コロナワクチンの影で…

コロナワクチンの影で…
新型コロナウイルスのワクチン。国内での接種も始まり、連日、大きな注目を集めています。その影で、別の病気のワクチンが大幅に不足する事態が起きているのをご存じですか?
なぜ不足?大丈夫なの?
記者(秋元)が当事者になったことをきっかけに調べてみました。
(ネットワーク報道部 記者 秋元宏美 目見田健)

また1年後に

「ワクチンが不足していますので、あいにくですが、また1年後くらいにお電話してください」。
(…え、1年後?!)
先日、記者(秋元)が3歳になった子どもの予防接種を受けさせようと、かかりつけの小児科に電話したときの話です。

受けさせようとしたのは日本脳炎のワクチン。

厚生労働省は標準的な方法として
▽3歳で2回
▽4歳で1回(3回目)
▽9歳で1回(4回目)接種することを勧めています。
そしてワクチン不足の理由は、国内でワクチンを製造する2つの団体のうち1つで、製造過程でのトラブルが起きたためだといいます。

「1年も接種を遅らせて大丈夫なのだろうか?」

記者の頭の中には不安な気持ちが沸き起こってきました。

ただ、そもそも日本脳炎って何?

聞いたことはあるけれど、全然知識がないことに気付きました。

日本脳炎って何?

日本脳炎。

名前に“日本”と付くぐらいですから、私たちとの関係は深いのでしょうか。

「国立感染症研究所」に聞いてみました。

まず、なぜ“日本”と付くのか。

その理由は、1935年、日本で患者の脳からウイルスを体外で増殖させる「分離」に初めて成功し、病気の原因だと証明できるようになった事例があったことに由来しているということでした。
そのうえで日本脳炎という病気の概要です。

▽極東から東南アジア・南アジアにかけて広く分布している

▽増幅動物(ブタ)の体内でウイルスが増え、蚊が吸血。その蚊がヒトを刺した時に感染する

▽ヒトからヒトへは感染しない

▽感染しても発病するのは100人から1000人に1人程度

▽発病すると高熱や頭痛、おう吐などの症状が出るのに続いて、意識障害などを引き起こす

▽発病した時の死亡率は20~40%前後

▽回復しても45~70%に後遺症が残るとされ、特に子どもは、けいれんや麻痺、それに精神障害などの重い障害が残ることが多い。
なんとも深刻な病気であることがわかります。
日本では今から50年以上前の1960年代には患者数が年間2000人を超える年もありましたが、その後、ワクチンの定期接種が行われるようになり患者の数は激減。

近年は、年間、数人から10人程度になっています。

それでもブタなどの動物が保有し、蚊が媒介する以上、ウイルスを自然界から駆逐するのは困難で、感染の機会は今もなくなっていません。

接種を先延ばしても大丈夫なの?

こうした状況の中で、接種を受けられなくて大丈夫なのでしょうか?。

長野県佐久市の佐久医療センターの小児科医長で、子どものケガや病気に関する医療情報を提供するサイト「教えて!ドクター」を展開している坂本昌彦医師に聞いてみました。

坂本医師は、タイの大学などで熱帯医学を学んでいます。

記者「どう受け止めればいいんでしょうか?」
坂本医師
「日本脳炎のワクチンは、時期に沿って接種できるのが望ましいですが、たとえ感染したとしても100人から1000人に1人程度しか発病はしませんので、必要以上に怖がらなくても大丈夫です」
坂本医師はまず、不安な気持ちを軽くしてくれることばをかけてくれました。

ただし注意も。
坂本医師
「子どもが発病すると重症化しやすいので、ワクチンの供給が整ったら忘れずに接種をしてください」
そのうえで全部で4回ある接種のうち3歳の時の2回を打っておけば、ある程度の抗体ができるため、まずは2回を打つこと。

3回目を接種できない場合はそれほど焦る必要はないと指摘します。

厚生労働省も1回目と2回目を優先させるとしています。

とはいえ、ワクチンを打つまでにできる対策はないのでしょうか。
坂本医師
「ウイルスを主に媒介するコガタアカイエカという蚊に刺されないようにすることが大切です。この蚊は特に7月から8月の日が暮れたあとに活動が活発になります。水田や沼地などに産卵する性質があり、10キロ程度の距離は移動するとされていますので注意が必要です。外出する際には虫よけ剤の使用や肌の露出の少ない服を着るなど工夫をしましょう」
虫よけ剤の選び方にもポイントがあるといいます。
坂本医師
「市販の虫よけ剤の成分では、イカリジンやディートがお勧めです。特にイカリジンは、子どもでも塗る回数に制限がないので使いやすいです」
どのくらい注意をして、どんな対策をとればいいのか。

そこがわかってきたので、気持ちが落ち着いてきました。

”ワクチンの原液に微生物”

そうなると、改めて、なぜワクチンが不足しているのか、そこが疑問になってきます。

厚生労働省の発表による基本的な情報から確認します。

まず、国内で供給される日本脳炎のワクチンは2つの団体がすべて製造しています。

このうちの1つ、大阪府にある「阪大微生物病研究会」で、一時、ワクチンの製造が停止したことが不足の原因です。

「阪大微生物病研究会」によると、停止したのは、去年の11月中旬からのおよそ1か月間。

「ワクチンの原液に微生物が発生した」ことがわかったため、安全性を考えて製造を止めたのだといいます。
この停止の結果、研究会での年間の製造量は、今年度が338万本ありましたが、来年度は156万本と、半減してしまうのだといいます。

「えっ!?。1か月の停止で半減?」

そんな疑問がわいてきますが、そこにはワクチンを製造する難しさがありました。

ワクチン製造は長期戦

日本脳炎ワクチンは、実際のウイルスを使って毒性をなくして作る「不活化ワクチン」と呼ばれるものです。

研究会によると、具体的な製造方法は、ウイルスの株を「Vero(ベロ)細胞」というアフリカミドリザルの腎臓を由来とする培養用の細胞で増殖させたあとに毒性をなくすというものです。

その後、凍結乾燥させて完成させます。

ただ、この工程にかかる期間はおよそ1年。

そのため、途中でトラブルが起きると停止期間が1か月だとしても大きく製造量が減るのです。

厚生労働省によると、ワクチンには「不活化ワクチン」のほかにも、新型コロナウイルスで実用化された人工的に合成したウイルスの遺伝子を使った「遺伝子ワクチン」や、実際のウイルスや細菌の中から毒性の弱いものを選んで増やした「生ワクチン」などいくつか種類があります。

いずれも製造本数が多かったり、培養に時間がかかったりするため一般の医薬品に比べて、生産には多くの時間を要するのだといいます。

繰り返し起きるワクチン不足

そのため、ワクチンが不足するなどのトラブルは、日本脳炎ワクチンに限らず繰り返し起きています。

予防接種法で勧められている子どもの予防接種は日本脳炎のほか、ヒブ、肺炎球菌、B型肝炎、ロタウイルス、4種混合、ポリオなど、10種類以上に及びます。

厚生労働省によると、このうちおととしには、B型肝炎のワクチンやヒブワクチンで、いずれも製造工程でのトラブルから不足が発生しました。

ワクチンへの向き合い方とは

案内がきたら接種をしに行く程度にしか考えていなかったワクチン。

実はそこにはトラブルがつきものでした。

コロナ禍でもあり「ワクチン」ということばに敏感な今、改めてワクチンとどう向き合えばいいのか、リスクコミュニケーションが専門で、東京理科大学薬学部の堀口逸子教授に話を聞きました。
堀口教授
「ワクチンの製造、供給、保管には注意を払わなければならず、トラブルも起きやすいというのは、医療従事者にとっては“当たり前”のことですが、多くの人にとっては
そうではないと思います」
「新型コロナによってワクチンへの関心が高まっていますが、ワクチンとはそういうものだ、として、行政や医療側はワクチンに対する丁寧な説明をするとともに、接種を受ける側も、不足などの情報に一喜一憂するのではなく、供給の見込みなどを冷静に見ていくことが重要です」

日本脳炎ワクチン 今後の供給は?

今回の日本脳炎ワクチンの不足。

厚生労働省によると、国内で製造するもう1つの会社が増産することで、2つの合計での来年度の供給量は、今年度の8割近い323万本余りとなる見通しです。

さらに再来年度は今年度のおよそ1.4倍の563万本に増やす計画で、遅れに対応するということです。

病気のことを知り、ワクチン供給の見通しを知る。

そして、できる対策を行って、落ち着いて待つ。

新型コロナのワクチンでもそうですが、政府には早急な対応を求めつつも、冷静に考えていきたいと思います。