紅芋が変身! 沖縄土産の新たな定番に?

紅芋が変身! 沖縄土産の新たな定番に?
去年1年間に沖縄を訪れた人は370万人余りと前年の4割以下にまで落ち込みました。那覇市の国際通りを歩けば値引きされたお土産が店頭に並んでいるのが目につきます。

ひと気のない店内に並ぶちんすこうやトロピカルフルーツ味のクッキー。沖縄では、在庫を解消するためにお土産のお菓子を買いとって、小学校の給食に提供する取り組みも始まっています。

一方、こうしたお土産を生産する菓子メーカーの中には過剰になった在庫で新たな一手を探る動きも出てきています。
(沖縄放送局記者 阿部良二)

お土産界のサクセスストーリー

沖縄土産の代表格に挙げられる、紅芋のタルト。舟型のタルト生地を満たした色鮮やかな紅芋のペーストはねっとりほくほくとした食感で、紅芋とバターの風味が口いっぱいにひろがります。

もともとは1980年代の村おこし運動の一環として、お世辞にも知名度が高いとは言えなかった特産品の紅芋を使って開発されました。

その後、飛行機のなかでの軽食に採用されるなどして口コミが広がり、ちんすこうに並ぶ地位を確立。沖縄土産界のサクセスストーリーとして語られる一品でもあります。

メーカーの決断

新型コロナウイルスの感染が拡大する前まで、沖縄観光は右肩上がりでした。紅芋のタルトを製造する読谷村の菓子メーカーでは、県内の農家から仕入れる紅芋の量がタルトの生産量に追いつかず、農家に無理をお願いすることもしばしばだったといいます。

ところが、コロナ禍で状況はがらりとかわりました。紅芋のタルトの売れ行きは去年からおよそ7割も下がり、メーカーでは減産して対応することに。そこで問題になったのが紅芋の仕入れでした。
紅芋の収穫ピークは通常、10月以降です。メーカーは去年8月の段階で例年通りの仕入れが必要ないことを把握していました。

しかし、仕入れの量を大幅に減らせば、大量の紅芋が行き場を失ってしまい、長年、メーカーを支え一緒に歩んできた農家が困ってしまいます。

結局、メーカーでは例年通り、紅芋を仕入れる決断をしました。
嵩田部長
「これまで農家と二人三脚でやってきたという気持ちがあります。作った紅芋は、いつもどおりすべて受け入れるという形をとりました」

どうする紅芋の在庫

残されたのは大量の紅芋の在庫、300トン。ふだんの4、5倍の在庫を自社で抱えることになり、冷凍倉庫はペーストに加工された紅芋で埋め尽くされ、それでも入りきらない分は地元の漁協に港の冷凍設備を借りてようやく収まったほどです。

余った紅芋をどう活用するのか。メーカーは早速、新商品の開発に乗り出します。相談を持ちかけたのは、もともとつきあいのあった地元の加工会社でした。沖縄ならではの加工食品を開発し、主に道の駅などで販売していた加工会社もまた、コロナ禍で売り上げ減に苦しんでいました。

さらに仲間に加わったのが、豚肉を生産・加工・販売する地元の食肉会社です。飲食店の営業時間短縮などによって、今年度の売り上げは1月の時点で、昨年度と比べておよそ4割落ち込む一方、豚の成長は止められないため、在庫が増え続ける事態に直面していました。
この3社がタッグを組んで開発したのが、幅広い年齢層に好まれるレトルトのカレーでした。紅芋のペーストの入ったカレーというオリジナル性の高い商品の開発に至った経緯について、メーカーの担当者は次のように話します。
嵩田部長
「昔どうにか商品化できないかという思いで試行錯誤して作ったお菓子が紅芋のタルトでした。今回のカレーもそういった経緯で生まれているので、やっぱり協力しあって何かできないかなという思いは強いですね」

私たちだけが大変じゃない

完成したカレーには紅芋の塊や豚肉がごろごろと形を残した状態で入っていて、食べたときに紅芋の味や香りが感じられるようになっています。

メーカーは、ことし1月から直営店とインターネットで販売を始めましたが、地元の人たちや県外からの引き合いですぐに売り切れ状態になりました。その後も売れ行きは好調で、生産量を増やして対応しているということです。
嵩田部長は、今回のような地元企業どうしの連携が地域を奮い立たせることにつながってほしいと話します。
嵩田部長
「私たちだけが大変じゃなくて皆さん大変だと思うので、そこで農家さんだったり、今回関わっていただいた企業さんだったりが一緒になって1つのものを作ることによって、やっぱり地域が元気になる。その元気を全国に届けきれたらなと思っているので、地域で連携していいものを出していけたらなと思ってます」
今回のように苦境にある企業どうしが、協力しあうことで厳しい状況を乗り越えることは、企業がコロナ禍を生き抜くための1つのヒントなのかもしれません。
沖縄局記者
阿部 良二
2009年入局
旭川局、名古屋局などを経て2020年から沖縄局
政治や経済などを担当