“復興への思い” 福島からつなぐ東京オリンピック聖火リレー

東京オリンピックの聖火リレーが25日午前、福島県でスタートしました。およそ100人の聖火ランナーが東日本大震災と原発事故の被災地を走って聖火をつなぎ、午後5時すぎにゴールして初日の行程をすべて終えました。

「復興五輪」の聖火リレー

東京オリンピックの聖火リレーはおよそ1万人のランナーが参加し、25日から121日間かけて47都道府県を巡ります。

25日は午前9時から、東日本大震災と原発事故の被災地にあり、かつては事故の収束と廃炉に向けた作業の拠点だった福島県の「Jヴィレッジ」で出発式典が開かれました。
政府は今回のオリンピックを「復興五輪」と位置づけていますが、菅総理大臣は「国会の日程などを総合的に勘案した」として欠席しました。

式典で桜をモチーフにしたトーチに聖火がともされたあと、2011年サッカー女子ワールドカップで優勝した日本代表「なでしこジャパン」の当時のメンバー16人が最初の聖火ランナーとして走り、聖火リレーがスタートしました。

聖火は「なでしこジャパン」から、震災と原発事故からの復興を支える人材を育成する県立ふたば未来学園高校の1年生で第2走者の大和田朝斗さんに引き継がれ、その後、福島第一原発の事故で今も広い範囲が帰還困難区域に指定されている双葉町や大熊町、それに浪江町など東日本大震災と原発事故の被災地を進みました。

およそ100人のランナーがつないだ聖火は、午後5時すぎに最終ランナーを務めた小型機の世界的パイロット室屋義秀さんの手で南相馬市のゴール地点に運ばれ、初日の行程がすべて終わりました。

福島県での聖火リレーは、26日以降、福島市や郡山市など中通りの都市部を通る予定で、新型コロナウイルスの感染が収まらず大会の開催を疑問視する声もある中、およそ4か月にわたって全国を巡るイベントを安全に行うことができるかが大きな課題となっています。

“Jヴィレッジ”からのスタート

福島県の楢葉町と広野町にまたがるJヴィレッジは、日本初のサッカーのナショナルトレーニングセンターとして平成9年に設置され、「サッカーの聖地」として多くのファンに親しまれていましたが、東京電力福島第一原子力発電所からおよそ20キロの距離にあるため、10年前の東日本大震災のあとは、原発事故の収束と廃炉に向けた作業の拠点となりました。
芝のピッチには鉄板が敷かれて作業員の事務所や宿舎、それに資材置き場となり、事故直後から、連日多くの作業員がJヴィレッジから第一原発に向かい、収束作業にあたりました。

そして、施設の除染作業や復旧工事を経て、原発事故から7年4か月がたった2018年の7月に営業を再開し、再び元の役割を取り戻しました。

“復興への思い”

出発式典の会場となったJヴィレッジでは式典に先立ち、東日本大震災と原発事故から10年となったこれまでの国内外からの支援に感謝するとともに、復興に向けて歩みを進める福島県の姿を発信しようと地元の伝統文化が披露されました。
またステージには、世界からの復興支援に感謝の気持ちを伝えようと、岩手・宮城・福島の被災地で生産された桜や花桃など色とりどりの花がいけられました。
そして聖火の出発を前に福島県郡山市の小学生と中学生が、復興への思いを込めて「花は咲く」を合唱しました。
聖火リレー公式アンバサダーを務めるお笑い芸人「サンドウィッチマン」の一人、伊達みきおさんは「東北の被災地も聖火リレーで回ります。ぜひきれいになった被災地も見ていただきたいし、まだ全然立ち入ることもできない所も実際ございます。そういった所も素直に見ていただきたい。世界中の方々に感謝の思いを込めて、われわれは被災地を走りたいと思います」とあいさつしました。
聖火は午前9時40分すぎにスタート。福島県の内堀知事は「震災と原発事故から10年がたったタイミングで、復興のシンボルであるJヴィレッジから、なでしこジャパンがスタートすることを見送ることができうれしく思う。日本全体がコロナや災害で苦労をしていて、福島県も復興の途上であり、まだまだ長い時間がかかる。聖火には、復興に向かって困難を乗り越えるため、共に頑張っていこうというメッセージを乗せて、次につないでいきたい」と話しました。

聖火リレーの出発式典に出席した東京都の小池知事は都庁で記者団に対し「コロナ対策を完全にとった形で、基本は関係者のみの無観客だったが、福島のいろいろな催しで非常に盛り立ててくれた。福島と被災地を希望の光が駆け巡ることで改めて『復興オリンピック・パラリンピック』をみんなが意識できればと思う」と述べました。

“福島県の笑顔、元気、勇気を聖火に”

出発式典の前にパフォーマンスを披露した福島県相馬地方に伝わる「相馬野馬追」の「標葉郷騎馬会」のメンバー、吉田栄光さんは「東日本大震災と原発事故のことを思い浮かべながら、復興は道半ばだが、ようやく地元が歩んできたなという思いでステージに立たせてもらった。日本中・世界中の支援に感謝をしながら、オリンピックを盛り上げていきたい」と話していました。

フラダンスを披露した、いわき市にある温泉リゾート施設のショーで知られる「フラガール」のキャプテン、ラウレア美咲さんは「福島県から無事に出発できる喜びと、参加させてもらえることのうれしさ、そして未来への希望を込めて踊りました。福島県の笑顔、元気、勇気を聖火に宿し、日本中・世界中に思いを届けられればと思っています」と話していました。

また式典で東日本大震災の復興支援ソング「花は咲く」を合唱した郡山市の朝日が丘小学校の中川萌風さんは「たくさんの人に勇気や希望を届けることができたらという思いで歌いました。オリンピックを通して、たくさんの人が笑顔になればいいなと思います」と話していました。

楢葉町では

グランドスタートのあと、福島県楢葉町では中心部を南北に通る国道6号線を聖火ランナーが走りました。

楢葉町は10年前の東京電力福島第一原子力発電所の事故で、ほぼ全域に避難指示が出され、聖火リレーのルート沿いに広がっている田園風景は一時、フレコンバッグと呼ばれる除染廃棄物を詰めた黒い袋の仮置き場に姿を変えました。

6年前に避難指示が解除されたあと、新しい商業施設や公営住宅が整備され、いまは町に戻った住民が行き交う憩いの場となっています。
25日は沿道に多くの住民が感染対策を取りながら出てきて、拍手をしながら聖火リレーを見守っていました。

半年ほど前に町内の自宅に家族で戻ったという30代の女性は「避難で大変なこともありましたが、こうして地元で聖火リレーを見ることができてよかったです」と話していました。

60代の母親は「当初は町に戻って生活できると思っていませんでした。今はそれぞれ助け合って元気に過ごせていることが広く伝わったらうれしいです」と話していました。

広野町では

福島県広野町では、震災と原発事故からの復興を担う人材の育成を目指してつくられた県立の中高一貫校『ふたば未来学園』が聖火リレーのスタート地点となりました。

沿道には地元の住民や小学生などが集まり、町の担当者や警察官がマスクを着け、間隔をあけて並ぶように呼びかけました。そして出発時間の午前11時16分になると、校舎の敷地内からランナーが走り出し、集まった人たちは旗を振って見送っていました。
町内から親子3人で訪れた38歳の父親は「コロナ禍でオリンピックのムードは下がっていると思います。原発事故は10年たっても収束しておらず、避難している人がいまだにたくさんいるという現状が、国内外の人たちに正しく伝わってほしいです。明るい話ばかりでなく暗い部分もあることを知ってもらいたいです」と話していました。

地元の広野町を走った西本由美子さん(67)は東日本大震災と原発事故の後、子どもたちと被災地に桜の木を植える活動を続けてきました。聖火リレーを終えた西本さんは「桜は私たちの走りを喜んでいるかのようにほこらしげに咲いていました。震災から10年がたっても復興は道半ばですが、子どもたちが楽しみにしていた聖火リレーができて、やっと一つ願いがかなったなと感無量です」と話していました。

富岡町では“桜色のハリセン”

福島県の浜通りを代表する桜の名所「夜の森地区」がある富岡町では、聖火リレーを盛り上げようと役場の職員が考案した横断幕と桜色のハリセンが配布され、沿道の住民たちは声援を送るかわりに手でたたいて応援しました。

富岡町ではJR富岡駅前が聖火リレーのスタート地点で、出発時間の午後1時27分になると「夜の森」の満開の桜が描かれた横断幕が掲げられました。

多くの住民が見守るなか中学1年生の嶋田晃幸さんが走り出し、祖母の征子さん(75)がハリセンと手作りのうちわで応援していました。富岡町では聖火リレーを通して復興支援への感謝の思いを伝えるとともに、「夜の森」の桜を見に来てほしいと訴えるボードをゴール地点に設置しようとしましたが、町によりますと大会組織委員会から「便乗して行う宣伝活動」とみなされ、ストップがかかったということです。

一方、沿道に限るという条件で手でたたくハリセンと横断幕の使用は認められたということで、住民たちはハリセンを振ったりたたいたりして応援していました。

大熊町からいわき市に避難している59歳の男性は、世界の人たちに感謝のメッセージを伝える横断幕を掲げ「ここまで復興が進み長い年月をかけて立ち上がることができたのは国内外から多くの支援があったおかげです。オリンピックそのものには気乗りがしませんが、感謝の気持ちを伝える機会にしたいです」と話していました。

いわき市では

聖火リレーのコースとなった福島県いわき市のJRいわき駅前では、ランナーが通過する1時間ほど前から沿道に多くの人が集まりました。

集まった人たちはマスクを着けていましたが、混雑で隣の人との距離がほとんど取れない場所もあり、警察官や聖火リレーのスタッフが「大きな声を出したり飛び跳ねたりせず、ルールを守って応援してください」と呼びかけていました。

市内に住む70代の女性は「近くに用事があり、ちょうどよいタイミングだったのでぜひ見たいと思って来ました。オリンピックには賛否両論あると思いますが、大会が開催されて元気をもらえたらうれしいです」と話していました。

また、市内に住む40代の男性は「福島が復興する姿が全国に伝わればと思い、ランナーを応援しました。人は多かったもののみんなルールを守っていたので密集はそれほど気になりませんでした」と話していました。
福島県いわき市の温泉リゾート施設を舞台にした2006年公開の映画「フラガール」に出演したお笑いコンビ南海キャンディーズのしずちゃん(42)は、いわき市内を聖火を持って走りました。しずちゃんは「スケジュールに問題がなかったのでぜひということで走りました。いわき市を走らせていただいてありがたいです。コロナ禍で暗い話が多く、みんながつらい思いをしながら生きている中で、楽しいことをお伝えできればと思いながら走りました。力になれることがあればまた、いわき市に呼んでいただきたいです」と話していました。

双葉町では

原発事故の影響で福島県内で唯一全町避難が続く双葉町では、東日本大震災で地震が発生した時刻の14時46分に合わせて聖火リレーがスタートしました。

沿道には県内外の避難先から大勢の町民が訪れ、旗を振って応援していました。

埼玉県加須市から家族とともに2年ぶりに町を訪れたという30代の女性は「昔と比べて建物がなくなって悲しく感じましたが、久しぶりにたくさん人が集まっていたのでうれしかったです。にぎわいが戻ってきたように感じました。新型コロナが心配ですが、無事にオリンピックが開催されることを願っています」と話していました。

福島県双葉町出身の福田一治さん(49)はJR双葉駅周辺で行われた聖火リレーの到着式のスタッフとして、沿道から聖火ランナーを見守りました。

双葉町は去年一部で避難指示が解除されましたが、インフラが整っておらず住民が戻ることはまだできません。

福田さんはJR双葉駅から北に800メートルほどの自宅に家族で住んでいましたが、原発事故のあと二本松市内に住宅を購入し、現在は職場があるいわき市に単身赴任しています。双葉町の自宅は除染の計画や避難指示の解除の見通しが示されていない地域にあり、福田さんは避難生活が長引く中で双葉町に戻ることを諦めています。

福田さんは「双葉町はごく一部の地域は復興しているが、それ以外のほとんどの場所は10年前のままほったらかしになっている。復興はまだまだなんだということも世界中の人に知ってほしい」と話していました。

また双葉町では、地元の太鼓保存会のメンバーが熱のこもった演奏で聖火リレーを盛り上げました。

双葉町はほぼ全域で避難指示が続いていますが、1年前のJR常磐線の再開にあわせて、双葉駅前など一部で避難指示が解除され、25日は県内外の避難先から駆けつけた住民など100人近くが見守りました。

6700人余りの住民は42の都道府県で避難生活を続けていますが、町は25日の聖火リレーの会場周辺で新たな市街地の整備を進め、来年春の帰還開始を目指しています。

避難先の本宮市から参加した太鼓保存会の今泉春雄会長は「『復興五輪』と言われる中、双葉町できれいになったのは駅前だけで、すぐ脇はまだまだ手付かずの状態です。ただ、双葉町はなくなってないんだと、ほんの少しずつでも復興し始めているんだということを感じてほしいという思いで演奏しました」と話していました。

JR双葉駅前では1年前の一部地域の避難指示解除のあと、ほぼ毎日、この場所に通って仕事を続けてきた男性が聖火リレーを見守りました。

いわき市で避難生活を続けている石上崇さんは、おととし設立されたまちづくり会社のメンバーとして駅舎の脇にある事務所に通い、訪れる人を案内して町の現状を伝え続けてきました。

駅の周辺では傷んだ家屋の解体が本格化していますが、そのかわりに来年春の完成を目指して新しい公営住宅や商業施設が整備されることになっています。

石上さんはこれから復興が本格化する町の姿を多くの人に見てもらいたいと考えていて、聖火リレーがそのきっかけになることを願っています。

リレーを見届けた石上さんは「1年前にあった一部地域の避難指示解除、そしてきょうの聖火リレーでまた復興に向けて気持ちが新たになりました。町に人が住んでいない現状はありますが、少しずつ施設ができたり人の流れが出てきたりしているので、一歩一歩進んでいる復興の歩みも知ってほしい。必ず復興するので、国内、そして世界中から町を見に来てほしいです」と話していました。

葛尾村では

5年前、原発事故による避難指示が大半で解除された福島県葛尾村では村の中心部およそ1.1キロのルートを5人の聖火ランナーが走りました。

このうち2番目に走った浪江町出身の大学生遠藤柊さん(21)は、震災と原発事故のあと、多くの人に支えられたことへの感謝の思いを胸に車いすでおよそ200メートルの区間を走りました。
遠藤さんは震災当時小学5年生で、海岸からおよそ200メートルの距離にある浪江町の請戸小学校に通っていました。子どものころから足が不自由で車いすで生活していた遠藤さん。津波から逃れるため同級生や先生たちと一緒に近くの高台まで避難する際には、途中の山道で車いすから降りて担任におんぶをしてもらい何とか助かったということです。

その後、原発事故の影響で町外に避難を余儀なくされ、先生やクラスメイトとも離れ離れになりましたが、家族などの支えもあり、今は社会福祉士を目指していわき市内に住んで大学に通っています。

遠藤さんはリレーの前「日本各地で災害が相次ぎ、新型コロナウイルスの感染拡大も続いていますが、震災と原発事故があっても多くの人の支えで元気に暮らしている自分の姿を発信したいです」と話しました。

そして午後2時前、前のランナーから聖火のトーチを受け継ぐと、一生懸命、車いすを走らせ次の走者のもとへ向かいました。沿道には原発事故で離れ離れになった浪江町の同級生3人も応援に駆けつけ、遠藤さんは仲間たちに見守られながらおよそ200メートルの区間を走りきりました。

遠藤さんはリレーを終えたあと「復興はまだ道半ばだと思っています。そんな中でも、自分が走ることで町民が生き生きとしている姿を世界に発信したいと思って走りました。そして障害がある自分が走ることで、同じく障害がある人たちを勇気づけ、行動を後押しできればいいと思っています」と話していました。

応援に駆けつけた同級生の20歳の女性は「震災と原発事故にも負けず、一生懸命車いすを走らせる遠藤君の姿には本当に感動しました。避難してから10年がたち、みんなで会う機会がなくなってきていますが、聖火リレーで再会できたのはうれしかったですし、これをきっかけにまたみんなで頻繁に集まりたいです」と話していました。

大漁旗で応援 浪江町

原発事故による避難指示が一部で解除された福島県浪江町では東日本大震災の津波で大きな被害を受けた請戸地区の漁業関係者たちが沿道に集まり、大漁旗を振って聖火ランナーを応援しました。

浪江町の請戸漁港では震災から9年がたった去年、魚の競りが再開しました。

沿道では相馬双葉漁協のメンバー12人がふだんは祝い事などで使う大漁旗5本を力いっぱい振っていました。

相馬双葉漁協請戸地区の今井梓青壮年部長は「自分が走ったわけではないですがドキドキしました。請戸地区の復興をアピールできればうれしいです」と話していました。

南相馬市では

東日本大震災の津波で636人が犠牲になった福島県南相馬市では、海岸からおよそ6キロ離れた町の中心部で聖火リレーが行われました。

コース沿いには、原発事故の影響で避難生活を続ける浪江町の住民などおよそ400人が暮らす災害公営住宅があります。

この住宅に住む浪江町の70代の男性は「ランナーたちが立派に走ってくれたことには感謝します。ただ、『復興五輪』と言うけれどそれは政府や中央の人たちが言っているだけです。私が住んでいた浪江町では2万人いた住民のうち戻ったのは1500人だけで、復興など程遠いと感じています」と話していました。

南相馬市では、東日本大震災の津波で両親と2人の子どもを亡くした地元の男性が、天国の家族に精いっぱい生きている姿を届けようと笑顔でトーチを掲げて走りました。

上野敬幸さん(48)は、10年前の震災の津波で両親と2人の子どもを亡くしました。娘の永吏可さんは当時8歳、息子の倖太郎くんはまだ3歳でした。

あの日から10年がたった今も上野さんは子どもたちの死を受け止め切れていませんが、震災の半年後に生まれた3人目の子ども倖吏生さん(9)の成長を見守るうちに、今を精いっぱい生きようと考えるようになったといいます。

毎年8月の月命日には地域の犠牲者を追悼する花火大会を開いているほか、津波に襲われた地域に笑顔を取り戻したいと、春には自宅周辺に菜の花の迷路をつくって一般に開放し、自分自身も笑顔でいることを心がけています。

聖火リレーには命の大切さを伝えるとともに、天国の家族に精いっぱい生きている姿を届けようと応募しました。ただ、南相馬市のコースは海岸からおよそ6キロ離れた中心市街地で、上野さんは聖火リレーを前に「復興五輪という位置づけでスタートしたけれど、ルートからは一番大切な『命』についてのメッセージを感じることができない。人的な被害が大きかった南相馬市こそ沿岸部を走るべきだと思う」と話していました。

それでも上野さんは、与えられた舞台で亡くなった4人に精いっぱいの笑顔を届けようと心に決め、25日は自宅を出る前に両親と子どもたちの写真に手を合わせました。上野さんは「天国で見ているだろうから楽しんで走ろうと思っています。ぼくたちは大丈夫だからというメッセージを伝えるため笑って走ろうと思ってます」と話していました。

上野さんはトーチを右手で掲げ、沿道の応援に手をふって応えながらおよそ200メートルを笑顔で走りきりました。

上野さんは次のランナーに聖火をつないだあとも笑顔のままで、「楽しかった。とにかく楽しかった」と話していました。そして、「1年延期になりましたが、走ることができてうれしかったです。亡くなった家族と話すことはできないけれど、空から見て喜んでもらっていると思います。ほかのランナーにも笑顔で走ってもらえればうれしいです」と話していました。

初日の最後のランナーとして南相馬市内を走ったのは、福島市を拠点に活動し、世界トップレベルの技術を持つパイロットたちによる小型機のレース「エアレース」の世界選手権でアジア人初の年間総合優勝を果たした室屋義秀さん(48)でした。

室屋さんは「沿道の皆さんや一緒に走ったランナーと一体感があってとても楽しかったです。厳しい状況からここまで復興してきた福島の皆さんは強いハートを持っていると思います。聖火リレーは新しい時代の幕開けだと感じていて、特に原発周辺の自治体は震災と原発事故から10年たったこれからが本当に復興が進んでいく時期だと思うので、われわれもできることを協力したいと思います」と話していました。

“復興五輪”に疑問の声も

福島県大熊町の渡辺英政さん(56)は、避難先のいわき市で聖火リレーの中継を見ました。渡辺さんの自宅があるのはいまも立ち入りが厳しく制限されている「帰還困難区域」で、かつての自宅は解体作業のまっただ中です。

住んでいた地区は来年春にも避難指示が解除される見込みですが、いまも多くの住民がふるさとに戻れない状況で、今回のオリンピックが「復興五輪」と位置づけられていることに疑問を感じているといいます。

渡辺さんは「広い範囲で避難指示が続いていることを考えれば、オリンピックは時期尚早だと思います。いまも3万人以上が避難生活を送っているので、オリンピックよりも避難を続けている人の救済を優先してほしい。そして、生まれ育ったふるさとに少しでも早く戻れるように国には避難指示の解除に向けて取り組んでほしい」と話していました。
原発事故に伴う避難指示の解除に合わせておととし福島県大熊町に戻った山本千代子さん(68)は、沿道に出て聖火ランナーを見守りました。

山本さんは現在、災害公営住宅に1人で暮らしています。かつて暮らしていた自宅がある地域は今も避難指示が続いていて、老朽化が進んだことからやむなく自宅を解体しました。大熊町では来年の春、さらに一部の地域で避難指示が解除される見込みですが、町に住んでいる人の数は今月1日現在で285人と、原発事故前の1割以下となっています。

来月には町の中心部に商業施設がオープンする予定で、山本さんは生活の利便性が上がることに期待していますが、一方で原発の廃炉作業は困難を極めていて、今回のオリンピックが「復興五輪」と位置づけられていることに強い違和感があるといいます。

沿道で聖火ランナーやスポンサーの人たちに旗を振ってエールをおくったあと山本さんは「想像していた厳かな雰囲気での聖火リレーではなく、お祭りのようだと感じました。海外から観客を呼べないなかでオリンピックをやれる状況ではないと思うし、復興五輪だとは全く思っていません。復興は道半ばで、できることならばその現実と、半歩でも一歩でも前進した福島の姿をあわせて多くの人に知ってもらいたいです」と話していました。

聖火リレー初日 “消える”トラブルも

25日から福島県で始まった東京オリンピックの聖火リレーでは、ランナー間の聖火の受け渡しの際や走行中にトーチの火が消えるトラブルが相次ぎました。

このうち、第3区間の広野町では、午前11時20分すぎ、この区間の2番目のランナーが次のランナーに聖火を受け渡そうとした際にトーチにうまく火がつかず、しばらくして火が消えてしまいました。このため、大会組織委員会のスタッフが予備の火を持ってきて点火し直し、リレーを続けました。

また、この2時間ほどあとの午後1時半すぎにも第6区間の富岡町で、この区間の4番目のランナーが走っている最中にトーチの火が消えるトラブルがあり、大会組織委員会のスタッフが予備の火で点火し直しました。

直前の「欠席」も…

東京オリンピックの聖火リレーでは、著名人などのランナーの辞退が続いていますが、本番直前になってからの「欠席」も相次いでいます。

このうち、楢葉町役場前の区間を走る予定だったランナーは、未発表分を含むすべてのランナーのリストが発表された本番前日、24日の午後になって「欠席」が決まり、次の区間のランナーがその分も走りました。

また、大熊町の復興住宅前から始まる区間を走る予定だったランナーは、本番の3時間半前になって「欠席」が決まり、前の区間のランナーが2人分走りました。

大会組織委員会によりますと、「欠席」はみずからの意志で参加を見送った「辞退」とは異なり、参加する意志はあったのに体調不良など何らかの理由で走れなくなったケースだということです。

東京オリンピックの聖火リレーをめぐっては、参加者や沿道の観覧客の感染対策が大きな課題となっていますが、大会組織委員会は「欠席」と発表されたランナーの具体的な理由について明らかにしていません。

観覧についての注意点

聖火リレーの観覧について、組織委員会は以下のように呼びかけています。

▽体調が悪い場合や感染が疑われる場合は、観覧をお控えください。

▽沿道で観覧される場合は、お住まいに近い場所でご観覧ください。特に、お住まいの都道府県以外での観覧はお控えください。

▽沿道では、マスクの着用をお願いします。

▽大声を出さずに、拍手による応援や、配布グッズ等を活用した応援をお願いします。

▽観覧時は前後左右の方と適切な距離を取ってご観覧ください。過度な密集が生じた場合は、リレーを中断する場合がありますので、ご了承ください。

▽聖火リレー実施後2週間以内に、新型コロナウイルス感染症に感染した場合、医療機関に相談の上、組織委員会に速やかにご報告ください。

▽沿道における聖火ランナーの走行の模様は、聖火リレー期間中は毎日インターネットのライブ中継で視聴することが可能ですので、沿道の密集を避けるために、なるべくライブ中継でご覧いただきますようお願いします。
今回の聖火リレーでNHKはパソコンやスマートフォンでリレーの様子を見ることができるインターネットのライブ中継を121日間、毎日実施します。

NHKの東京オリンピック特設サイトにアクセスし、聖火リレーの項目を選べば、ライブ映像を見ることが可能です。

なお、このライブ中継で、必ずしも聖火ランナー全員をご紹介できるわけではありません。

NHKオリンピック聖火リレーHP
https://sports.nhk.or.jp/olympic/torch/