“自分を励ませる言葉”を探して 財津和夫さん

「サボテンの花」「青春の影」など多くのヒット曲を送り出してきたTULIPの財津和夫さん(73)。去年12月、10年ぶりに新曲を発表した。
SNSには今、この曲に心を動かされたという声があふれている。「泣いてしまう、言葉の威力ってすごい」「諦めずにがんばってみようと思った」「しんどいときは、この言葉を思い出そう」
ガンを患い、音楽への情熱を失いかけていた財津さんが、ある出会いを機に作ったその曲。そこに込めた思いとは。(政経・国際番組部ディレクター 川上雄三)
◇記事の最後に曲の動画を掲載しています◇
SNSには今、この曲に心を動かされたという声があふれている。「泣いてしまう、言葉の威力ってすごい」「諦めずにがんばってみようと思った」「しんどいときは、この言葉を思い出そう」
ガンを患い、音楽への情熱を失いかけていた財津さんが、ある出会いを機に作ったその曲。そこに込めた思いとは。(政経・国際番組部ディレクター 川上雄三)
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「これでもう、できなくなってもいいのかな」

財津さんは福岡で生まれ、1972年、TULIPでデビューした。別れや青春を印象的に歌う財津さんの曲は圧倒的な支持を集めた。その後、松田聖子など多くのアーティストに楽曲提供し、送り出した曲は1000曲近くにのぼる。
しかし50代半ばから、財津さんは更年期障害などの体の不調に悩まされてきた。70歳目前の2017年にはツアー中に大腸ガンが見つかり、半年にわたり闘病生活を送った。
しかし50代半ばから、財津さんは更年期障害などの体の不調に悩まされてきた。70歳目前の2017年にはツアー中に大腸ガンが見つかり、半年にわたり闘病生活を送った。

財津和夫さん
「医者からガンのステージが3.5だって言われたんです。ずっと薬を飲み続けなきゃいけないんですが、副作用が強くて、食欲が出ない、味覚がない、嗅覚がない。何か食べようとすると、ウーって戻しそうになる」
「医者からガンのステージが3.5だって言われたんです。ずっと薬を飲み続けなきゃいけないんですが、副作用が強くて、食欲が出ない、味覚がない、嗅覚がない。何か食べようとすると、ウーって戻しそうになる」

闘病を終えて挑んだ復活コンサート。財津さんは終盤に近づくにつれ、振り絞るように声を出していた。
実はこの頃、音楽活動に限界を感じ始めていたという。
実はこの頃、音楽活動に限界を感じ始めていたという。
財津さん
「全然違いますよ。ピークが100とすれば、もう40、30ぐらいじゃないですかね。ときどき昔の音源聴くんですけど、こんなに声が出てたんだとか、もう嫌でたまらない」
「全然違いますよ。ピークが100とすれば、もう40、30ぐらいじゃないですかね。ときどき昔の音源聴くんですけど、こんなに声が出てたんだとか、もう嫌でたまらない」
ずっと続けてきた曲作りにも意欲がわかなくなり、引退が頭をよぎるようになっていた。
財津さん
「いろんな曲を作ってきて、なんかもう自分で新しいと感じるものはないなと。ずいぶん長いことやってきたので、これでもう、できなくなってもいいのかなって」
「いろんな曲を作ってきて、なんかもう自分で新しいと感じるものはないなと。ずいぶん長いことやってきたので、これでもう、できなくなってもいいのかなって」
転機となったふるさとでの出会い

そんなとき転機となったのが、2019年にふるさと福岡で始めた作詞講座だった。地元のホテルから誘われ、軽い気持ちで引き受けた。
参加者は、ほとんどが50代から70代の一般の人たち。歌詞の書き方の基本を教わったあと、好きなテーマで“曲をイメージした詞”を書き、意見を交わす。
参加者は、ほとんどが50代から70代の一般の人たち。歌詞の書き方の基本を教わったあと、好きなテーマで“曲をイメージした詞”を書き、意見を交わす。

参加者の詞はどれも、家族や身近な出来事など自分自身の人生を題材にしたものだった。
「お味噌汁」
「お疲れ様」は なめこのおみそ汁
「頑張れ」は 油あげのおみそ汁
母の気持ちを全て飲んできた君
君が初めて作ってくれたお味噌汁は豚汁でした
「お疲れ様」は なめこのおみそ汁
「頑張れ」は 油あげのおみそ汁
母の気持ちを全て飲んできた君
君が初めて作ってくれたお味噌汁は豚汁でした
50代の女性が認知症になった母親について書いた詞もあった。
「母だったあなた」
うちの名前が わからんの
あなたが付けた 名前でも
うちが誰だか わからんの
あなたが産んだ うちやのに
目を閉じて母だったあなたを思い出す
干しぶどうがいっぱいの蒸しパン
特別な日に作ってくれたばら寿司
得意だったミシン掛けの音
うちの名前が わからんの
あなたが付けた 名前でも
うちが誰だか わからんの
あなたが産んだ うちやのに
目を閉じて母だったあなたを思い出す
干しぶどうがいっぱいの蒸しパン
特別な日に作ってくれたばら寿司
得意だったミシン掛けの音

書いた女性は、母との思い出を大切にしながら、前向きに過ごしたいという思いを込めたという。
会場には、思わず涙する人もいた。
会場には、思わず涙する人もいた。
参加者
「自分を守ってくれた母がそうなってるって思うだけで、すごく伝わるものがありました」
「自分を守ってくれた母がそうなってるって思うだけで、すごく伝わるものがありました」
表現する楽しさやさまざまな人生に触れられる面白さ。長く音楽業界で生きてきた財津さんは、予想以上の刺激を受けたという。
財津さん
「僕はすごく狭い社会で狭い視野で生きてきて、それでもいいのかなって思っていたんです。(参加者の書く詞は)作られたものがない世界、ガーッと押し寄せてくるんですね。ドキュメンタリーだから」
「僕はすごく狭い社会で狭い視野で生きてきて、それでもいいのかなって思っていたんです。(参加者の書く詞は)作られたものがない世界、ガーッと押し寄せてくるんですね。ドキュメンタリーだから」
「もう年だから…」と考えることが増えていた財津さん。困難の中でも前を向こうとする参加者の詞に触れるうち、気持ちに変化があった。
財津さん
「(参加者の詞は)自分を励まそうとしているものが多いんですよ。それを読むと、僕も自分を励ましたいなという気になってきて。人を励ますということも大切ですけど、自分を励ますというのは、年とってから必要なことだぞと」
「(参加者の詞は)自分を励まそうとしているものが多いんですよ。それを読むと、僕も自分を励ましたいなという気になってきて。人を励ますということも大切ですけど、自分を励ますというのは、年とってから必要なことだぞと」
自分で自分を励ませる曲を作りたい

刺激を受けた財津さんは、「自分で自分を励ませる曲」を書いてみたいと10年ぶりに新曲を作り始めた。
これまではメロディーを先に書き、そこに詞をのせる手法をとってきたが、今回初めて、詞を先に書くことに挑戦していた。
これまではメロディーを先に書き、そこに詞をのせる手法をとってきたが、今回初めて、詞を先に書くことに挑戦していた。
財津さん
「詞っていうものを、ずっとないがしろにしてたんですよ。音が好きで、響きが好きで。(いまは)歌の詞が持つ力っていうのも理解してきて、これからは言葉優先にしてみようと」
「詞っていうものを、ずっとないがしろにしてたんですよ。音が好きで、響きが好きで。(いまは)歌の詞が持つ力っていうのも理解してきて、これからは言葉優先にしてみようと」

自分を励ませる言葉は何か、3か月後、財津さんは思いつく限り書き出していた。カギとなるフレーズに選んだのは、「大丈夫さ」という言葉。ガンになったときの経験がもとになったという。
財津さん
「闘病中に大丈夫だと思ったことはないですけど、闘病後『あ、大丈夫だったんだ』というのはありました。ですから『大丈夫』という言葉は僕にとって魔法の言葉になってるんでしょうね。『頑張れよ』と言われても、頑張ってない人はいないわけじゃないですか」
「闘病中に大丈夫だと思ったことはないですけど、闘病後『あ、大丈夫だったんだ』というのはありました。ですから『大丈夫』という言葉は僕にとって魔法の言葉になってるんでしょうね。『頑張れよ』と言われても、頑張ってない人はいないわけじゃないですか」
すべてをストップさせた新型コロナ
久しぶりの曲作りに没頭していた去年春、新型コロナウイルスが世界中を襲った。
制作は中断、新曲を発表するコンサートの予定も白紙になった。
制作は中断、新曲を発表するコンサートの予定も白紙になった。

財津さんは感染への不安から、家族と暮らす東京を離れ、福岡のマンションに身を寄せていた。
数か月間、ほとんど人に会わずに暮らしていたという。
数か月間、ほとんど人に会わずに暮らしていたという。
「新しい日常を楽しむしかない」

そんな中でも、欠かさなかったのが、散歩だった。何も考えず、景色を見ながら歩くうち、ふと気持ちが軽くなる瞬間があったという。
財津さん
「人種を超えて、同じ苦しみの体験をしてるわけですよ。怖いんですけど、不思議なもので、自分だけじゃないんだなと思うと、みんなと一緒なんだっていう感覚になって。コロナにやられてばっかりじゃ嫌じゃないですか。こういう事態になったので、新しい日常を楽しむしかない」
「人種を超えて、同じ苦しみの体験をしてるわけですよ。怖いんですけど、不思議なもので、自分だけじゃないんだなと思うと、みんなと一緒なんだっていう感覚になって。コロナにやられてばっかりじゃ嫌じゃないですか。こういう事態になったので、新しい日常を楽しむしかない」

去年11月、コロナ禍でコンサートができない中、財津さんは初めてオンラインでライブの配信を行った。スマホやSNSが苦手な財津さんにとって、初めての挑戦だった。
開催を見合わせていた作詞講座も、感染対策したうえで再び始めることにした。
久しぶりの講座、参加者たちも新型コロナの影響を大きく受けていた。
バーを経営する男性は、売り上げが落ち、閉店の危機にある苦しい状況を詞にしていた。
開催を見合わせていた作詞講座も、感染対策したうえで再び始めることにした。
久しぶりの講座、参加者たちも新型コロナの影響を大きく受けていた。
バーを経営する男性は、売り上げが落ち、閉店の危機にある苦しい状況を詞にしていた。

脳腫瘍の治療を続けながら講座に通っている奥口美樹さん。コロナ禍で友人と会う時間も奪われる中、うつ状態になっていると話した。
奥口美樹さん
「なんでこんなに息苦しいんだろうっていうのが、何か月も続いて。家の用事するにしても、『はあ』って深呼吸しないとできないというか」
「なんでこんなに息苦しいんだろうっていうのが、何か月も続いて。家の用事するにしても、『はあ』って深呼吸しないとできないというか」
壁にぶつかる人たちを見て、財津さんは未完成だった曲を仕上げ、オンラインで届けたいと思うようになった。

悩んでいたのは「大丈夫さ」と歌うサビの部分。どうすれば心に響くものにできるか、考えていた。
財津さん
「誰もが言えるこの言葉が、ちゃんと責任を持って、本音が裏側にあって、説得力があってという言葉に聞こえていかないといけない」
「誰もが言えるこの言葉が、ちゃんと責任を持って、本音が裏側にあって、説得力があってという言葉に聞こえていかないといけない」
「僕がしゃべったことなのに、僕に返ってきた」
12月、新曲を発表するオンラインライブの日を迎えた。
中断しながら、1年以上かけて作った曲。全国で多くの人が心待ちにしていた。
中断しながら、1年以上かけて作った曲。全国で多くの人が心待ちにしていた。
「いよいよ歌うのか、これを」
タイトルは「人生はひとつ でも一度じゃない」。「人生はひとつしかないけれど、何度だって挑戦できる」、そんな思いを込めた。

「人生はひとつ でも一度じゃない」
作詞・作曲 財津和夫
うまくいかないこと それは恋だけじゃない
人のなかにいれば 面倒なことだらけ
宝くじ当たるのも どこに隕石落ちるかも
誰にもわからない 予言者も神様も
大丈夫さ 大丈夫さ うまくゆくから
大きな力 君の中から
大丈夫さ 大丈夫さ すべてうまくゆく
人生はひとつ でも一度じゃない
作詞・作曲 財津和夫
うまくいかないこと それは恋だけじゃない
人のなかにいれば 面倒なことだらけ
宝くじ当たるのも どこに隕石落ちるかも
誰にもわからない 予言者も神様も
大丈夫さ 大丈夫さ うまくゆくから
大きな力 君の中から
大丈夫さ 大丈夫さ すべてうまくゆく
人生はひとつ でも一度じゃない

脳腫瘍に苦しむ参加者も、パソコンの前で曲に引き込まれていた。
奥口美樹さん
「ズンときた。何回でも生き直せるよ、何回でもやり直したらいいやん、休憩しながらって、聞こえてきたんで」
「ズンときた。何回でも生き直せるよ、何回でもやり直したらいいやん、休憩しながらって、聞こえてきたんで」
歌いきった財津さんが、意外な言葉を口にした。

財津さん
「もう喉ガラガラでしたね。これはもう1回リベンジしなきゃいかんな」
「もう喉ガラガラでしたね。これはもう1回リベンジしなきゃいかんな」
その悔しそうな表情は、取材チームも初めて見るものだった。
財津和夫さん
「引退とか考えなきゃいけない年頃になってきたけど、こういう歌を歌うことで、もう1回、何か違う形ででも挑戦できるよって。つい最後に『リベンジするぞ』って言っちゃいましたけど、このリベンジっていうのが、人生は1つしかないけど、でも1度じゃないっていうことかなって。僕がしゃべったことなのに僕のところへ戻ってきた」
「引退とか考えなきゃいけない年頃になってきたけど、こういう歌を歌うことで、もう1回、何か違う形ででも挑戦できるよって。つい最後に『リベンジするぞ』って言っちゃいましたけど、このリベンジっていうのが、人生は1つしかないけど、でも1度じゃないっていうことかなって。僕がしゃべったことなのに僕のところへ戻ってきた」

1週間後、財津さんは黙々とウォーキングしていた。
「もう一仕事、二仕事やりたいから、体鍛えないと」

そしてことし1月。スタジオに再び、財津さんの姿があった。
「もっといい声でこの曲を届けたい」、リベンジのレコーディングに挑んでいた。
「もっといい声でこの曲を届けたい」、リベンジのレコーディングに挑んでいた。
幸せは自分で探すもの
誰しも避けることができない老い。情熱を注いできたことが思うようにできなくなる中で、「もうがんばらなくていい」と気力をなくす人は少なくない。取材を始めた頃の財津さんも、そうだった。
その財津さんが、一般の人との出会いを通して気づいた、自分を励ます言葉の力。それは、財津さんを再び立ち上がらせた。
新曲にはこんなフレーズもある。
「幸せのことは誰も教えてくれない 自分で探すのさ 好きな歌選ぶように」
そのメッセージは中高年だけでなく、困難に直面する多くの人に届くものだと感じた。
その財津さんが、一般の人との出会いを通して気づいた、自分を励ます言葉の力。それは、財津さんを再び立ち上がらせた。
新曲にはこんなフレーズもある。
「幸せのことは誰も教えてくれない 自分で探すのさ 好きな歌選ぶように」
そのメッセージは中高年だけでなく、困難に直面する多くの人に届くものだと感じた。
動画


政経・国際番組部
ディレクター
川上雄三
財津さんと同じ福岡出身
親の影響でTULIPの曲に
ずっと触れてきました
ディレクター
川上雄三
財津さんと同じ福岡出身
親の影響でTULIPの曲に
ずっと触れてきました