「潜在看護師」に再就職促すため制度強化求める 日本看護協会

コロナ禍で不足している看護師の確保に向けて、日本看護協会は、資格を持つものの仕事に就いていない「潜在看護師」に広く再就職を促したいと、連絡先を把握できる制度を強化するよう政府に求めています。

新型コロナウイルスの感染拡大で看護師不足が深刻化していることを受けて、日本看護協会は、育児や介護のために職場を離れるなどして、資格を持つものの今は看護の仕事に就いていない「潜在看護師」に対する再就職の働きかけや、就職先の紹介に力を入れています。

潜在看護師は全国で70万人余りと推計されていますが、任意で連絡先などを登録してもらう都道府県のデータベースには13万人分のデータしかないということです。

医師や薬剤師の資格を持つ人は、仕事をしているかどうかにかかわらず、2年に1度、国に住所や連絡先などを届けることが義務づけられているのに対し、看護師は離職したあとは届け出が努力義務となるため、潜在看護師の多くは所在を把握するのが難しくなっています。

このため政府は、マイナンバー制度を活用して、看護師の資格に関する情報を管理する新たなシステムを整備することにしていて、本人の同意を前提に、住所の情報と連携させることで、離職した場合も最新の連絡先を把握しやすくしたい考えです。

ただ、すでに潜在看護師となっている人の情報は、改めてシステムに登録してもらわないと把握できないことから、看護協会はさらなる制度の強化を政府に求めています。

日本看護協会の勝又浜子専務理事は「看護師資格を持つすべての人の住所や電話番号、メールアドレスなどの情報を入手したいと考えている。1時間や2時間の短時間でも働ける人を掘り起こし、潜在看護師の数を減らしたい」と話しています。

人手不足カバーで異例の対応も

新型コロナウイルスの患者を受け入れている病院では、看護師にかかる負担が重くなっていて、深刻な人手不足を少しでもカバーするために異例の対応がとられています。

横浜市にある昭和大学横浜市北部病院では、コロナ患者を診る専用病棟を設けていますが、一般病棟よりも看護師の数が必要になるうえ、看護師にかかる負担も心身ともに重くなっていることから、必要に応じて一般病棟の看護師と勤務を交代させるなどの対応をとっています。

こうした中、厚生労働省が、全国の看護系の大学に看護師の資格を持つ教員や大学院生を医療現場に派遣するよう依頼したことを受け、病院では先月から、系列の大学の教員が月に数回、応援に入っています。

応援の教員は一般病棟で勤務し、この日は2人の教員が入院患者の食事の介助や食事の後の歯磨きなどを行っていました。

現場での勤務は30年ぶりという昭和大学保健医療学部看護学科の田中晶子教授は「知り合いの看護師からは『気力だけでは乗り越えられない限界にきている』と聞いていた。仕事のブランクがあるし、大学の仕事もあるが、少しの時間でも支援を続けていきたい」と話していました。

病院の磯川悦子看護部長は「教員が支援に来ることで現場の負担軽減にまでは至っていないが、一般の看護師が緊急性の高いケアを優先する中、教員が一般の患者のケアにあたってくれることは助けになっている」と話しています。

看護協会の取り組み

日本看護協会は、国や都道府県からの指定を受けて全国に設けている「ナースセンター」に登録のあるおよそ5万人の潜在看護師に対して、メールを送るなどして働きかけを行い、これまでに延べ2600人余りが再就職したということです。

神奈川県ナースセンターでは「働きたい気持ちはあるがブランクが心配だ」とか「短時間だけなら働ける」といった人たちに対して、研修を行ったり、希望する条件に応じた働き方ができる職場とのマッチングをしたりするなどの支援を行い、延べ50人の再就職につなげたということです。

神奈川県ナースセンターの潜在看護師のデータベースには5600人余りが登録されているということですが、引っ越しや結婚で住所や名前が変わったものの更新の手続きがなく、働きかけを行えない人も少なくないということです。

神奈川県ナースセンターの廣島博美課長は「登録者には、私たちから必ず連絡をとり、丁寧に話を聞くようにしている。病院だけでなく、訪問看護など求人はたくさんあるので、まずは登録して働ける人が増えてくれるのが願いだ」と話していました。

看護師資格取得者 登録の課題

看護師資格は国家資格で、取得した人は全員、氏名や生年月日、本籍地などを国に登録しますが、住所や実際に看護師として働いているかなどの情報は登録の対象となっていません。

看護師として仕事をしている間は、都道府県に対し2年に1度、氏名や住所、勤務先などの情報を届け出ることが義務づけられているため、所在を把握する手立てがあります。

厚生労働省は、潜在看護師の所在把握のために、2015年以降、離職する際に都道府県のナースセンターに氏名や住所を届け出るよう求める新たな制度を設けました。

しかし、届け出は努力義務となっていることから、推計で70万人余りいるとされる潜在看護師に対し、実際に届け出ている人はおよそ13万人にとどまっています。

また、届け出た人も、その後、住所などが変わっても更新の手続きをせずに、連絡がとれなくなるケースも少なくないということです。

“働きかけやサポートあれば”

看護協会が接触できていない潜在看護師の中には、積極的な働きかけやサポートがあれば、復職に踏み出せると考えている人もいます。

都内に住む佐野ちはるさん(43)は、国立病院の救急や小児病棟で7年間勤務するなどしたあと、3年前に結婚を機に離職し、現在、1歳7か月の長男がいます。

長男が幼稚園に通い始めるタイミングでの復職を考えていましたが、コロナ禍での医療現場の負担を見聞きし、復職時期の前倒しを意識するようになったと言います。

しかし、復職した際の長男の預け先をどうするかや、自分が希望する勤務条件に見合った職場があるかなどのハードルをクリアできるか自信が持てず、みずから積極的に求職活動を行うまでには至っていません。

佐野さんは、離職の際にナースセンターに届け出る制度の存在を知らなかったため、看護協会が行っている働きかけの対象にはなっていませんでした。

佐野さんは、信頼できる機関からお願いされて、気軽に相談に乗ってもらえれば、さらに前向きに復職を検討できると考えています。

佐野さんは「研修やサポートをしてくれるような人がいれば戻りたい、声をかけてくれたら、背中を一押しされたら、ちょっと頑張ってみようかなという潜在看護師は全国にたくさんいると思う」と話していました。

マイナンバー活用し情報把握しやすくする仕組み

政府は、今の国会に提出しているデジタル改革関連法案を成立させ、マイナンバー制度を活用して、潜在看護師の情報を把握しやすくする仕組みをつくりたい考えです。

具体的には、看護師の資格を取得した際に行う国への登録を、マイナンバー制度の専用サイト「マイナポータル」を使って行うようにして、資格に関する情報を管理する新たなシステムを2024年度までに整備する計画です。

そして、本人の同意を前提に、マイナンバーにひもづいている住所の情報と連携させることで、離職後に届け出ないまま引っ越した人などについても、最新の連絡先を把握しやすくするということです。

また、潜在看護師本人から同意が得られた場合は「マイナポータル」を通じてナースセンターから求人情報を送るなど、再就職の働きかけに活用することも想定しています。

ただ、現職の看護師や、すでに潜在看護師となっている人の情報は、改めて「マイナポータル」で資格の登録をしてもらわないと把握できないことから、さらなる対策の必要性を指摘する声も出ています。

専門家 看護現場の環境改善ないかぎり 抜本的解消にならず

看護師をめぐる問題に詳しい静岡大学創造科学技術大学院の小林美亜特任教授は、看護現場の環境を改善しないかぎり、潜在看護師の情報の把握を進めても、看護師不足の抜本的な解消にはつながらないと指摘しています。

そのうえで「看護師が結婚や出産、介護などのライフイベントがあると離職せざるをえない状況に置かれていることが、潜在看護師を生み出すいちばん大きな原因だ。復職後の労働環境をいかに整えられるかが大きな課題で、夜勤の免除や短時間勤務制度などの工夫が必要だ」と話しています。