国会、行っていないのに…

国会、行っていないのに…
4942万6514円。
今月、選挙違反事件で有罪判決が確定した河井案里 元参議院議員に国から支払われた歳費などの総額です。

案里 元議員は国会議員に当選したこと自体が無効になりましたが、国が歳費などの返納を求めたり、勾留中の歳費を凍結したりすることができる法律の規定はありません。

いったいなぜなのでしょうか。(社会部記者 神津全孝 山田宏茂)

働かなくても高給取り?

おととし7月の参議院選挙で初当選し、今月3日に議員辞職した河井案里 元議員。
有罪判決が確定し、当選無効になりましたが、これまでの議員活動の記録は残り、歳費を返納する義務はありません。

案里 元議員にはおよそ1年半で、給与にあたる「歳費」、ボーナスにあたる「期末手当」、そして月100万円の「文書通信交通滞在費」、合わせて4942万6514円が国から支払われました。
案里 元議員は逮捕された去年6月以降、一度も国会に出席していません。
しかしその8か月間にも、合わせておよそ2100万円が支払われた計算になります。
国会議員の逮捕が相次いだこの1年。

夫の河井克行 元法務大臣のほか、汚職事件などで起訴された秋元司 衆議院議員も現在、東京拘置所に勾留されています。
勾留中に支払われた歳費などの総額は、これまでに克行元大臣がおよそ2300万円。
秋元議員はおよそ2000万円に上っています。

返したくても返せない…

国会への出席は、議員にとって何よりも重要な仕事のはず。

しかし逮捕・勾留され、国会に出席できない状況が続いても、歳費などの支給を停止する法律の規定はありません。

過去に支給された歳費の返納を求めることができる規定もなく、現職の議員が自主的に歳費を返納すれば違法行為にさえなるというのです。
総務省 選挙課
「公職選挙法では、現職の国会議員などが『当該選挙区内にある者』に寄付することを禁じています。『選挙区内にある者』には国や地方公共団体も含まれます。このため現在の制度では、国会議員が自主的に歳費や期末手当を国庫に返納できないというルールになっています」

“歳費凍結” 過去には国会で議論

「国会に出席できない議員の歳費は凍結すべきではないか」
実は今から18年前、こんな議論が国会で行われていました。
平成14年に汚職事件で鈴木宗男 衆議院議員(当時)が、平成15年に政治資金規正法違反事件で坂井隆憲 衆議院議員(当時)が相次いで逮捕・起訴されましたが、いずれも議員辞職勧告決議に応じず、勾留中に歳費や手当を受け取り続けていることが問題視されたのです。
その数年前、オレンジ共済組合の詐欺事件で逮捕された友部達夫 参議院議員(当時)が実刑判決が確定するまで、4年4か月にわたって議員の座にとどまり、一度も国会に出席しないまま1億5000万円以上の国費を受け取っていたことも、国民の怒りを呼んでいました。
当時の新聞記事には読者の厳しい声が並んでいます。
「これは税金による『盗人に追い銭』である」
(平成13年7月1日 朝日新聞)
「歳費という税金のタダ取りを許すのであれば、国民の政治不信はさらに深まるだろう」
(平成14年7月5日 産経新聞)
当時、国会ではどのような議論が行われていたのでしょうか。

議事録を調べてみると、坂井議員の逮捕直後は、与党側も逮捕された議員の歳費凍結に前向きな姿勢だったことが分かります。

“憲法との整合性”が議論に

一気に進むかのように見えた勾留中の議員の歳費凍結。
しかし議論になったのが、憲法との整合性でした。

憲法49条には「両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける」と規定されています。
このため自民党内から「憲法で保障された歳費の凍結には、憲法改正が必要だ」という意見が出て、野党の間でも見解が分かれたのです。
当時の国会議論をまとめた文書にも、次のような内容が記されていました。
「刑事事件で身柄を拘束された議員への歳費等の支給凍結について、国会で議論が活発化した。憲法上歳費は議員の身分保障に関わることを根拠として、歳費凍結には与野党に慎重論がある」
(平成16年1月 国政課題の概要 国立国会図書館発行)
専門家は次のように指摘します。
名古屋大学 本秀紀教授〈憲法学〉
「1人の有権者として、国会に出席できないなら歳費は凍結すべきという感情は皆さんと同じです。ただ憲法上、難しい点が2つあります。1つ目は推定無罪の原則。有罪判決が確定するまでは犯罪者としての取り扱いをしてはならない。2つ目が歳費が支給されている意味合いです。国会議員はかつて、名誉職的な位置付けで無報酬とされていましたが、財産を持たない人が議員になることを妨げてしまうという反省から憲法で十分な金銭的な保障が規定されました。歳費を“実際の議員活動に対する対価”とみれば凍結は可能かもしれませんが、歳費には“議員としての地位や生活保障”という歴史的な意味合いがあり、簡単にストップしてよいものではないのです」
駒澤大学 大山礼子教授〈政治学〉
「戦前には国会議員が権力側に逮捕され、言論が弾圧された歴史がありました。憲法で保障する国会議員の特権は、権力の介入から議員の身分を守るという趣旨があるのです。軽々に『歳費を凍結せよ』というのは戦前の反省を踏まえていない考え方とも言えます」

法案提出も議論されず

平成15年9月、当時の民主党が勾留中の議員の歳費や期末手当の支給を停止する法律の改正案を国会に提出。

しかし、その直後に衆議院が解散となり、提出された法案が国会で審議されることはありませんでした。
山花郁夫 衆議院議員(当時 民主党で法案を提出)「仕事もしていないのに歳費をもらうとは何だという国民の声があり法案を作ろうということになりました。しかし、平成16年に入ると、郵政民営化が最大の政治的な問題になり世の中、国会周辺は郵政一色になっていきました。『そんなつまらない話ではなくて、郵政だ』という政治的な雰囲気があり、明らかに機運がなくなっていったと思います」
東順治 元衆議院議員(当時 公明党の国会対策委員長)「公明党は、当時のマニフェストにも歳費凍結を掲げて、力を入れていました。国民からも『公明党頑張れ』と支持する声をよく聞きました。しかし時間がたって国民の熱が冷め、郵政選挙やほかの問題の露出が増える中で、歳費の問題は引き潮のように消えて忘れ去られていったのです」

憲法改正 本当に必要か

歳費凍結には、本当に憲法改正が必要なのか。

その解釈とは異なる記述が見つかりました。
東京大学名誉教授だった宮澤俊義氏が生前に書き残し、昭和53年に刊行された「全訂 日本国憲法」。
宮澤氏は戦前から戦後にかけて数々の著書を残した憲法学の権威で、後の憲法学者に大きな影響を与えたとされています。
著書には憲法49条について次のような解釈が記されていました。
「歳費は、議員の勤務に対する報酬たる性質を有する。明治憲法時代には、召集に応じない議員には歳費を与えないことが議院法で規定されていたが、現国会法には、そういう規定はない。もっとも、国会法で、召集に応じない者または欠席の多い者には歳費を与えないと規定しても、必ずしも本条に違反するわけではない」
(全訂 日本国憲法より)
今の憲法学者の間でも、歳費の凍結は憲法上可能だという意見は少なくありません。
立命館大学 小松浩教授〈憲法学〉
「逮捕・勾留されて国会に登院せず、正当な議員活動を行わないのであれば、報酬を受け取る正当な権利があるとは言えません。憲法で保障されているのは、あくまでも議員活動に対する報酬であり、勾留中にも歳費を支給するのは、議員特権を重視しすぎです」
帝京大学 夜久仁教授〈憲法学〉
「憲法49条には歳費について『法律の定めるところにより』という文言が入っており、具体的な内容は法律に委任されていると解釈できます。そうすれば一定の場合には、歳費の支給を凍結・不支給とする余地も残されているのではないでしょうか」

「逮捕されても仕事はできる」

18年前、この問題の渦中にいたあの人は、どう考えているのでしょうか。

平成14年に木材業者から賄賂を受け取ったとして、東京地検特捜部に逮捕された鈴木宗男 参議院議員。
あっせん収賄など4つの罪で起訴され、勾留は437日間におよびました。
その間も歳費などを受け取り続けた鈴木議員。
勾留中の歳費凍結に、真っ向から反論しました。
鈴木宗男 議員
「学者は実態を知らないからそういうことを言うんですよ。逮捕されたから歳費が無駄だというのは、あまりにも短絡的過ぎると思いますよ。捕まった以上、何も仕事が出来ないと思っている人が多いと思いますが、実態は濃淡があるんです。私の場合は逮捕されても、議員会館や地元事務所はしっかり機能していました。事務所には陳情する人たちが訪れ、秘書たちが要望を受ける。私の判断が必要な時は、秘書が拘置所に面会に訪れて的確に指示を出していました。そして、刑事被告人の立場でも、平成17年、21年と2回続けて衆議院選挙で当選したんです。政治活動をしてるかしてないかというのは議員本人がいちばん知っているわけです。自分がやましいことをしてないと思うのなら堂々と戦え。堂々と歳費を頂いて仕事をやれ。もし自分にやましさと曇りがあるなら出処進退判断しろと言いたいですね。議員を辞めれば歳費は支払われないのですから」

歳費凍結は反対でも“文通費”は…

勾留中の歳費凍結には強く反対する鈴木議員。
一方で「議論が必要だ」と指摘したのが、歳費とは別に支給される「文書通信交通滞在費(文通費)」です。
文通費は、議員1人当たり月100万円が支給され、衆参合わせた支給総額は年間およそ85億円に上ります。

支持者に政治活動を報告するための郵便代や電話料金、交通費、滞在費などに使うことを目的にしていますが、歳費とは違い課税されません。

政治資金のように領収書を提出して使途を報告する義務はなく、使い切れずに余っても返納する必要はありません。

そもそも、国会議員には新幹線のグリーン車を含めてJRを無料で利用できるパスが配られ、選挙区が東京から一定の距離がある議員には地元を往復する航空券も支給されています。

東京都心には相場より割安で入居できる議員宿舎もあり、文通費は以前から「二重取り」「第2の歳費」などと一部で指摘されてきました。

実は18年前、自民党も、文通費の支給停止は可能だとして法改正に賛成の立場でした。
「与党は文書通信交通滞在費の支給凍結を行うことで合意した」
(平成16年1月 国政課題の概要 国立国会図書館発行)

「一律100万円おかしい 実費支給を」

鈴木議員は、すべての議員に一律月100万円を支給する今の仕組み自体を議論する必要があると指摘します。
鈴木宗男 議員
「文通費は東京が地元の議員も北海道も沖縄の議員も一緒の月100万円なんですよ。東京の議員はJRもタダなのに、なんで交通費や宿泊代がかかるんですか。使ったものに実費を出す。使ってないならば返上する。逮捕された議員うんぬんと言うよりも、その基本を議論しないといかんですよ」

地方議会で相次ぐ“歳費凍結”条例

国会議員の逮捕が相次ぐたびに議論となり、時間の経過とともに置き去りにされてきた歳費や文通費の問題。

国会での議論が進まない一方で、地方議会では、逮捕・勾留中の議員報酬の支給を停止したり、減額したりする条例の制定が相次いでいます。

全国市議会議長会によりますと、こうした条例が制定されている市は、全国で83に上っているということです。

福岡県久留米市が平成26年に制定した条例には、裁判で無罪が確定すれば、停止した報酬をのちに支払うことも定められています。
明治大学 西川伸一教授〈政治学〉
「地方議会で報酬の凍結をやっているところはあり、無罪が確定すれば、のちに報酬を支払うのですから推定無罪の原則も犯していません。そういう中で国会議員と地方議員は違うという論理は成り立つのでしょうか。コロナ禍で経済的に苦しむ国民が多い中で、国民感情と法律の間にそごがあると思います。そろそろ乗り出さないと国民の政治不信は深刻の度を増すのではないでしょうか」

議員特権とは何か…

選挙で選ばれた国会議員の正当な活動や立場を守り、そのための経費を税金で賄うことは、民主主義のために必要です。

ただ、市民感覚とかけ離れた状態で税金が使われ続けることには疑問が残ります。

国会議員の特権とは何か。
本当に必要な経費とは何か。

もう一度、議論する必要があるのではないでしょうか。
社会部記者
神津 全孝
平成16年入局
甲府放送局、社会部、
ロサンゼルス支局など経て
社会部で事件遊軍担当
社会部記者
山田 宏茂
新聞記者から転職し
平成26年NHKに入局
横浜放送局を経て
現在、社会部で国会担当