東日本大震災の教訓伝える「震災アーカイブ」閉鎖相次ぐ

東日本大震災の教訓を次の世代に伝えるため当時の資料や映像を集めてインターネット上で公開するデジタルアーカイブで、閉鎖や閉鎖を決めたものが相次いでいることが分かりました。専門家は震災の実態を伝えるデータが散逸するおそれがあるとして「防災の新たな知見に役立つ可能性がある資料を、どう残していくか議論が必要だ」と指摘しています。

東日本大震災に関連するデジタルアーカイブの取り組みをめぐっては、政府の復興構想会議が震災直後の2011年5月に「大震災の記録を永遠に残して科学的に分析し、教訓を次世代に伝える」ことを復興の原則に掲げました。

自治体や民間団体、企業などが被害や復旧・復興に関連する資料などを公開し、現在、確認できるだけでも40以上に上っています。

ところが、これまでに少なくとも3つが閉鎖したほか、今月末には日本赤十字社が東日本大震災と原発事故での活動記録や救護班員の手記、写真や動画などおよそ2500点を公開しているアーカイブを閉鎖することが分かりました。
理由について、日本赤十字社は「震災から10年を迎え事業の形態を見直すため」としていて、データは国立国会図書館が運用するアーカイブで引き続き公開されることになっています。

国立国会図書館にはデータの引き継ぎについての相談がほかにも複数寄せられているということです。

専門家は人材の確保に加えてサーバーなどの運用・更新にかかる多額のコストを維持できず、今後、運用が難しくなったり閉鎖したりするアーカイブが相次ぐおそれがあると指摘しています。
災害のアーカイブに詳しい東北大学の柴山明寛准教授は「震災の記録を広く公開し、一般に利用されることで防災の新たな知見が生まれることも考えられるが、アーカイブの閉鎖や引き継ぎなどの過程でデータの管理が不十分になり散逸してしまうおそれがある。次の世代にどう資料を残すのか社会的な議論が必要だ」と話しています。

大震災の記録残すアーカイブネット上で公開

東日本大震災の記録をデジタルデータで残すアーカイブの取り組みは震災直後から始まっています。

2011年3月には「ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所」が、東日本大震災に関連したインターネット上の情報や個人の証言、映像などを収集する取り組みを始め、インターネット上で公開しました。

日本政府も同じ年の5月に開いた復興構想会議の中で、「大震災の記録を永遠に残し、広く学術関係者により科学的に分析し、その教訓を次世代に伝承し、国内外に発信する」ことを復興構想7原則の1つに盛り込んだほか、7月に発表した復興の基本方針でも震災の記録を残し、公開することを明記しています。

こうした動きを受けて、被災した自治体や企業、民間団体などもそれぞれが集めた文書や映像、ウェブの情報などを収集してデジタルアーカイブにまとめ、これまでに40以上が公開されています。
さらに、国立国会図書館では総務省とともに2012年4月にデジタルアーカイブどうしのデータを連携させるシステムの開発を始め、翌年3月にデータを検索できるポータルサイト「ひなぎく」を公開しました。

先月時点で53のアーカイブが保有する合わせて445万点のデータがネットで一括して検索できるようになっています。

アーカイブの課題 多額のコスト

デジタルアーカイブで課題となっているのが、運用や維持にかかる多額のコストです。

宮城県図書館では、県内の市町村と連携して2015年6月から自治体や図書館が集めた震災の資料をインターネット上で公開しています。

司書の熊谷慎一郎さんによりますと、立ち上げた当時はデジタルアーカイブの事例が少なく、すでにあるデータベースのシステムなどを組み合わせて1から手作りしたといいます。

システムの構築と紙の資料をスキャンしてデジタルデータに変換する作業などにおよそ6億円かかりましたが、当時は国の補助金によってほぼ全額賄えました。

ところが、運営や維持のコストは紙の資料とは比較にならない金額でした。

紙の場合、書庫の増設や設備の購入費用を合わせても年間、数十万円で済むのに対し、デジタルアーカイブはサーバーの利用料や機器の更新などに毎年、数百万円の費用がかかっているということです。

しかし、国の補助金は運用にかかる経費には適用できず、震災から10年がたち復興のための国からの支援が縮小するなかで、費用の捻出が難しくなっているということです。
熊谷さんは「デジタルアーカイブは目に見える成果が得られるわけではないので、財政に余裕がないなかで事業の意義を理解して予算を割いてもらえるかどうか苦慮している」と話しています。

公開には所有者の許諾手続き必要

東北大学の柴山明寛准教授によりますと、東日本大震災に関連したデジタルデータには当時の手記や行政の連絡文書など震災の経緯や教訓を学ぶうえで貴重なものもありますが、公開されているものより非公開のものが多いということです。

その理由としては、柴山准教授は紙の資料を画像データにするのに手間や費用がかかり作業が済んでいないことや、インターネット上に公開するのに必要な所有者の許諾を得る手続きが終わっていないことを指摘しています。

非公開のデータは所有者が分からなかったり、作成した団体が解散しているものも多く、許諾が得られず公開の見通しがたっていないものもあるということです。

さらに、権利の処理が進まないことで、デジタルデータだけでなく実物の資料が処分される事態まで出ています。
福島県浪江町では捜索活動で見つかった写真やランドセルなど、個人が所有する日用品を展示して引き取りを呼びかける「思い出の品展示場」を2014年7月から開設してきました。

これまで延べ1万人以上が来場し、2300点余りが引き取られたということですが、近年は訪れる人が減ったことなどから役割を終えたとして今月21日に閉鎖する予定です。

引き取られずに残された日用品およそ1万5000点のうち、写真などを除く一部について、町では供養したうえで処分することにしています。

処分の理由として浪江町は「個人の所有物を持ち主の確認が取れないまますべて震災資料として許可無く図書館や博物館に寄贈することはできない。やむをえず処分することになった」と話しています。

柴山准教授は「仮設住宅にいた人が転居するなどして、震災当時の資料を収集したり公開の許諾を確認したりすることが年々難しくなってきている。大規模な災害が起きた場合に著作権や所有権をどのように処理して資料を後世に伝えるのか、今回を教訓に議論が必要だ」と話しています。