「わが社の黒歴史」キリンビール 過度の思い込みが王座陥落に

「わが社の黒歴史」キリンビール 過度の思い込みが王座陥落に
NHKでは、3月19日(金)午後11時15分~ BSプレミアムにて、企業の過去の失敗=“黒歴史”を振り返りつつ、そこからヒントや教訓を探す番組、「神田伯山のこれがわが社の黒歴史」を放送します。
そのスピンオフ企画として、ビジネス特集では、過去の“黒歴史”を教訓に今を生き抜く企業を2回シリーズで紹介します。

「黒歴史とは、苦労(くろう)の歴史」。逆風の下で歯を食いしばった先人たちの血と汗と涙の記憶から、混迷の時代を生き抜く教訓を、見つけ出そうじゃありませんか…。
スピンオフ企画の1回目は、「キリンビール」。
新型コロナウイルスの影響で居酒屋やバー向けの販売が大きく落ち込む中、売り上げを伸ばしているのが“糖質ゼロ”をうたったビールです。消費者の健康志向の高まりをタイムリーにとらえ、いまやヒット商品として、会社のけん引役となっています。一見、順風満帆のこの商品、背景には思わぬ“黒歴史”が隠れていました。

“なんとなく”で大失敗

実は、キリンにとって「健康志向のビール」は、かつて大惨敗の末に、市場からの撤退を余儀なくされた苦い記憶があります。
今から41年前、1980年のこと。キリンは“カロリー30%オフ”を前面に打ち出した「ライトビール」と呼ばれる商品を世に送り出します。味だけではなく、健康にも配慮したこうした商品は国内初。先進的なチャレンジにも見えますが、そのきっかけは「なんとなく」だったといいます。
安平さん
「当時は、アメリカでライトビールの市場が着実に広がっていたから、日本でも売れるだろうと。そういう考え方で発売に至ったと聞いています」
ところが、発売してみると売れ行きは芳しくありませんでした。海の向こうのアメリカで人気とはいえ、日本では、どの程度の需要があるのか、誰に向けてどんな戦略で売り出すべきかといった、今では当たり前のマーケティング調査をほとんど行わないまま“見切り発車”で世に送り出してしまった影響が悪い形で表れてしまったのです。

シェア1%未満の大惨敗

「アメリカで売れている」イコール、「日本でも同じように売れるはず」
ーーーこの思い込みから抜け出せず、キリンは新商品を投入しつづけましたが、一時的な話題にこそなっても、どれもこれも鳴かず飛ばず。結局、初めての商品から19年後の1999年、キリンはライトビールの市場から撤退。この間にライトビールが得たシェアは、ビール系飲料全体の1%にも届きませんでした。

“王座陥落”の屈辱も

キリンが「ライトビール」にこだわり続ける中、あるライバルメーカーは、主力ブランドに徹底的にこだわる戦略をとります。日本の食にあうビールを目指し、苦みを抑えてすっきりとした味わいの新商品を開発。“一本足打法”と言われながらも、この主力ブランドにリソースを集中投下したライバルメーカーは、売り上げをぐんぐんと伸ばしていきました。

そして、ついに2001年、キリンは長年守り続けてきた国内のビール市場トップの座を、このライバルメーカーに奪われることに。キリンホールディングスの安平さんは「競合ばかり意識して商品を開発し、当時は消費者への視点が欠けていた」と振り返ります。

空振りの商品開発に加え、首位陥落という“黒歴史”。キリンはそこから、ビールの売り方を根本的に変えることにしました。着手したのは、「消費者との対話」。アンケート調査や味のテストを繰り返し、消費者が求めるビールの姿を探る戦略を徹底することにしたのです。

リベンジの時がきた!

それから10年以上がたった2010年代。コツコツと消費者との対話を重ねていく中で、消費者がビールにも健康志向を求め始めていることがつかめてきました。担当者の頭をよぎったのは、かつての黒歴史となったライトビールでした。

「今なら、雪辱を果たせるかもしれない」

どうせやるなら、中途半端にはせず、とことん消費者のニーズにこだわった商品を。キリンが目指したのは「“糖質ゼロ”で味も満足できるビール」でした。
ビールは、糖分を減らすほど味が薄くなると言われています。この矛盾を乗り越えた、納得のいく商品が完成するまでに、およそ5年の歳月が必要でした。

失敗を糧に

販売の仕方にもかつての教訓を生かしました。会社の看板ブランドである「一番搾り」の1商品として売り出すことにしたのです。
全く新しい商品をゼロから立ち上げるのではなく、すでに確立したブランドの知名度をうまくつかうことで、よけいな投資を避けたのです。

発表の記者会見では、「社長自身、おいしいとは思っていないのではないか」と厳しい質問も出ましたが、消費者のニーズを踏まえて開発にあたった今回は手応えを感じていたといいます。
安平さん
「不安があるかというと、今回はありませんでした。ライトビールの失敗から生まれた新商品。期待の方が大きかったです」

販売目標 前倒しでクリア

かつての失敗を教訓に、技術と情熱を注ぎ込んで開発した新商品は、去年10月の発売から順調に売れて、去年の売り上げは、当初の目標を60%上回りました。

かつて撤退を余儀なくされ、業界首位から滑り落ちる一因にもなったライトビール。今度こそと市場に打って出たかつての“黒歴史”は今、経営の一翼を支えるヒット商品となっています。
取材・経済部記者
嶋井 健太
2012年入局
宮崎局、盛岡局を経て、経済部で食品・流通業界を担当。