“脱ニューヨーク” もう魅力がない?

“脱ニューヨーク” もう魅力がない?
コロナ禍で、ニューヨークを離れる人が増えている。危機感を強めた州知事は、ニューヨークに戻ってきてほしいと呼びかけた。「戻ってきたら一緒に食事に行こう、1杯ごちそうする。私が料理してもいい」。
世界の金融の中心地、そして最先端の文化や芸術を発信する都市として、世界から人々が集まってきたニューヨークで、いま何が起きているのか、取材した。
(アメリカ総局記者 及川利文)

予算9000万円でも買えない?

ニューヨークのクイーンズで暮らすクリストフさん(39)とティファニーさん(30)夫妻。共働きで、クリストフさんはIT系の会社に勤め、ティファニーさんは金融関係の仕事をしている。憧れだったニューヨークで暮らし始めて5年になるが、今、隣のニュージャージー州に移り住もうとしている。

2人が転居を考え始めたのは半年以上前。日本円にして9000万円余りの予算を用意し、家を探しているが、今もほしい家を見つけられていないという。その理由を聞くと、驚きの答えが返ってきた。
「仕事で週末にしか家を見に行けませんが、平日に売りに出された家はすぐに売れてしまいます。残っているのは、予算よりも高いか、損傷が激しい家ばかりです」
人気の物件はすぐに売れてしまうというのだ。

憧れのニューヨークだったのに…

2人がニューヨークを離れたいと思うようになったのには、いくつか理由がある。

コロナ禍で今はほぼ毎日、在宅勤務。今後、感染が落ち着いたとしても、会社に行くのは週2日程度だという。会社近くの2LDKの部屋に月々30万円の家賃を払うなら、郊外に庭付きの家を買ったほうがよいと思うようになった。

しかも、感染対策で経済活動が制限され、気軽にレストランで食事をすることもできないし、ブロードウェイのミュージカルを見たいと思っても劇場は休演が続く。もはやニューヨークでの生活を楽しめなくなったと言うのだ。
クリストフさん
「高い家賃を払ってニューヨークに住む理由はありません。ニューヨークは死んだという記事もたくさん目にします」

築90年以上でも人気

では、ニューヨークの人たちはどこに移り住んでいるのか。

マンハッタンから車で25分ほどの場所にある住宅が、売りに出されると聞いて訪ねた。きれいにリノベーションされ、見た目からは信じられなかったが、1920年代に建てられ、築100年近い物件だという。仲介する不動産業者によると、築50年以上の物件が売りに出されるのは珍しくなく、むしろ長く住んでこられたという安心感や信用にもつながるのだと言う。
間取りは、リビングルームに加え、3つのベッドルームや地下室もあり、全部で8部屋。車庫と庭もあり、家族で暮らすには十分な広さだ。
取材した日は週末で、20組以上が内覧に訪れていた。

郊外の住宅人気を受けて、不動産会社はこれまでの相場よりも価格を2割ほど高い5800万円に設定したが、それでもすぐに買い手は見つかると自信満々だった。
不動産会社マネージャー
「郊外の住宅人気は続くと予測しています。多くの人が本当にニューヨークから移り住もうとしています」

入居から3か月間は無料

“脱ニューヨーク”は数字からも見て取れる。

民間のリサーチ会社の調査によると、去年ニューヨーク市の人口はおよそ7万人減少。

不動産会社によると、マンハッタンのことし1月の集合住宅の空室率は5.3%で、空室は1万2400室あまりに上る。コロナの感染が広がる前だった去年1月の1.7%と比べ、空室率は急上昇している。空室率は去年10月と11月に6.1%と、統計を取り始めた1994年以降、最も高くなったが、今も高い水準が続く。
目に見えて影響を受けたのが不動産業者だ。

26年にわたってニューヨークの不動産を取り扱ってきたダグラス・ワーグナーさんは、現状をこう話した。
「これまでに1度も経験したことがない状況で、市場の底です」
なんとか借り手を見つけようと、破格とも言える条件で貸し出しているというマンハッタンの集合住宅の部屋を見せてもらった。

広さおよそ90平方メートルの2LDKで、浴室も2つある。去年完成したばかりの新築だが、月々の家賃を25%ほど値下げし、日本円で30万円ほどにしている。さらに、入居から3か月間の家賃を無料にもした。

しかし、それでも103室ある物件のうち、8割以上は借り手が見つかっていない。

市の財政悪化も懸念

ニューヨークの人口流出が新たな問題を引き起こすと指摘する人もいる。ニューヨーク市の財政に詳しいシンクタンクのチーフエコノミスト、ジョナス・シャインデさんだ。
ジョナス・シャインデさん
「今の状況が続けば、市の財政は数十億ドル規模の財源不足になるおそれもあります。市はこの問題に取り組み、出て行った人たちに戻ってくる動機づけをしなければなりません」
シャインデさんが懸念しているのは人口流出による市の財政悪化。

市の税収全体のおよそ2割を占める個人の所得税のうち、4割を納めているのは年収1億円以上の富裕層だという。そして、富裕層の多くは金融業やコンサルタント業など、リモートワークも可能な仕事に就いているため、流出しやすいというのだ。

人口流出の影響は不動産のみならず、飲食・小売りといった幅広い分野に広がり、税収の減少を招く可能性もある。ニューヨーク州知事が、戻ってくれば1杯ごちそうすると発言するのもわかる気がした。

ニューヨークはどうなるのか

ニューヨークでは、住宅だけでなくオフィスビルでも空室が増えている。

いまこの原稿をNHKのオフィスで書いているが、目の前のビルを見ると、ワンフロアすべてが空室となっている階が3フロアはある。新型コロナウイルスのワクチン接種などで感染者が減少し、経済活動が元どおりになれば、再びニューヨークに人々は戻ってくると話す人も多い。

ただ、気になるデータがある。

アメリカの国勢調査局の人口推定によると、ニューヨーク市の人口は2018年から減り始めているのだ。住宅価格や物価の高騰が背景にあるとみられる。

コロナ禍で住宅価格の高騰が落ち着いたとしても、今度はライフスタイルの変化が、人口流出をさらに押し進めるかもしれない。世界の人々を魅了してきた大都市・ニューヨークは、新たな課題に直面している。
アメリカ総局記者
及川 利文
2012年入局
千葉局、国際部を経て
2018年からアメリカ総局