働きたくても働けない 77万人の試算

働きたくても働けない 77万人の試算
「コロナ禍で仕事を失った女性や高齢者の苦境がみえない」
取材で聞いたある専門家のことばです。
失業して収入がなくなり生活が苦しい人たちが国が公表する「失業者」にはカウントされないケースが多くなっているというのです。
公的な支援が届いていない可能性もあり、困窮や孤立が深刻化するという指摘が出ています。

広がる“働き止め”

「コロナ禍で仕事を失った人の状況は国の統計の数字以上に深刻な実態がある」そう指摘するのは労働経済学が専門の東京大学の玄田有史教授です。
総務省の労働力調査ではことし1月の完全失業率は2.9%です。
リーマンショック後の2009年7月は5.5%、東日本大震災後の2011年6月は4.7%だったため、厚生労働省の担当者も「数字上そこまで失業率は悪くなっていない」としています。(いずれも季節調整値)

しかし玄田教授が指摘するのはコロナ禍でこの「完全失業率」に含まれない人が多いという実態です。

国が公表する「完全失業者」は仕事を探す、求職活動をしている人について調べたものです。

このため、失業者でも仕事を探していなければ「完全失業者」には統計上、該当しないのです。

玄田教授は感染の拡大などを理由に仕事を探す活動をしていない人を企業による「雇い止め」ではなく働く人本人による「働き止め」と定義し詳しく分析しています。
東京大学 玄田有史 教授
「完全失業率が比較的低水準で落ち着いているのは、仕事を探すことすらできず、感染などを恐れて仕事を探すのを諦めた人たちが非常に多くなっているからだ。“働き止め”という実態に目を向けていかなければ、今、困難の中にある人たちの本当の姿は見えてこない」

「働きたくても働けない」

どのような事情があるのか。

愛知県に住む35歳の女性が話を聞かせてくれました。
女性は、会社員の夫と10歳の長女、8歳の長男、それに1歳の次男と暮らしています。
もともと、フリーランスのカメラマンとして学校や結婚式の撮影を請け負い、月6万円ほどの収入がありましたが、新型コロナウイルスの影響で去年3月以降、全く仕事がありません。

夏ごろからはパートの求人を調べ始めましたが、ある事情があって応募することをためらっているのだと言います。
それは、感染拡大の影響で、3人の子どもたちが通っている学校や保育所がいつ長期の休校や休園になるか分からないからです。

女性の暮らす自治体では、去年6月から学校で教職員や子どもの感染が確認された場合、消毒や経過観察のために最大2週間ほど休校する対応をとってきました。

現在は「長期間の休校や休園をできるだけ避けたい」とは言うものの、「状況に応じて判断する」とも説明していて、長期の休校・休園が全く無いとは言えない状況です。

子どもの面倒を見るために突然休みをとらなければならない可能性がある中で、採用面接で胸を張って「働けます」とは言えないと考えました。

子どもに我慢をさせて申し訳ない

しかし、「在宅ワークであれば、もしもの休校や休園は乗り切れるかもしれない」、そう考えた女性は去年、ハローワークにも行きましたが、再び壁にぶつかりました。

女性は、ハローワークで開かれた在宅で仕事ができるWEBデザインの技術を学ぶ、職業訓練の説明会に参加しましたが、その際、相談窓口の担当者から「原則、毎日、訓練校に通えることが応募の条件です」と説明があったといいます。

さらに「子どもがいることが職業訓練校の面接ではデメリットになるかもしれません」と伝えられたと話します。
「働き始めてまもないのに、突然『2週間休みます』って、普通の職場じゃなかなか言いづらいですよね。休校になってもきちんと就労ができるように、本当は在宅で働きたいんですけど、まだそこのスタートラインにも立てていません。働きたいのに働けなくて、本当に毎日ストレスで、不安です」
収入があったときには、子どもの学用品や衣服は女性がすべて購入し、家賃の一部も負担してきました。

今は夫の収入と貯金の取り崩しでやりくりしていますが、家計の苦しさは増しています。
新しい学年になる子どもたちに文房具を買い替えたい。

10歳の長女は、これまでかわいい文具を見かけると、「いいなー」とねだってきました。

しかし、今は家庭の事情を察して、何も言わなくなったと言います。
「今は子どもたちに全部、我慢してもらっています。『ごめんね、ママ、今は働いてないから、買ってあげられないよ』って言うたびに申し訳なくて。働くことができたら、もっと学用品や身の回りのものを整えてあげられるのになって…」

「働き止め」77万人の試算

玄田教授は、こうした「働き止め」の状態にある人について総務省が発表する労働力調査のデータなどをもとに詳しく分析しました。

感染拡大前は、仕事を探す活動をしていない「非労働力人口」は減少する傾向が続いていました。

とくに2015年以降は働く女性や高齢者が増えたことから「非労働力人口」は大きく減っていたといいます。

玄田教授は新型コロナウイルスの影響がなかった場合の「非労働力人口」の推計値を月ごとに算出し国から公表された実際の人数と比較しました。

その結果、ことし1月の時点で、「非労働力人口」の人数が推計値よりも77万人多かったことがわかりました。

玄田教授はこの77万人を「働き止め」の状態にある人ではないかと捉えたのです。

国から公表された1月の完全失業者は203万人に上っています。

これとは別に77万人が感染の拡大などを理由にみずから働くことをあきらめているとみています。

感染したら命に関わる…高齢女性の苦渋の選択

高齢者の間にも「働き止め」は広がっているとみられています。

東京都内に住んでいる74歳の女性に話を聞かせてもらいました。
会社員だった女性の夫は10年あまり前に亡くなったため、その後、ヘルパーとして働き始め、去年まで、月々10万円ほどの収入がありました。

しかし新型コロナウイルスの感染が拡大する中、ヘルパーの仕事を続けることで自分自身が感染してしまったり、その結果、利用者に感染させてしまったりすると、命に関わるおそれもあると不安になり、去年6月に仕事をやめたといいます。

その後も、感染が広がっていることなどから現在も求職活動はしておらず、夫の遺族年金と自分の年金のあわせて1か月、およそ10万円と、貯金を取り崩しながら暮らしています。

住宅が持ち家のため、今はなんとか生活はできていますが、今後の暮らしへの不安は消えないと言います。
「私と同じように仕事を辞めてしまった高齢者の中には、外に出る機会が減って閉じこもりがちになったり家の中でつまずいてけがをしてしまったりした人もいます。今は体も元気ですがこれから病気になることもあると思うので、治療などでまとまったお金が必要になった時に足りなくなるのではないかと不安に感じています」

女性や高齢者に多く支援届かないおそれ

玄田教授によりますと、「働き止め」の状態にある人は非正規雇用などで働いていた女性や高齢者が多いとみられています。

国の支援策は失業者や休業者を対象にしていることも多く、支援が十分に届いていない可能性があると指摘します。
東京大学 玄田有史 教授
「働き止めについては社会全体でまだ認識されておらず、失業者や休業者を対象にした支援が届かないという問題がある。社会的にも孤立して追い詰められてしまうおそれがあるため、早急に実態把握や支援策の検討を進めるべきだ」
厚生労働省はどう受け止めているのか。
担当者にたずねると、今回の試算を詳細に把握していないのでコメントはできないとしたうえでこのように話しました。
厚生労働省 担当者
「ハローワークなどに寄せられる声から感染への不安で求職活動を控えている人や希望する求人がないために求職活動をしていない人がいることは把握している。まずは感染症対策を徹底して安心して働ける体制を整えるとともに、ハローワークではテレワーク可能な求人などさまざまなニーズを踏まえた求人を開拓し、早期の再就職を支援していきたい」

実態把握や支援の検討を

いま、仕事を探すことを諦めている人たちが多くいると見られています。

しかし、家族の収入やわずかな貯金があるがゆえに、その苦境は見えにくくなっています。
この状態が長く続くことで生活は苦しさを増すかもしれません。

仕事をやめたことで社会との接点を失い、孤立を深めてしまうという懸念もあります。

まずはこうした人たちの実態を把握し、どんな支援を必要としているのか、考えていかなければならないと感じました。
社会部 記者 間野まりえ 平成23年入局。
初任地は京都局。
厚生労働省を担当。
社会部・大西由夏 平成23年入局。
初任地は松山局。
雇用や子育ての問題を取材。