脱炭素マネー 企業の選別が始まった

脱炭素マネー 企業の選別が始まった
「世界中の金融機関が資金を投入している。この流れに乗り遅れるわけにはいかない」
あるメガバンクの幹部は息巻く。「脱炭素化」の流れが加速する中、温室効果ガスの排出ゼロに向けた投資資金は世界全体で3000兆円にも上るとされる。“脱炭素マネー”の争奪戦が世界で始まり、金融機関は水面下で、企業価値の再評価も始めている。巨額の資金が迫る産業構造の大転換は、一体何をもたらすのか。(経済部記者 宮本雄太郎)

大手行が脱炭素化へ新ファンド

環境分野で2030年度までに8兆円の投融資目標を掲げる、三菱UFJフィナンシャル・グループ。傘下の三菱UFJ銀行は、脱炭素化に向けて新たなファンドの設立を決めた。

目的は、調達電力の「グリーン化」だ。従来の再エネファンドは、FIT=固定価格買取制度を使って、太陽光や風力発電で得られた電力を売却し、収益を得るものが多かった。国のFIT制度の見直しに伴って再エネの売電価格が下落し、投資が下火になると再エネの普及が停滞しかねない。

一方で銀行は、融資先などの再エネ電力に対するニーズの高まりを感じていた。
加藤室長
「企業の脱炭素化が求められる中、自社電力の再エネ化を進める企業はますます増える」

銀行が電力販売も?

新しいファンドでは、再エネ事業を手がけるSPC=特別目的会社に投融資を行って再エネ発電の普及を進める。
さらに、電力小売事業者と契約を結び、発電した電力をグリーンな電力を必要とする企業に販売する仕組みだ。

三菱UFJ銀行も、2030年度までに調達電力をすべて再エネ化することを目指している。
ファンドは当初1000億円規模でスタートし、将来的には1兆円規模まで拡大することを目指している。発電の過程で二酸化炭素が出ない水素発電や、VPP=仮想発電所と呼ばれる住宅や電気自動車を活用した分散型の電力など、今後実用化を目指す事業にも積極的に資金を供給していくという。
加藤室長
「2050年の脱炭素化という中で、融資先といかに脱炭素化へのトランジション(移行)を一緒にやっていくかが一番大きなポイント」

“トランジション”激変緩和を探る企業

脱炭素化をめぐり、金融界ではこの「トランジション」への資金供給が喫緊のテーマとなっている。特に温室効果ガスの排出が多い業種では、一足飛びに脱炭素化を進めることが難しい。温室効果ガス“ゼロ”の事業だけでなく、“低炭素化”につながる技術開発なども投融資の対象としイノベーションを促そうとしている。
というのも、欧米の金融機関を中心に化石燃料を多く使う企業やプロジェクトには厳しい目が向けられているからだ。

石炭火力発電がその代表例だが、鉄鋼や化学などの重厚長大産業や、化石燃料を扱うエネルギー産業は「ブラウン」(温室効果ガス排出が多い産業)と見なされ、こうした事業への投資から撤退する動きが広がりつつある。

危機感を募らせた産業界にとって、トランジション分野での資金調達はいわば渡りに船とも言え、海外では電力・ガスや、航空業界への資金供給がすでに行われ始めている。

経済産業省と環境省、金融庁は、こうした資金調達手法に指針を設けるための検討を進めている。資金の使いみちや脱炭素化に向けた道筋など、投資家にどんな情報を開示するか、一定のルールが20年度内にも示される方針だ。
一方で、EU=ヨーロッパ連合では企業に脱炭素化をより厳格化する動きが進む。

国際金融情報センターの玉木林太郎理事長はこう指摘する。
玉木理事長
「2030年までの投資が生み出す設備やインフラ、研究開発の体制がその後の世界を規定していく。トランジションと言える期間は短い」と指摘する。
海外の投資家を中心とした急速な「グリーン」の声に押されるように、金融機関は独自の基準で企業の脱炭素化を評価する動きが進む。

企業価値を“グリーン”で評価

約70兆円の資産を保有する、民間では国内最大規模の機関投資家でもある日本生命。2050年度に運用先の温室効果ガス排出量を“実質ゼロ”とする方針だ。

温室効果ガスの排出が多い鉄鋼や電力、化学など約70社を重点対象とし、投資家の立場から脱炭素化を促す。投資先の株主総会での議案を、社内で精査する基準の中に脱炭素化への対応を盛り込むことも検討していくという。

すでに社内では、財務情報では見えない気候変動リスクに基づいた企業の“適正株価”の算出が始まっている。

あるビールメーカーを例に取ると、温暖化で大麦の調達先が北海道からロシアに代わるとコストがどの程度上昇するのかなど、企業ごとにシナリオを立てて計算する。

財務企画部の今真一郎担当課長は、次のように話している。
日本生命 今担当課長
「(温室効果ガスの)排出量が多い企業はパフォーマンス(業績)で劣後する傾向にある。企業のトランスフォーム(変革)を促して市場から再評価されれば、我々と投資先双方にメリットとなる」

脱炭素化コストを算出

資産運用大手の野村アセットマネジメントは、今年に入り、企業のサプライチェーン(供給網)まで含めた「脱炭素化コスト」の算出を始めた。

運用先の中から数百社の企業を対象に、開示情報や外部調査機関のデータから二酸化炭素の排出量を導き出す。それに、市場の取引価格などを参考に定めた「炭素価格」をかけることで、「企業の排出コストを“見える化”する」仕組みだ。
温室効果ガスを金額換算する「カーボンプライシング」の試みは、EUなどがすでに始めているものの国内では統一した制度はない。経済産業省と環境省が制度化を急ぐが、企業の間では独自の評価が先行している。

算出したコストに応じて、排出量の削減や財務強化を企業に求める方針だ。
今村部長
「(財務情報として)脱炭素化の数値的な目標まで示す企業はまだ少なく、客観的な投資判断が難しい。投資家の意思決定のツールとして、定量的な評価は進むだろう」

“株主至上主義”見直しも

脱炭素化が動かす巨額のマネー。

一方で、企業が直面するのは「グリーンか否か」を基準にした、投資家からの厳しい選別ともいえる。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの吉高まりプリンシパル・サステナビリティ・ストラテジストは、こう指摘する。
吉高さん
「投資がもたらすリスクとリターンだけでなく、社会にどれだけのインパクト(影響)を与えるのかという視点が、より一層重要になる」
すでに環境投資分野でのルール整備や情報の開示が進んでいた欧米企業に比べ、日本企業の対応は後手に回り、「気候変動にどう対応するか、情報開示のレベルで大きく差がついている」(吉高氏)という。

その結果、投資家から脱炭素化に積極的でない企業とみなされると、資金が引き揚げられ企業価値が大きく下がりかねない。

吉高氏は、脱炭素化に向けた具体的な成長戦略と、それを通じてどんな結果を出すのかをより明確に示す必要があると指摘している。

さらに吉高氏は、脱炭素化をきっかけに、株主の利益を最優先に考える「株主至上主義」から従業員や顧客、社会への影響も踏まえた「ステークホルダー資本主義」の流れが強まっているとして、「誰に向けた経営戦略や情報開示なのか、企業は強く意識しないといけない」と話す。

市場の価値観をも大きく変えようとしている、脱炭素化の動き。

単なるCSR(企業の社会的責任)にとどまらない、企業の変革が必要な時期がきていると言える。
経済部記者
宮本雄太郎
平成22年入局
札幌局を経て経済部、現在金融業界を担当