巨大津波 多くの命を救う“避難のカスケード”

予期せぬ巨大災害が迫っているとき、自分の命を守るための行動を起こせますか?
2011年3月11日。高さ10メートルを超える巨大津波で1万8000人を超える人が犠牲になりました。今回の取材の中で、両親と祖母の3人を亡くした女性が強い後悔の言葉を語ってくれました。自宅で一緒にとどまっていたことで津波から逃げ遅れました。
「犠牲にならずにすんだ命だった。助けてあげることができなくてごめん。同じような思いを誰にもしてほしくない」
あの日、地震発生から津波到達まで30分から1時間ほどの時間がありました。どうすれば避難することができるのか。何が生死をわけたのか。
今、津波避難の専門家が注目しているのが、“避難のカスケード”です。
※カスケード:連なった小さな滝、連鎖的に物事が生じる様子
(NHKスペシャル「津波避難 何が生死を分けたのか」取材班)

「津波から逃げる目的ではない人」が避難できていた

津波到達までの時間、人々は何を考え、どのように行動していたのか。震災を伝える団体と研究機関が、1200人分の詳細な調査を行った地域があります。宮城県石巻市にある、門脇・南浜地区です。

海に面した住宅地の奥に標高60メートルの日和山があり、あの日、ここに多くの人が避難し助かっていました。
この避難行動の調査を分析した富士通研究所の牧野嶋文泰さんは、人が避難した理由に注目します。

日和山にたどりついた人のうち、半数近くが、「津波から逃げる目的ではない人」が避難していたのです。

避難できるきっかけ カギとなる「率先避難」

なぜ、こうした人が日和山までたどり着けたのか。カギとなっていたのが、門脇小学校です。

当時の校長、鈴木洋子さんは地震の直後、児童224人を日和山まで避難させると決断します。
当時、門脇小学校は津波の指定避難所になっていましたが、“災害に絶対の安全はない”という考えで、地震発生の15分後には日和山まで避難していたのです。
実はこの行動が、多くの命を救うきっかけとなっていました。

まず保護者です。

津波から逃げる明確な意思がなくても“子どもに会いに行かないと”“子どもの無事を確認したい”という理由で日和山に向かい助かっていました。

当時の日和山で撮影された映像にも、子どもの傍らに多くの保護者がいることがうかがえます。
避難に踏み切れない状況を打ち破り真っ先に避難をし始める人を「率先避難者」といいます。

避難行動の専門家、東京大学大学院特任教授の片田敏孝さんは、「率先避難者は避難の弾み車のような役割で、避難するかしないか迷う膠着(こうちゃく)した状況を変え、周囲を避難するんだという雰囲気に向かわせることができる重要な役割」と指摘しています。

率先避難が連鎖し広がる「避難のカスケード」

さらに、この「率先避難者」は、学校と関係の薄い地域の住民までも日和山までひっぱりあげる効果がありました。

その一人が石川芳恵さんです。
当時、津波への意識はなく、日和山まで避難することは全く考えていませんでした。

そんな石川さんが日和山まで行くことになったのは、小学校の校庭にいた知人の女性が「高台まで避難して」と声をかけたことでした。

石川さんは、「多くの人が校庭で戸惑っていたけど、知人の女性が『子どもも日和山へ避難しました。皆さんも山に上がってください』と言われ、そのとき、逃げなきゃと思った」といいます。

知人の女性が、こうした声がけができたのは、保護者の対応をするためにとどまった教員から、「山へ逃げろ」と言われたからでした。

教員から知人、知人から石川さんへの避難が連鎖しました。
こうして、「津波から逃げる目的ではない」という住民が、日和山へたどりついていました。

分析を行った牧野嶋さんは、身近な人だけでなく、関係性のない人にまで、避難が連鎖する様子を滝の流れになぞらえ、「避難のカスケード」と名付けました。
「自分の避難行動は、考えている以上に、その先の人にまで影響することが示唆される」と牧野嶋さんは話します。

校長と児童から始まった率先避難がどのような広がりで影響したのかをまとめました。
校長と児童の率先避難からまず、保護者へ広がった避難。

保護者のなかには、3人の住民に声をかけ、日和山まで導いた人もいました。

さらに、校庭にとどまった教員からは、保護者だけでなく、住民に繰り返し避難が連鎖していました。

調査から、「避難のカスケード」によって、少なくとも300人を超える人が日和山までたどりついていたのです。

指定避難所だった門脇小学校は津波に巻き込まれた

その後、想定をこえる津波は安全とされたはずの門脇小学校にまで到達しました。火災も発生し大きな被害となりました。門脇・南浜地区では545人が犠牲になりました。
知人からの声がけで日和山までのぼった石川さんは、「あの声がけがなければ、私はおそらく死んでいたかもしれない」と振り返っています。

避難できなかった人の傾向も明らかに

命を救う「避難のカスケード」があった一方で、避難ができなかった人も多くいました。

石巻市に暮らす草島真人さんは、避難が遅れ津波から間一髪逃れた一人です。
地震が発生した時、石巻市内を車で移動していました。

草島さんは、家族の安否が気になり、海のそばにある自宅に車を走らせます。

家族は自宅におらず、避難所になっている小学校へ向かいますが、「防寒具も何も持っていない」と思い再び自宅へと向かいます。
この時、すでに地震発生から1時間近くが過ぎ、津波が迫っていました。

草島さんの目に飛び込んだのは建物の2階を超える高さの津波。
車を全速力で走らせなんとか逃げきりました。

「私の人生はこれで終わるんだなと思いました。自分のすべての行動・判断が間違えていたんだと…」

逃げ遅れるリスク「外出先」「自宅兼店舗」

1200人分の避難行動の調査から、逃げ遅れるリスクの高い人の傾向がわかってきました。
その一つが草島さんのように「外出先」にいた人です。

家族や、自宅の被災状況などが気になり、自宅に戻ったり家族を探したりすることで避難が遅れてしまいます。

調査からは、外出先にいた人のうち4割が津波に遭遇したなど、危険な状況にあったことがわかりました。

もう一つリスクの高い傾向にあったのが、地震発生時に「自宅兼店舗」にいた人たちです。

「店の片付けを急いだ」「客の安全確認などの対応をした」などの理由で避難が遅れていました。

片田敏孝教授は、こうした行動は災害時に多くの人に起こりやすいと指摘しています。
「人は、逃げないといけないとわかっていてもなかなか逃げられないものです。人は逃げない選択を積極的にとっているわけではなく、逃げようという最後の意思決定ができずにいる状態が続いてしまう。避難というのは、行動に移すことが難しい行為なんです」

新たな技術で「避難のカスケード」をサポート

東日本大震災の大規模調査から見えてきた、一人の行動が他の人の避難行動に影響し広がっていく避難のパターン。

どうすれば、今後、発生が懸念される災害でいかしていけるでしょうか。

今回、「避難のカスケード」を提唱する牧野嶋さんは、効率よくカスケードを引き起こそうと新たな技術の開発を進めています。

牧野嶋さんたちのチームが開発したのは、避難する際に使うアプリです。

機能の一つが、避難所に到着した人数が表示される仕組みです。避難所に、自動で人を認識し人数を把握するAIカメラを設置し、避難した人数をリアルタイムに表示させます。
アプリを見た人に、「みな避難している」と認識してもらい、避難を後押しするとしています。

避難する集団を直接見たり、声がけされたりしなくても、町のいたるところで避難が始まり連鎖が広がることを期待しています。

“災害に絶対安全はない” 様々な選択肢で避難訓練を

東日本大震災の教訓から様々な選択肢を見据えた訓練を続ける地域もあります。高知県の黒潮町です。

今回取材したのは、地震発生から20分で、津波(高さ30センチ)がおしよせ、10メートル浸水すると想定される入野地区です。

大方児童館を利用する子どもたちが続けているのが避難場所を変えた訓練。

この日は、近くの津波避難タワー、高台にある町役場、高台の小学校といった避難先をわけた訓練です。

それぞれ、避難にどのくらい時間がかかるか、避難の課題は何かをみつけます。
訓練を終えた子どもたちからでた意見は、
「津波避難タワーは、近くてすぐにいけるけど、それ以上の高さまでは避難できない」
「道の途中にブロック塀があって、通れない場合に備えて、ほかのルートも知っておかないといけない」
などの意見。

このなかで、大方児童館のスタッフ、北山直記さんが大切なことだと子どもたちに教えたことがあります。
高台の小学校に向かった子どもたちのチームが「小学校であれば、さらに遠く高くなっている場所までいくことができる」と語ったことです。

東日本大震災では、安全と思われた場所が津波に襲われ、犠牲がでました。

北山さんは「災害ではどんなことがおこるかわからない。一つの答えではなく、たくさんの避難ルートや避難先があることを訓練をしながら知って、命を守ってほしい」と子どもたちに語りました。

自分の避難行動は知らない誰かを救っている

避難行動を研究する京都大学の矢守克也教授は、いざというとき私たちにできることを教えてくれました。
「自分が避難するという行動をとることが、知らないだれかの命を救うことにつながる。逆に、とどまっていることが、ほかの人に影響するということを知っていてほしい。津波に限らず、災害の時、みずからが動けるかどうか、それが周囲の命を守るカギにもなる」