その花火、家から見るか?現地で見るか?

その花火、家から見るか?現地で見るか?
地面が揺れるほどの大歓声。客席でうち振られる色とりどりの国旗。スタジアムで打ち上げられる大量の花火。その瞬間、世界のどの場所よりも熱狂に包まれます。
世界のトップ選手たちがしのぎを削る東京オリンピック・パラリンピックが間近に迫っています。
しかし、今、その空間が「静寂」に変わるかもしれません。
家で見るテレビ中継で現地の感動は伝わるのか。
強い危機感を抱え、動き始めた人たちがいます。
(スポーツニュース部 記者 中野陽介/島中俊輔)

“国立競技場を満員に”

「新しい国立競技場を満員にしたい。東京パラリンピックでパラスポーツをメジャーにする」
2年前、そう話していたのは義足アスリートの第一人者、パラ陸上走り幅跳びの山本篤選手(38)です。
その年の世界選手権でいち早く東京パラリンピックの代表内定を手にした山本選手。訴えてきたのが東京パラリンピックの「フルスタジアム」、つまり、すべての競技会場で満員の観客を実現することです。

この観客にこだわっているのは、オリンピック選手以上に、パラリンピック選手が多いというのが取材実感です。そこにはパラスポーツ、独特の事情があります。

目標だった“フルスタジアム”

競技歴20年、数多くの大会に出場してきた山本選手が長年、目にしてきたのが、観客がいないガラガラのスタジアムでした。

日本選手権やジャパンパラ大会、世界トップレベルのパラアスリートが集まる大会でも、観客席に目立つのは選手の家族や所属先の関係者たち、一般の観客の姿はほとんどありません。
しかもほとんどの大会で入場は無料なのに…。
スター選手がこぞって出場するオリンピックと比べて格段に注目度が低い、パラリンピック。それだけに関係者は東京で開かれるパラリンピックにパラスポーツの魅力を初めて「実感してもらえる」「肌で感じてもらえる」唯一無二のチャンスと期待してきたのです。

それを象徴するのが、大会組織委員会が東京パラリンピックで第一に掲げた目標。それは選手が獲得する「メダルの数」ではなく、「フルスタジアム」。
会場を満員にすることこそが、パラリンピック成功の証しとされたのです。

8割が「観客制限」の衝撃

そんな関係者の期待を打ち砕いたのが、新型コロナウイルスの感染拡大です。
「多くの人が集まり、感染拡大のおそれがある」
「メダル獲得を喜んでもらえるのか」
東京パラリンピックの競技団体から寄せられた声です。
NHKはことし2月、国内26の競技団体にアンケート調査を行いました。(回答は25団体)
そこで東京パラリンピックの開催について尋ねたところ、「不安」「少し不安」と答えた団体は、合わせて64%にのぼりました。

開催の賛否が分かれている世論への不安も多く、68%が開催には「国民の理解、選手への共感」が不可欠だと答えました。

こうした中で私たちが最も衝撃を受けたのは「観客の制限はやむをえない」と答えた競技が84%と8割を超えた現実です。

緊急事態宣言が続き、開催の可否さえ取り沙汰される中、大勢の観客を入れるのは難しい。そう考えるのもしかたないと思いますが、「フルスタジアム」にこだわってきた関係者の苦労を考えると衝撃的とも言える数字なのです。

無観客でも伝えられる

こうした中、仮に「無観客」になってもパラスポーツの魅力は伝えられるのではないかと模索を始めている競技もあります。
パワーリフティングです。

足などに障害がある選手がベンチプレスでバーベルを持ち上げるパワーリフティング。ことし1月には無観客で全日本選手権を開催しました。
そこで行ったのは、選手の登場や競技に合わせて行うきらびやかな照明や音楽。一般になじみの薄い競技を楽しんでもらうための演出に工夫を凝らし、オンラインで配信しました。

このパワーリフティングは、最大の練習拠点となっていた都内の体育館が新型コロナウイルスの軽症患者の療養施設に転用され、ほとんどの選手が自宅や近所のジムでの個人練習に頼らざるをえなくなっていました。
選手たちもSNSなどでトレーニングの動画を共有し、互いにアドバイスしあったりイギリスにいるコーチにオンラインで助言を求めたりと模索を続けています。
できないことばかりの中、できることを見つけて努力を続ける選手たち。観客がいなくても伝える工夫はできるはずだと、日本パラ・パワーリフティング連盟の吉田進理事長は話します。
日本パラ・パワーリフティング連盟 吉田進理事長
「もちろん生で見るのがいちばんだが、見せ方を工夫すれば可能性は広がる。東京パラリンピックは選手の頑張りを考えると簡単に中止すべきではない。たとえ無観客であってもできることはある」

“少しずつ進む”を伝える

アスリートも動き始めています。
競泳、視覚障害のクラスの富田宇宙選手(31)です。
東京パラリンピックでメダルの期待がかかる富田選手も大勢の観客を入れることが難しい現実を受け止めています。
そこで今、力を入れているのが、SNSでの発信です。

急速に利用が拡大している、音声でやり取りするSNSを駆使し、無観客をどう思うか、ほかの選手と語り合う様子も発信しました。

大会当日、会場で伝えられないものがあるなら、大会の開催を信じて前へ進む姿や、選手の障害との向き合い方を日々、少しずつ、伝えていけばいいのではないか。富田選手はそう考えています。
富田宇宙選手
「パラリンピックには、目に見えない差別を無意識のうちに取り除く力がある。そのために、パラリンピック本番を見て感動してもらうことは近道かもしれないが、それ以外でもきっと伝えられる。無観客であろうとなかろうと、そこに至るまでの努力や思いを伝えていけば、パラリンピックの価値は示せると思う」

子どもたちの目の輝きが

冒頭で紹介した義足のジャンパー、山本篤選手。おととし、中東のドバイで開かれた世界選手権の直前、向かったのは練習会場ではなく現地の日本人学校でした。
子どもたちは初めて義足のアスリートと直接、話をし、義足を触らせてもらいました。

数日後。世界のライバルと競い合う山本選手を見ようと、スタジアムには大勢の子どもたちの姿がありました。
そして、山本選手は子どもたちの目の前で見事にメダルをつかみ取りました。

私たちメディアのインタビューのあと、山本選手のまわりを子どもたちの笑顔が囲みました。
「義足であんなに跳べるなんてかっこいい」
「東京パラリンピックを見に行きたい」

そう目を輝かせる子どもたちの姿が忘れられません。

パラリンピックどこで見る?

山本篤選手
「東京パラリンピックを『やってほしい』よりパラスポーツを『知ってほしい』。障害がある中で最大限のパフォーマンスを引き出す努力はきっと人々に勇気や希望を与えられるはずだ」
多くのパラ選手やパラ関係者の思いが凝縮されている山本選手の言葉。それを証明する何かが、子どもたちの笑顔の中にあるのではないか。
コロナ禍のいま、多くの人たちが厳しい制約にしばられ重く、苦しい思いを抱えて暮らしています。政府や組織委員会は、この春、東京オリンピック・パラリンピックの観客数の上限を決める方針です。

その結論がどんなものになろうとも、パラリンピック、そして、パラ選手たちはきっと、あなたを笑顔にさせてくれると信じています。

その花火を見るのがスタジアムであっても、あなたの家であっても。
スポーツニュース部 記者
中野陽介
スポーツニュース部 記者
島中俊輔