震度6強の地震 子どもたちが震災の教訓生かし命守る行動 福島

福島県と宮城県で震度6強の激しい揺れを観測した地震から1週間がたちました。福島県の被災地では、10年前の東日本大震災を経験した子どもたちや、震災後に生まれた新しい世代が、あのときの教訓を生かし、日頃の訓練の成果を発揮して、率先して命を守る行動をとりました。

震度6強の揺れを観測した福島県相馬市に住む高校2年生草野美月さん(16)は、東日本大震災で9メートルを超える大津波に襲われた松川浦から50メートルほどのところに家族5人で暮らしています。

美月さんは、今月13日の夜、揺れが収まるよりも前に2階にある自分の部屋から玄関に向かい、ドアを開けて避難経路を確保しました。

そして、家族や隣に住んでいる祖父母などに「逃げるよ」と声をかけ車に乗り込みました。

東日本大震災のとき、津波は自宅の目の前まで迫り、港で働いていてた曾祖父が流されて亡くなりました。
小学1年生のときに体験した恐怖を思い出し、車に乗ったあと、手足の震えが止まらなかったといいます。

草野さん一家は、東日本大震災のあと、大きな災害が起きた際の避難ルートや、避難したあと家族が集まる場所を決めるなど、ふだんからいざというときに備えて話し合っていました。

停電していたため地震のあとまもなく伝えられた津波の心配はないという情報には気付かず、母親の裕紀恵さんが運転する車で地震発生から5分後には自宅を離れ、あらかじめ避難先に決めていた高台の親戚の家に避難しました。
美月さんは、「とっさに『津波が来そうだ。逃げなきゃ』と思いました。海から離れる、周りに落ちてくるものがあれば離れる、そして家族で逃げる場所を決めておくのがいちばんだと思います」と話していました。

今回の地震では、震災後に生まれた6歳の妹凪桜ちゃんも日頃の訓練の成果を発揮しました。

地震が起きたとき眠っていた凪桜ちゃんは、すぐに起きて、ふだん保育所で使っている防災頭巾の代わりに、クッションを持って家の外に出ました。

凪桜ちゃんが通っているのは、地元で防災教育に熱心なことで知られる保育所です。

沿岸にあるこの保育所では東日本大震災のあと園児と保育士全員が参加する避難訓練を月に2回欠かさず行っています。

園児たちは、「火災・地震の時は安全な所に避難します」、「津波のときは高い所へ避難します」といった独自の「防災の誓い」を暗唱できるよう覚えているということです。
凪桜ちゃんは、親戚の家に着いたあとも、地震が起きるたびにクッションで頭を覆ったりテーブルの下に隠れたりするなど命を守る行動をみずから進んでとり、家族にも同じようにするよう勧めたといいます。

凪桜ちゃんは、「保育所では、地震のときは防災ずきんをかぶり、津波のおそれがあるときは高いところに逃げることを覚えました。今回は防災ずきんがなかったのでクッションで頭を覆いました」と話していました。

母親の裕紀恵さんは、「東日本大震災を経験している子どもたちは地震が来たら津波が来るから逃げるということを理解していますが、経験していないこんなに小さな子でも日頃の保育所で訓練しているおかげで自分の命を守る行動ができました。もし私がいないときにまた大きな地震が起きて津波が襲ってきたとしても、この子たちならきっと逃げきってくれると思います」と話していました。