入ったのは、編集スタジオです。

ことしで86歳。耳も聞こえにくくなり手も思うように動かなくなることが増えたといいます。
倉本聰さん
「最近は字や絵を描いてても震えてきちゃったものだから。皆さんのおっしゃることも実は、あまりよく聞こえていなくて。だから、こうして仕事で話をするときは補聴器を着けないとまずいと思って。頭ははっきりしているんですけどね」
体の衰えを隠さない倉本さん。ですがスタッフがあらかじめ編集した映像を見ると、様子が目に見えて変わりました。
「まだまだ全部の編集を細かくみていかないといけない」
倉本さんは次々と細かく指示していきます。身ぶり手ぶりも交えていて、“倉本節”は健在です。
ドキュメンタリーに使う映像は札幌医科大学の医師が、倉本さんの呼びかけに応えて提供したものでした。

さまざまなシーンが、倉本さんの力で、一つの作品としてまとめ上げられていきます。

体衰え「もうやらないかも」

そんな倉本さんですが、実は最近まで、創作の意欲を失いかけていたといいます。
倉本聰さん
「テレビドラマの脚本はもうやらないんじゃないかな...。もう力がなくなっちゃったっていう感じがする。木でいうと、なんか、虫がどんどん中を食ってて、空洞になっているような気がする。だから一応、立っているようにみえるけれど、葉っぱは茂っているけれど、実は中は空洞っていう感じに近くなっちゃっているような気がする」

創作の原動力“怒り”

そんな倉本さんを再び奮い立たせたのが、「怒り」でした。

新型コロナの治療にあたる医療従事者が、差別を受けていることが許せないといいます。
「なぜ看護師が外を歩いている」
「あの子のお母さん看護師だから遊んじゃダメ。近寄ったらダメ」

倉本さんがSNSで見かけた投稿です。そのひとつひとつを集めて、自身のホームページで紹介しています。
「みんな腹立てないんだろうかって不思議になるんですよね。医療従事者がいまやっていることは戦場なんですよ。僕らは代わりに戦う...点滴をやったり、することはできないんですよね。せめて、感謝しようよ。その人たちを誹謗(ひぼう)することはないじゃないか」
その「怒り」が、医療現場の厳しい実情を伝えるドキュメンタリーを、はじめて制作することにつながったのです。

ネット公開された“ドキュメンタリー”

ドキュメンタリーはおよそ3分の作品で、ユーチューブで公開されています。ナレーションはありません。

緊迫感のある医療現場の映像が、次々と流れていきます。そして、最後には、医療従事者に感謝を呼びかける、倉本さん手書きのメッセージが映し出されます。
あなたが家族と笑いあってるとき
彼女たちは点滴の針を突き刺す

あなたが友だちと歌っているとき
彼女たちは重い患者を必死に抱きかかえる

注目した1人の看護師

作品で倉本さんは、ストーリーをつくるために主人公をたてました。
倉本聰さん
「見ている人を引き込んで行くには、感情移入する人がほしいんですよ。あの子に途中まで感情移入させておいて、ストーリーを3分なら、3分のストーリーをできるだけ引きずりたい」
主人公になった佐藤実李さん。倉本さんの作品を通じて、医療現場の実情が多くの人に伝わることを期待しています。
「もちろん感染対策を徹底して必要最低限で外出していますが、看護師であるというのはあまり明かさずに生活しているところがあります。動画であったのがリアルな現場なので、本当にコロナが怖いんだなということを分かってほしい。倉本聰さんという影響力のある人がこのようなプロジェクトを立ち上げてくださったことで多くの人に伝わるものがあると思います」

こだわったのは「音作り」

倉本さんがさらにこだわったのが「音作り」です。新型コロナウイルスの患者が装着している人工呼吸器の「音」が、作品の重要な要素になると考えたのです。

生死の境をさまよう患者の息遣いを、もっと際立たせたい。そこで倉本さんは、ある提案をします。
「自分の声で、呼吸音を補ってみたらどうだろうか」
倉本さんが自身で再現した呼吸の音は、実際に呼吸困難に陥った経験を生かしていました。

新型コロナの恐ろしさを伝え、行動を変えさせたい。その強い思いが生み出した「音」でした。
倉本聰さん
「僕の場合は、人の心にびーんと響くものを残したいということなんですよ。ドキュメントというか描写の中で心に触れさせるというのは、ものすごく至難のわざですよね。でも、やっぱり心に触れてくれなくては困る」
ドキュメンタリーに、あえて自分の声を吹き込んだ倉本さん。記者の私にとっては驚く手法でした。ですがそれが、「怒り」を原動力にした、倉本さん流のドキュメンタリーなのでしょう。

人の心を動かし、行動を変えるために、何ができるのか。60年以上にわたり、テレビドラマ制作の第一線に立ってきた倉本さんの作品作りの原点には、「怒り」が常にありました。

自然豊かな富良野で暮らす一家を見つめた『北の国から』。これも、経済至上主義への怒りが根底にありました。
「僕は怒りっぽいというか、怒りが作品のパッションでした。いままでもずっと」
今回の作品のきっかけにもなった、倉本さんの「怒り」。

作品中に映し出される倉本さん直筆のメッセージに、それが込められています。
僕らに何も出来ないのなら
せめて彼女たちの献身に対し
万感の感謝を捧げようではないか
作品は、倉本さんが立ち上げた北海道の医療従事者を支援するプロジェクト『結』(ゆい)の一環として制作されました。

プロジェクトでは、道内の医療従事者向けに寄付や応援メッセージを呼びかけています。

作品を見る時は、動画投稿サイト「ユーチューブ」で「倉本聰 結」と検索してみてください。
札幌放送局記者
福田陽平
平成25年入局
岡山局を経て札幌局
新型コロナウイルスとともに
直木賞作家やアイヌなど科学と文化を幅広く取材