第五福竜丸 被ばく67年 支援者らが核兵器廃絶祈る 静岡 焼津

静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」がアメリカの水爆実験で被ばくしてから1日で67年となり、支援者らが墓前で核兵器の廃絶を祈りました。

昭和29年3月1日、南太平洋で操業中だった「第五福竜丸」は、アメリカがマーシャル諸島のビキニ環礁で行った水爆実験で放射性物質を含んだ「死の灰」を浴び、乗組員23人が被ばくしました。

67年となる1日、全国から支援者らおよそ50人が焼津市を訪れ、被ばくから半年後に亡くなった元乗組員の久保山愛吉さんの墓前に集まりました。

そして久保山さんが生前育てていたというバラを手向け、静かに手を合わせ核兵器の廃絶を祈りました。

ことしは、例年行ってきた市内での核廃絶を訴える行進を新型コロナウイルスの影響で一部に限定して行ったということです。

市内から参列した70代の女性は「今も世界中には核兵器が残っています。なくなるよう、強い思いをもって取り組んでいきたいです」と話していました。

支援者によりますと、23人の元乗組員のうち生存者は3人だということで、被ばく体験をいかに語り継いでいくかが課題となっています。

第五福竜丸平和協会の山本義彦代表理事は「生存者が少なくなり語り部も高齢化する中で、若い世代にしっかり継承していく必要があります」と話していました。