終わり告げる“復興特需” ~始まる経営者たちの模索~

終わり告げる“復興特需” ~始まる経営者たちの模索~
東日本大震災の被災地では、この10年、ばく大な復興予算が投じられ、高速道路や防潮堤の工事など、ハード面の整備が続けられてきました。いわゆる“復興特需”に被災地はわきました。しかしそれらの工事はおおむね完了。復興予算も縮小し、特需は終わりを告げようとしています。そうしたなか現地では、地元経済をどのように活性化させていくか経営者たちが模索を始めています。(仙台放送局記者 井上浩平)

“復興特需”の終焉

「工事関係者の退去が相次ぎ、アパートの空き室が続出している」
去年秋、被災地の宮城県気仙沼市で聞いたこのひと言が取材のきっかけでした。
震災から10年、国が復興道路と位置づけ整備してきた三陸自動車道など大規模な工事はほぼ終わりました。

それまで全国から被災地に集まってきた建設作業員も、いずれはそれぞれの地元に帰ると想像はできました。

実際に現場で何が起きているのか?
複数の不動産関係者を取材してみると、震災後は、気仙沼でも新築アパートが複数建てられていたこと、中には建設会社がアパートごと借りて、作業員たちの食事の世話をするまかないの人まで住ませていた場所もあったと聞きました。

しかし今、そうしたアパートの複数で空き室が出ているということです。
気仙沼市内で10棟以上のアパートを所有する小野寺乃さんです。

小野寺さんの元にも、震災後は北海道から関東、関西、そして九州など数多くの建設作業員がアパートを借りに来たということです。

一時期は6畳2部屋のアパートに「雑魚寝でいいから」と10人近くが入居したこともあったといいます。
不動産賃貸業 小野寺乃さん
「北海道や長野から来た方が多かったが、今はもうほとんど少なくなった」
建設作業員の数が減ったことで、どんな影響が出ているのでしょうか。

さらに取材を進める中、行き着いたのが工事用の重機をリースする会社です。この会社では震災直後、被災地の復興に貢献しようと、三陸沿岸の各地に複数の営業所を設けました。

会社の気仙沼営業所で話を聞くと、震災後に重機の台数を大幅に増やしたものの、リースの注文の数は、今はピーク時から3割以上減っているということです。
重機リース会社気仙沼営業所 川村安寛所長
「1台でも多くの重機を利用してもらいたいが、やはりニーズも減ってきている」
3月6日、宮城県内では被災地をつなぐ三陸道の工事がすべて終了。

県外から来る建設関係者は今後さらに減少するとみられ、飲食店や宿泊施設などへの影響も懸念されています。

特需後を見据え動き始めた現場

復興特需が終わろうとする今、地域経済をどう立て直していくのか。
気仙沼では、被災地ならではの新たな観光プロジェクトを立ち上げようとしています。
この日集まっていたのは長年、地元の観光産業に携わってきた船会社の幹部やホテルの経営者たち。

「気仙沼のオリジナルの魅力は、沿岸部に防潮堤が造られているところ、その光景は圧巻だ」とか、「震災と観光を結びつけて、観光商品として発信していくべきではないか」といった意見が出ていました。
プロジェクトの中心メンバーで、ビジネスホテルを経営する鈴木淳平さんです。

鈴木さんは、近年修学旅行などで震災を学ぼうというニーズが高まっていることに注目しました。
震災の伝承と観光を組み合わせたツアーなら集客を見込めると考えたのです。
鈴木さんたちが検討している観光コースのイメージです。

回るのは復興工事で整備された三陸道の周辺。
被災当時の様子がそのまま保存されている高校の旧校舎や、沿岸に整備された防潮堤、そして津波から多くの命を救った住宅のらせん階段などを見てもらうことを検討しています。
鈴木さん自身も経営していた旅館が津波で全壊し、別の場所に移ってホテルを再建した被災者の1人です。

当初は、震災と観光を結びつけることにためらいもありましたが、それでも地域の活力になるのであればと決断したと言います。
鈴木さん
「震災のことを観光で語っていいのかという懸念はあったが、この地域の復興した様子を見てもらい、新しい気仙沼のあり方を震災の爪痕とともに見てもらうのは意味あることだ」

もうひとつの魅力は星空

鈴木さんたちがツアーの目玉にしたいと考えているものがもうひとつあります。

それは気仙沼の星空です。
気仙沼市は美しい星空が見られる全国有数のスポットとして愛好家の間で知られてきました。
特に有名なのが市街地から7キロほど離れた大島から見る星空です。

これまで、島への交通手段は船しかありませんでしたが、震災後の復興工事によって、島と陸地を結ぶ橋がおととし開通しました。

これによって観光コースに組み込むことができるようになったのです。
鈴木さん
「震災の教訓を伝え続けていくことはもちろん、気仙沼は本当にいいところなので、さまざまな魅力を力を合わせて発信していければと思う」
東日本大震災から10年。
被災地では、ばく大な復興予算を使ってインフラを整備しました。

あとはそれを使って、どう地域ににぎわいを生み出していくか、住民たちのアイデアが問われています。
仙台放送局記者 
井上浩平
2004年入局
北見局、社会部などを経て、仙台局で震災取材のキャップを務める