【震災から10年】 死者 行方不明者「関連死」含め2万2200人に

東日本大震災の発生からあす・11日で10年です。

これまでに確認された死者と行方不明者は1万8425人、また、避難生活などで亡くなった「震災関連死」は3700人以上で、「関連死」を含めた死者と行方不明者は2万2200人にのぼります。

“行方不明者を待つ家族に少しでも手がかりを届けたい”
“生きた証しを残したい”

行方不明者の捜索や、殉職した人への祈り…。
被災地では10日、さまざまな活動が行われました。

警察庁などによりますと、亡くなった人は
▽宮城県で9544人、
▽岩手県で4675人、
▽福島県で1614人、
▽茨城県で24人、
▽千葉県で21人、
▽東京都で7人、
▽神奈川県と栃木県でそれぞれ4人、
▽青森県で3人、
▽山形県で2人、
▽北海道と群馬県でそれぞれ1人で、
合わせて1万5900人となっています。

死亡した人の99%は身元が確認されましたが、依然として54人の身元が分かっていません。

また、行方不明者は
▽宮城県で1214人、
▽岩手県で1111人、
▽福島県で196人、
▽千葉県で2人、
▽青森県と茨城県でそれぞれ1人で、
合わせて2525人となっています。

一方、復興庁や自治体によりますと、避難生活による体調の悪化などで亡くなったいわゆる「震災関連死」は今月9日までに、
▽福島県で2320人、
▽宮城県で929人、
▽岩手県で470人、
▽茨城県で42人、
▽千葉県4人、
▽神奈川県と長野県でそれぞれ3人、
▽山形県で2人、
▽東京都と埼玉県でそれぞれ1人の、
少なくとも合わせて3775人となっています。

福島県と茨城県では「震災関連死」で亡くなった人が津波など震災の直接の影響で死亡した人の数を上回っています。

東日本大震災による死者と行方不明者は「震災関連死」を含めて少なくとも合わせて2万2200人にのぼります。

行方不明者の捜索<宮城 名取>

行方不明者が全国で最も多い宮城県の沿岸部では手がかりを探す一斉捜索が行われました。
宮城県では10日、県内すべての警察署から200人余りが出て沿岸部の捜索が行われ、このうち38人が行方不明となっている名取市では海岸から2キロほど離れた用水路に警察官が集まりました。

警察官は用水路に入ってスコップなどで底にたまった泥をすくい、手でかき分けて手がかりを探していました。この場所での捜索は震災の発生直後に行って以来だということです。

捜索を指揮した岩沼警察署の目黒昭毅 警備課長は「何か一つでも手がかりを見つけてほしいという家族の思いに応えようと捜索に当たりました。復興が進み、捜索が難しくなってきていますが、自治体などと協力しながら続けていきたいです」と話していました。

行方不明者の捜索<岩手 釜石>

岩手県では釜石市の海岸で捜索活動が行われました。

釜石市の根浜海岸では午前10時から警察と消防、海上保安部が捜索活動を行い、震災直後の警察官の活動を学んだのをきっかけに参加を申し出た花巻市にある富士大学1年生の石川百杜巴さん(19)も加わりました。
10年前の震災で釜石市では152人が行方不明になっていて、警察官などは海に向かって黙とうしたあと砂を掘り起こし、行方不明者の手がかりを探していました。

また、海上では海上保安部の巡視船や潜水士による捜索も行われました。

第二管区海上保安本部の機動救難士、榎木大輔さんは「震災当時も釜石の海に潜り捜索に当たりました。10年がたち環境は大きく変わりましたが、待っている家族に少しでも手がかりを届けたいです」と話していました。
石川百杜巴さん
「震災当時の警察官の姿を授業で知り参加を決めました。実際に海岸を調べてみてもなかなか手がかりは出てきませんが、活動に参加することで震災の記憶の風化を少しでも防ぎたいです」

“生きた証しを” 殉職消防団員の鎮魂碑<岩手 陸前高田>

岩手県陸前高田市では殉職した消防団員の鎮魂碑が完成しました。
岩手県の「陸前高田市消防団高田分団第1部」では震災当時、20人の団員のうち住民の避難誘導などに向かったとみられる11人が命を落としました。

10日は消防団の跡地近くに建てられた鎮魂碑に遺族などおよそ20人が集まり法要が営まれました。

亡くなった11人の数だけ半鐘が鳴る中、参列者が黙とうをささげ、消防団のOBで鎮魂碑を建立した発起人代表の新沼光也さんが「団員たちの無念のあの日を発信し続けます」とあいさつし、全員で焼香しました。

鎮魂碑は、団員たちの生きた証しを残そうと消防団のOBなどが発起人となりインターネットなどで費用を募って建立されました。

遺族に配慮して名前を刻まないかわりに「大津波に遭遇し戻ることのなかった団員11名に捧ぐ」と刻まれています。
当時25歳だった長男の勇輝さんを亡くした菊池純一さんは「半鐘が鳴るたびに団員一人一人の顔を思い浮かべました。この場所が市民の祈りの場になってほしいです」と話していました。

また、鎮魂碑を建立した新沼さんは「鎮魂碑を通して津波の恐ろしさを次の世代に伝えたいです」と話していました。

陸前高田市によりますと震災では消防団員51人が犠牲になり、このうち34人が公務災害に認定されています。