日本航空の「紙の時刻表」が最終号に 会社創立から70年

会社の創立から70年続いた日本航空の紙の時刻表が最終号となり、さまざまなものがデジタル化で変わる中、その役目を終えることになりました。

最終号は、国内線の5月分までの時刻表が掲載された号で、ちょうど今頃から羽田空港をはじめ全国の空港のチケットカウンターなどに置かれています。
空の時刻表は、日本航空では昭和26年から、全日空は昭和29年から発行し、出張や旅行の計画を立てるのに欠かせないことから、多くの人が手にしてきました。

デジタル化が進み、オンラインで予約することが一般的となっても、紙の時刻表はスタッフと利用客のコミュニケーションの手段として役目を果たしてきました。

しかし、紙の時刻表を利用する場面が次第に限られるようになり、新型コロナウイルスの影響で時刻表通りの運航ができない状況が続く中、全日空がことし1月の分を最後に廃止したのに続き、日本航空も今配布している号を最後に役目を終えることになりました。

時刻表を受け取った40代の男性は「学生時代は時刻表を見ながらどれにしようかなと選んだりしていましたが、気付いたらネット社会で、スマートフォンを見て決めています。なくなるのであれば、記念に持って帰ってとっておきます」と話していました。

日本航空のカウンターで働く京河杏奈さんは「お客さまとコミュニケーションを取るツールの一つだったので、それがなくなってしまうのは残念に感じています」と話していました。

日本航空と全日空 「紙の時刻表」の歴史

~日本航空編~
日本航空の紙の時刻表は、昭和26年の会社の運航開始日に合わせて発行されました。
創刊号は、東京と札幌を結ぶ路線が片道8500円、東京と大阪を結ぶ路線が5000円など、合わせて3路線12便の時刻や使用する機材などが掲載されたA4サイズより小さい1枚の紙でした。
表紙には、鶴を赤で丸くデザインした「鶴丸」と呼ばれるロゴが使われたほか、昭和45年から51年にかけては客室乗務員が一人一人華やかに表紙を飾りました。
当時を知る社員に話を聞くと、客室乗務員は女性憧れの職業で、会社の顔とも言われていた時刻表の表紙を飾るのは誇らしいことだったということです。

飛行機での移動が今ほど当たり前でなかった時代から、乗り慣れていない人たちがスムーズに搭乗できるように、保安検査や搭乗の締め切りの時刻、手荷物の預け方の案内や座席表、全国の空港と市内を結ぶ交通手段などをきめ細かく案内する内容となっています。

5年前には、国内線と国際線で1年間で合わせておよそ400万部を発行していました。

しかし、オンラインでの予約が増え、紙の時刻表が使われる場面が次第に限られるようになり、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、時刻表通りに運航できないことも多くなって、なくなることになりました。

最終号は、裏表紙で創刊号の表紙などこれまでを振り返る内容となっています。
~全日空編~
一方、全日空は、紙の時刻表を昭和29年から発行していて、創刊号は航空券サイズで東京と大阪を結ぶ1路線1往復のみ、片道4500円、往復8100円と書かれています。

10年前には年6回、合わせておよそ1000万部発行していましたが、去年はおよそ340万部と3分の1に減って、ことしの1月分で最後となりました。

「紙の時刻表」 携わった人の思い

【制作担当者】
日本航空で平成8年からおよそ20年間、時刻表作りに携わった三浦光世さんです。

当初は電話でチケットを予約する人がほとんどで、ダイヤが決まったらいかに早く時刻表を完成させて手に取ってもらうかが重要でした。乗客に誤った情報を伝えるわけにはいかないと、印刷所が作成したおよそ60ページの時刻表のデータと、元の資料を見比べて、3日間かけて確認していました。
三浦さんは「空港に向かうモノレールで、ビジネスマンの方がちらちらって時刻表を見ている様子を見かけるとあっ、それ、私が作ったのって言いたくなるようなことはありましたね」と懐かしそうに話していました。

三浦さんが特に印象に残っているのは2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ、2003年のSARSの流行による影響です。

国際線の路線で運休が相次ぎ、すでに時刻表を発行していたため、運休が決まった便を知らせるチラシ作りに追われました。三浦さんは「SARSのときがいちばん訂正のチラシを出した記憶があります。訂正は普通1枚か2枚程度なので、この時期は特別でした」と振り返っていました。

三浦さんは「時刻表って航空会社とお客様とのはじめの接点で、航空会社の顔でもあるので本当にいい経験をさせていただきました」と話していました。
【地上スタッフ】
オンラインで予約することが一般的となった今も、紙の時刻表はスタッフと利用客のコミュニケーションの手段として役目を果たしてきました。
羽田空港の日本航空のカウンターで旅客のサービスを担当する京河杏奈さんです。京河さんは、紙の時刻表は利用者に時刻や座席の位置を示すのに使っていて、なくなると聞いたときは驚いたといいます。

京河さんは「お客さまの座席を選ぶときに見やすいページがあり、重宝していました。飛行機を通してお客様と関わるのがすごく楽しいと感じています。最終号の表紙にある『明日へつづく』という文字を見て、何度も飛行機をご利用してくださっているお客さまに改めて感謝の気持ちを持って業務していきたい」と話していました。