コロナで危機!三重の高級食材を守れ

コロナで危機!三重の高級食材を守れ
「2万匹の伊勢まだいが、行き場を失っているー」

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が全国に拡大された去年4月、東京で日本料理店を営む田中佑樹さん(32)は、取引先との電話にことばを失いました。複雑に入り組んだ海岸線と無数の島々が美しい風景を織り成す三重県伊勢市周辺の海は、伊勢まだいや伊勢えび、アワビなど日本料理には欠かせない高級食材の養殖地としても知られています。しかし、地元の漁業は今、ウイルスの感染拡大で大きな影響を受けています。
(国際放送局 服部真子ディレクター)
三重県出身の田中さんは幼い頃から料理人を志し、6年前、西麻布に日本料理店「伊勢 すえよし」をオープンしました。

故郷の新鮮な食材をふんだんに使った数々の料理は、日本だけでなく海外からも評判を呼び、世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」の高級レストラン部門で、世界9位に選ばれるほどになりました。
田中佑樹さん
「三重県の海は、恵みの宝庫です。雨が多く、山と海の距離が近いので、山のミネラルが海に豊富に流れ込みます。このため海藻や貝類の栄養価が高く、それを食べる魚介類もおいしいのです」
しかし、田中さんが愛する三重の食材は新型コロナウイルスの感染拡大で大きな影響を受けています。

伊勢まだいなどの高級食材は、東京などの大都市圏にある飲食店が主な取り引き先です。緊急事態宣言で料理店が休業や時短営業を強いられるなか、地元では多くの養殖業者が販路を失い、窮地に追い込まれました。
田中佑樹さん
「必需食であるお米や野菜などの食材に比べ、高級食材はこうした経済が停滞した状況に弱いことがわかりました。これは三重県の食文化の危機だと思いました。生産者が潰れてしまうということは、その生産方法も途絶えてしまうということを意味します」

「三重の恵み」プロジェクト

故郷の食材をなんとか守りたいー。

田中さんは去年5月、漁業者や加工業者などと一緒に「三重の恵み」というプロジェクトを立ち上げました。三重県の食材を使って商品を開発し、地元のおいしい恵みを未来に残すのがねらいでした。

開発のコンセプトは「新しい地産地消」です。

田中さんは、地元の人が楽しめる商品を生み出すことで、大都市だけに頼らない、持続可能な新しい食材の“循環”を作ることができると考えたのです。
田中佑樹さん
「高級食材はお金の動いている場所で消費されていて、地元で消費されるものではなくなっていました。このため、顔の見えない遠くの誰かの消費に頼ってしまっている状況にあります。コロナがつくった不安定な世の中で浮き彫りになってきたのは、このような経済の在り方の弱点だと思いました」
まず、プロジェクトが取り組んだのは、伊勢まだいを使った冷凍鯛茶漬けでした。田中さんの店でも人気メニューだった鯛茶漬けを冷凍にして、家庭で気軽に楽しめるようにすれば、ステイホーム期間中でも、より多くの人に楽しんでもらえると考えたのです。

冷凍と言っても妥協は許されません。

伊勢まだいのうまみを最大限まで引き出すため、田中さんはプロジェクトのメンバーと一緒に試行錯誤を繰り返しました。水揚げしてから締めるまでの時間や冷凍するタイミングなどを変えながら、数十種類の試作品を作り、去年7月、ようやく商品を完成させました。
販売はインターネットを通じて行いましたが、地元の人が手に取りやすいよう、県内の小売店では原価で買えるようにしました。

新しい仲間は高校生

次に田中さんが取り組んだのは、地元の漁業が抱える課題を“料理”で解決することでした。

ふだん、東京に住んでいる田中さんが頼りにしたのが、料理人を目指す地元の高校生です。去年11月、県立相可高校の調理部の生徒にオンライン授業を行い、プロジェクトへの協力を呼びかけました。
調理部の部長で2年生の杉森空人さんは、“三重県のおいしい恵みを未来に残す”という田中さんの思いに感銘を受けたと言います。
県立相可高校調理部 部長 杉森空人さん
「僕は、もうこれはやるしかない、と言う感じでプロジェクトに参加することにしました。田中さんたちと一緒に、地元の人に愛される、新しい製品を作っていきたいと思いました」

「未利用魚」を商品化せよ

田中さんは生徒と一緒に、養殖場や水産加工場をオンラインで訪問し、関係者から聞き取りを進めました。

こうした中、定置網漁を行う漁業者から聞いたのが、「ギマ(銀馬)」と呼ばれる小魚でした。体長が20センチほどのカワハギに似た魚で、夏を除いてほぼ1年中、水揚げされています。
しかし、とげがあるうえ、皮が硬くて加工が難しいため、市場ではほとんど値が付かず、地元ではこれまで食材として利用されることはほとんどありませんでした。こうした魚は「未利用魚」あるいは「低利用魚」と呼ばれています。

しかし、田中さんは、このギマに大きな可能性を感じていました。丁寧に調理して食べてみると、刺身はカワハギに似て淡泊でおいしく、揚げてみると、まさにフグのから揚げと同じ味わいだったのです。ギマをうまく活用できれば、地元の漁業に新しい価値が生まれるー。田中さんは高校生たちに新しい商品の開発を託しました。

商品開発は、ただ単に新しい料理を考案すればよいというわけではありません。加工に必要な機材や設備を調べて、どんな商品であれば、安く大量に生産できるのかなどについて検討する必要があります。さらに衛生管理を徹底させることも必要です。生徒たちは、漁業者や加工業者と相談しながら、実現可能な料理方法の模索を続けました。
その結果、今月にはギマのマリネやアヒージョ(オリーブオイルとにんにくで食材を煮込むスペイン料理)など、生徒が考えた6つの商品案が発表されました。今後、加工方法などを検討してさらにアイデアを絞り込むことにしています。最終的な目標は地元のスーパーで販売することです。
プロジェクトに参加した渡邉雛美さん
「確かに加工は大変です。だからこそ、未利用魚を生かす料理ができれば、商売する方にとって、それが“欲しい魚”に変わり、将来の需要につながっていくと思います。漁業関係者の収入が増え、持続可能な社会に貢献できるようになると思います」

料理人だからできるアプローチ

ことし1月、東京に2度目の緊急事態宣言が出されました。田中さんの店も時短営業を強いられ、苦しい状況が続いています。しかし、田中さんは今だからこそできることがあると考えています。
田中佑樹さん
「コロナ禍で得られた予想外なもの…。それは“考える時間”です。自分や家族の未来、日本料理の未来、そして、地球の未来について、たくさん考えました」

「そして、改めて『料理人』としての役割は、『“おいしい”の創出』だと思いました。料理は人の価値観を変える可能性を持っています。高校生たちがプロジェクトで得た経験を糧に、故郷の食材の消費の在り方を変え、そして、日本の未来を変えてくれる。そう信じています」
国際放送局
World News部
服部 真子
NEWSLINEの制作を担当
持続可能な社会作りの取材も進めている