無関係ではいられない?軍系企業リスク

無関係ではいられない?軍系企業リスク
「容認できないリスクのため『キリンホールディングス』を監視リストに入れることを決定した」。発表したのは、運用資産が日本円にして130兆円以上、世界最大の政府系ファンドを運営するノルウェーの中央銀行です。日本では誰もが知る大手ビールメーカーの株式を放出する可能性があるというのです。安定的だったはずの株主から厳しい指摘を受けた理由は、ミャンマーでの事業にありました。(アジア総局記者・影圭太)

期待が一転して…

成長への期待が一夜にしてリスクに変わってしまったと言えるかもしれません。「キリン」が現地トップシェアを誇る「ミャンマーブルワリー」を買収し、アジア最後のフロンティアとも呼ばれる市場に乗り込んだのは2015年。80%という驚異的な市場シェアを獲得し、会社にとって新たな成長につながる重要な事業でした。
しかし、2月1日、ミャンマーでは軍がクーデターを起こし、全権を掌握する事態に。この軍との関わりが問題視されたのがキリンの現地での提携相手で、ミャンマーブルワリーの株式の49%を保有する「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス」でした。軍関係者の年金の運用などを業務とする、まさに軍と関係が深い“軍系企業”だったのです。
キリンはクーデターを受けて、数日後には提携を解消する方針を発表し、交渉を始めました。それでも、冒頭で紹介したノルウェーの世界最大の政府系ファンドは「キリンが本当に軍系企業との関わりを絶つことができるかどうか」を株主として厳しくチェックする姿勢を明確にし、もしできない場合にはキリンの株式を放出する可能性に言及したのです。

高まる批判 経済制裁も

今、ミャンマー情勢はより深刻な事態になっています。軍への抗議活動を武力で抑え込もうと、治安部隊は市民に銃口を向けて繰り返し発砲。

3月3日には1日で38人が死亡したと国連が明らかにし、軍が市民を弾圧しているとして、国際社会から非難の声が強まっています。

これを受けて、アメリカのバイデン政権は、軍の関係企業「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス」や「ミャンマー・エコノミック・コーポレーション」などに対し、アメリカ企業の製品の輸出を事実上禁止すると発表、さらなる制裁も辞さない構えです。

今後、もしドル資産の凍結といった一段と強い制裁が科されれば、国際的なビジネスを続けることが難しくなりかねません。

こうした制裁の影響は、軍系企業と提携する外国企業にも波及しかねず、ビジネス上のリスクとなっているのです。

軍系企業って何だ?

今回、アメリカが制裁対象としたこの2社については、国連人権理事会の調査団が2019年に報告書をまとめています。

この中では、クーデターを起こした軍トップのミン・アウン・フライン司令官らが支配する大手複合企業だとされました。この2社の傘下には100社以上の企業が存在し、不動産業、ホテルなどのサービス業、金融業や物流業などの幅広いビジネスを手がけているとしています。

こうした企業の収益の流れは不透明で、軍の活動の資金源にもなっていると指摘しています。キリンだけではなく、ベトナムの通信大手や韓国の鉄鋼大手などもこうした企業と提携関係にあると名指しされています。

8割が軍と関わり!?

さらに、軍系企業の影響力は指摘されている以上に強いとみる専門家もいます。現地のNGOの元幹部で、軍のビジネスに詳しいモ・モ・トゥンさんです。

モ・モ・トゥンさんは「軍人の家族などが関係している企業も含めれば、ミャンマー国内の8割程度の企業が軍と何らかの関係を持っていると推測している」と強調。軍と全く関わりがない企業はわずか2割にとどまると主張しています。

さらにモ・モ・トゥンさんは、こうした企業が国内で多くの土地や建物を所有し、賃料収入を得ているなどとしたうえで「軍の権利や権限を使って、経済活動を行う際に有利になる仕組みが存在する」とも指摘。

社名を変えたり業種を変えたりしながら経営を続けているため、軍と関わる危険性は現地に進出しているどの外国企業にもあると話します。

国内外で広がる批判

リスクは国際社会からの圧力にとどまりません。ミャンマー国内でも軍への反発が強まり、ビールやSIMカードなど軍の関係企業が販売する製品への不買運動が起きています。

さらに従業員の間でも軍に抗議の意思を示すため、会社を辞める動きすら出ています。
「詳しい数は把握していないが、本店や支店に勤めていたたくさんの同僚が退社したと聞いた。何人かは抗議活動に参加する意思を伝えていた」
匿名を条件にこう話すのは、クーデターのあと、軍系企業と関わりのある大手通信会社を退職したミャンマー人の男性です。

希望した以上の給料がもらえ、同業他社より待遇はよかったものの、軍への反発から社員の退社が相次いだといいます。そのうえで、自分自身についても「あれ以上働いていたら、もう自分の中で善悪の判断がつかなくなってしまうと思った」と退職の理由を語りました。

軍系企業に対するミャンマーの人々の反感は根強く、こうした企業と関わりを持つ外国企業には大きな逆風となりかねません。

どうする日本企業

軍と軍系企業への批判の矛先は、ミャンマーで事業を続ける日系企業にも向かい始めています。

国際的な人権団体は、最大都市ヤンゴンで日本の金融機関、ホテル、ゼネコンなどが関わる商業施設の開発プロジェクトについて、「軍所有と見られる土地に建設が予定されていて、軍への資産の提供につながる」として、国連人権高等弁務官事務所に詳細な調査を行うよう求めています。

ミャンマーでは民主化に伴う経済発展を追い風に日系企業の進出が加速し、その数はいまや400社以上にのぼります。
しかし、経済発展の原動力となった民主化の歩みは、軍のクーデターによって逆行し、抗議活動を行う市民の安全すら脅かされています。3月13日と14日にも治安部隊が発砲を繰り返し、地元メディアは少なくとも30人が死亡したと伝えました。

経済的な支援でミャンマーに深く関わってきた日本には、事態の打開に向けた役割への期待もあります。それだけに、日本企業がミャンマーの人々のためにどのような対応をとるのか、何ができるのか、世界から厳しい目が向けられています。
アジア総局記者
影 圭太
2005年入局
経済部で金融や財政の取材を担当し去年夏からアジア総局