彼女がモデルになった理由~ある“オストメイト”の挑戦~

彼女がモデルになった理由~ある“オストメイト”の挑戦~
去年の春、私のSNSに、あやしげなセミヌードのアカウントから、友達申請が届きました。上半身裸でほほえむ美しい女性。
実はその女性こそ、大学のゼミの先輩で、イギリス人の父親をもつ、エマ・大辻・ピックルスさんだったのです。
華やかで切れ者、ゼミでも目立つ存在だった先輩がなぜセミヌードに?
私の取材が始まりました。
(ニュースシブ5時ディレクター 宮崎玲奈)

41歳で“オストメイト”になったエマさん

およそ20年ぶりに再会したエマさん(42)。非常勤で働く内科の医師。私生活では8歳の男の子を育てるシングルマザーです。

エマさんは、10代のころから胃の膨満感や腸閉塞(ちょうへいそく)に悩まされ、20回以上入退院を繰り返してきました。

38歳を過ぎてから、胃と大腸がほとんど機能しないCIPOという難病と診断されました。
このままでは命に関わると、おととし9月、人工肛門をつくり、オストメイトとしての人生をスタートさせたのです。

「オストメイト」とは、エマさんのように病気や障害などで便やガスなどの排せつができなくなって、人工肛門や人工ぼうこうをつくった方のことです。
おなかに自分の腸で排せつ口をつくり、排せつできるようにしたものが「人工肛門」です。

肛門と違って筋肉がないために、“パウチ”と呼ばれる袋状の装具を常に装着して、排せつ物を受け止めなくてはいけません。
パウチは1日~数日で交換する必要があり、このパウチとのおつきあいが課題になります。

取材するなら“ちゃんと見てほしい”

取材をはじめてまもなく、エマさんにパウチの交換作業を見るように促されました。

「ちゃんと人工肛門のことを理解して取材をしてほしい」

人間の腸はこれまで見たことがなかったし、今は肛門でもあるわけだし、見てもいいものなのか、ましてや撮影をしてよいものなのだろうか。

私たちは戸惑いながらもエマさんの気持ちに応えたいと撮影を決めました。
エマさんのおなかに真っ赤な腸が見えた瞬間、息をのみました。

「人工肛門」です。

エマさんも術後はじめて見た時「おなかの上にラップに包まれたソーセージみたいなものが横たわっている」と衝撃を覚えたそうです。

エマさんは、生き物のようにむくっともり上がる人工肛門を器用におなかの中におしこみながらパウチを手際よく装着していきます。

今では10分もかかりませんが、当初は途中で便が出てしまったりと2時間以上かかっていたそうです。

「かっこ悪いとされるものとかっこいいものを融合させたい」

オストメイトは、現在国内におよそ21万人いると言われています。(平成30年度福祉行政報告例)

その原因は近年増えている大腸がんから、潰瘍性大腸炎、子宮内膜症、クローン病、交通事故など多岐にわたり、その数は今後も増えると見込まれています。

オストメイトの中には、匂う、漏れるといった差別や誤解、偏見をおそれ、その存在を隠して生きる人も少なくありません。
エマさんも街を歩いていて下水のにおいがすると「自分から匂っているのではないか」と不安になり、一時は外出さえできなくなりました。

人工肛門をつけた自分の体には以前のような肉体的な価値がもうないのではないか…。

落ち込んでいたエマさんに転機が訪れました。

入院していた病院の看護師から海外で活躍する“オストメイトモデル”のことを教えてもらったのです。
海外では、オストメイト自身が専用の商品を身につけてモデルとしてPRをしたり、企業にニーズを届けて新しい商品を生み出していました。

さらに、黒や白色のパウチを身に着け、堂々と人工肛門の存在をオープンにしてSNSで発信していました。

「究極かっこ悪いとされるものと究極かっこいいものを組み合わせることでマイナスイメージを払拭(ふっしょく)したい!」

エマさんは日本初のオストメイトモデルになることを決意。

私の知っているエマさんの負けん気の強さと“攻め”の姿勢がここで発揮されました。

あえて、水着になることでパウチが見えるような写真を自費で撮影、さらにセミヌードのポスターを作成するなど、オストメイトについて知ってもらうための活動を始めました。

オストメイトの選択肢を増やしたい!日本のメーカーに売り込み

海外のオストメイトモデルたちがつけているようなパウチを日本でも手ごろに買えるようにしたい!日本で唯一パウチを開発するメーカーへの働きかけを始めました。

現在日本には1800種類ほどのパウチが流通していると言われていますが、その主流は中身が透ける透明タイプです。
術後に医療者が腸や便の状態を確認したり、当事者や介護者がパウチを交換したりする際に、人工肛門の位置や装着具合をきちんと見たいというニーズが強いからです。

しかしエマさんは、日々、自身の排せつ物に対峙(たいじ)しなくてはいけないことにずっと苦しんでいました。

その気持ちをなんとかして伝えたい。

この日エマさんはメーカーの担当者に自身の排せつ物がつまった透明なパウチを見せたのです。
「自分の排せつ物が目に見えるっていうのは、紙やすりでちょっとずつ自尊心を削られるような感覚なんです」

エマさんは今にも泣いてしまいそうに、でも強いまなざしで訴えました。
ふだんはパウチや人工肛門を明るく笑いのネタにしているエマさん。

私たち取材チームも初めて見る、心の奥底で抱えてきた“しんどさ”でした。

エマさんの思いはメーカーの人たちの心を動かしました。

「どこかでオストメイトの方とのコミュニケーションが浅くなっていたのかもしれない。生活の支援を変えていきたい」。メーカーは、中身の全く透けないパウチを今後の開発テーマに挙げることを決めました。

去年10月、こうしたエマさんの取り組みをニュースシブ5時で紹介すると、番組には大きな反響が寄せられました。

4歳の女の子との交流が勇気をくれた

その中に、ある女の子の家族からのメッセージがありました。

4歳(当時)のオストメイトの長女がエマさんに会いたがっているというのです。

NiziUのダンスが上手な、天真らんまんな女の子です。

おなかの中にいるときに病気のことがわかり、生まれた翌日に人工肛門をつくりました。

両親がパウチを交換する必要はありますが、食べることも遊ぶことも問題はなく、地元の普通学級への入学を両親は希望しています。

しかし、いじめなどにつながることを恐れ、娘がオストメイトであることはごく限られた人にしか伝えていません。

女の子は、水着で人工肛門の存在を堂々とさらけだすエマさんをテレビで見て「私だけだと思ってた。私だけじゃないんだ」とつぶやいたと言います。

ちょうど、周りとの違いを気にし始めた時期で、両親は娘とどう接していくべきか迷っていました。
思いを聞き、女の子に会うことを決めたエマさん。実は同じオストメイトに会って話すのは初めて。

目の前に現れたエマさんに女の子はぴょんぴょん飛び跳ねて全身で喜びを表します。

まもなく互いのパウチを見せ合うと…
女の子
「(透明のパウチだと)見えるのがはずかしいからいやだ」
「バーッてうんちっちが広がっちゃう」
女の子はあふれるように、自分の気持ちを伝えだしました。

排せつ物に心を痛めていたことをこんなにもはっきりと言葉にしたのはこの日が初めてでした。

エマさんは、透明のパウチに貼って中身を隠せるシールを手作りしてきていました。
女の子の大好きなキャラクターのシールでパウチの交換を楽しい時間にしてほしいと考えたのです。

帰り際、エマさんは女の子に、どうしても伝えたかった言葉をかけました。
エマさん
「生まれた翌日に人工肛門を作りずっと病気と闘ってがんばってきたから日本一なんだよ。これからもしかしてみんなと同じようにうんちできないことが苦しくなったら思いだして。ウィナー(勝者)だから」
「ありがと」。大きくうなずく女の子。

自分の活動は間違っていない。
エマさんもまた女の子から勇気をもらいました。

海外と日本 オストメイトを取り巻く環境の違い

エマさんは活動を通して、日本と海外のオストメイトを取り巻く環境には、まだまだ大きな違いがあると実感しています。

とりわけ気になっているのは、下着などの選択肢の違いです。パウチが安定しておさまるよう男性用のボクサーパンツをはいてきたエマさん。海外では全く事情が違いました。
エマさんがSNSでみつけたのが、イギリスにあるオストメイト専用の下着や水着を販売する会社。

老若男女150以上の品揃えを誇り、その配慮は性生活にまで及びます。
すっぽりとパウチを包み込む形で股の部分が開閉できるショーツ。下着をつけたまま、パウチを気にせずにパートナーと親密な関係を持てます。

人工肛門になって恋愛に踏み切れない、今までの関係を持てないという女性のために開発されました。

さらに、ヘルニア予防など医療的な効果の認められる商品は年間3枚まで国の負担で購入できます。

経営者は自身もオストメイトであるニコラ・デイムズさん。
ニコラ・デイムズさん
「病気があっても絶対に人生の邪魔はさせません。人工肛門は人生の可能性を奪うものではなくて与えてくれるものです。人工肛門と生きる私たち自身が人工肛門と進化していかなくてはいけません」
初めて海外のオストメイトモデルを見た時に、なぜこんなにハッピーそうにできるのだろうと疑問に思ったエマさん。

ニコラさんと話したことで、多様性を受容する文化の違いや社会のサポートの違いを知るとともに、もうひとつ気づきがありました。

「周りの目が怖いと思ってしまうのは、そう思わせるものの正体は私自身、オストメイト自身なのかもしれない」。オストメイトモデルとして取り組むべきテーマをまた一つ見つけました。

エマさんの挑戦は止まらない

ことし1月、エマさんは、デンマークに本社のある年商3000億円以上のパウチメーカーのキャンペーンモデルに就任しました。

契約期間は1年、モデルとして商品をPRするだけではなく、1人のオストメイトの女性として幸せに暮らす姿を発信したりすることが期待されています。

近い将来、色とりどりで、身につけるのが楽しくなるようなオシャレなパウチが現実のものとなり、そしてお年頃になった女の子が、お気に入りの水着で海辺を普通に歩ける日が訪れますように。
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宮崎玲奈
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