生きていても 死んでいるのと同じ

浜辺に流れ着く遺体。
その男性は、これまでに400人以上の墓を作って埋葬していました。
「生きていても、死んでいるのと同じだから」
墓を見つめながら、男性は、こう漏らしました。(国際部記者 スレイマン・アーデル)
その男性は、これまでに400人以上の墓を作って埋葬していました。
「生きていても、死んでいるのと同じだから」
墓を見つめながら、男性は、こう漏らしました。(国際部記者 スレイマン・アーデル)
「不明者の墓地」
「これは墓です。浜辺に打ち上げられた遺体のために土地を手に入れ、これまで400人以上を埋葬しました」

こう話すのはシャムスディン・マルズグさんです。10年近く前から、海岸に流れ着く遺体のために、墓を作っては埋葬しているといいます。
ここは北アフリカのチュニジア。
墓は、チュニジア南東部の港町、ザルジスの町外れにあります。地元の人たちからは「不明者の墓地」と呼ばれています。
墓は、チュニジア南東部の港町、ザルジスの町外れにあります。地元の人たちからは「不明者の墓地」と呼ばれています。

流れ着く遺体には、身元を表すものはなく、どこの誰かはわからないといいます。それでも、墓を作って埋葬し続けるのは、彼・彼女たちの「尊厳」のためだとマルズグさんは話します。
マルズグさん
「彼らには家族がいなかったかもしれない。だから私が彼らの家族になる。それは、彼らの尊厳を守るためです。彼らは『夢』をかなえるため、海の向こうを目指しますが、『希望』とともに海に飲み込まれる者もいます。そして、遺体になってザルジスに着くのです」
「彼らには家族がいなかったかもしれない。だから私が彼らの家族になる。それは、彼らの尊厳を守るためです。彼らは『夢』をかなえるため、海の向こうを目指しますが、『希望』とともに海に飲み込まれる者もいます。そして、遺体になってザルジスに着くのです」
遺体はどこから?なぜ?
マルグズさんが埋葬しているのは、密航に失敗して命を落とした人たちです。

その多くは若者で、子どもの遺体が流れ着くこともあるといいます。
彼・彼女たちが目指したのはヨーロッパ。
チュニジアのザルジスはイタリア最南端の島まで比較的、近いこともあり、ヨーロッパを目指す人たちにとって密航の拠点となっています。
彼・彼女たちが目指したのはヨーロッパ。
チュニジアのザルジスはイタリア最南端の島まで比較的、近いこともあり、ヨーロッパを目指す人たちにとって密航の拠点となっています。

ザルジスの海岸などから密航者たちは簡易なゴムボートや小型の漁船に乗り込み、イタリアの島を目指します。どんなに早くても丸1日かかります。

船の定員を大幅に超えて目的地を目指すことも多く、船が転覆するなどして命を落とすケースもあるといいます。
そして島にたどりつけずに命を落とし、ザルジスの海岸に流れ着くのです。
そして島にたどりつけずに命を落とし、ザルジスの海岸に流れ着くのです。
マルズグさん
「彼らを埋葬していると、時に気がめいりそうになります。貧困が進むにつれ、打ち上がる遺体も増えている気がします。人生を変えたいと思い、若者が危険を冒す。そして、『死の船』を選ぶ。それは、この国に未来がないからです。希望が持てない若者は、『死の船』に乗って、運よく状況を変えられるか、あるいは死ぬか。国に残っていても、もともと死人同然ですから、『死の船』に乗ることも、それほど大きな違いはないのです」
「彼らを埋葬していると、時に気がめいりそうになります。貧困が進むにつれ、打ち上がる遺体も増えている気がします。人生を変えたいと思い、若者が危険を冒す。そして、『死の船』を選ぶ。それは、この国に未来がないからです。希望が持てない若者は、『死の船』に乗って、運よく状況を変えられるか、あるいは死ぬか。国に残っていても、もともと死人同然ですから、『死の船』に乗ることも、それほど大きな違いはないのです」
国連によると、去年、チュニジアやコートジボワールなどからイタリアに到着した密航者は、3万4000人余り。一方、密航で死亡したのは、わかっているだけでも700人以上にのぼるといいます。
若者の失業は3人に1人
それでも若者を中心に密航が後を絶たないのは、チュニジアの深刻な経済、雇用状況があります。
チュニジアでは10年前、高い失業率などに対する若者の不満が爆発し、大規模な反政府デモに発展しました。いわゆる「アラブの春」と呼ばれる民主化運動です。
チュニジアでは10年前、高い失業率などに対する若者の不満が爆発し、大規模な反政府デモに発展しました。いわゆる「アラブの春」と呼ばれる民主化運動です。

その結果、独裁的な当時の政権は崩壊し、民主化への道を歩み始め、多くの若者たちが明るい未来に希望を抱きました。
しかし、主要産業だった観光業は、国内の混乱などで大きな打撃を受け、大半を占めていた海外からの観光客は戻ってきていません。
こうしたことから、失業率は以前より悪化し、16%を超えています。特に若者の失業者は、3人に1人に上っています。
さらにチュニジアでは、雇用機会が限られるだけでなく、賃金が低い上に、物価は10年前よりも上昇。このため、若者たちの間では、仕事を得るために、ヨーロッパへの「密航」が横行しているといいます。
しかし、主要産業だった観光業は、国内の混乱などで大きな打撃を受け、大半を占めていた海外からの観光客は戻ってきていません。
こうしたことから、失業率は以前より悪化し、16%を超えています。特に若者の失業者は、3人に1人に上っています。
さらにチュニジアでは、雇用機会が限られるだけでなく、賃金が低い上に、物価は10年前よりも上昇。このため、若者たちの間では、仕事を得るために、ヨーロッパへの「密航」が横行しているといいます。
「生きていても、死んでいるのと同じだから」
マルズグさん
「遺体を見ると、それぞれが『一つの夢』に見えます」
「遺体を見ると、それぞれが『一つの夢』に見えます」
マルズグさんは、一度は民主化で希望を抱いた若者たちが、一向に改善しない生活に失望し、「夢」をかなえる場所としてヨーロッパを目指す現状を嘆きました。

マルズグさん
「みんな貧困で、死を恐れなくなりました。『生きていても、死んでいるのと同じだから』。こんな声も聞きます。だから、みんな海を目指す。生きてヨーロッパにたどり着ければ家族を助けられる。失敗して死んでも、家族の負担にならないから」
「みんな貧困で、死を恐れなくなりました。『生きていても、死んでいるのと同じだから』。こんな声も聞きます。だから、みんな海を目指す。生きてヨーロッパにたどり着ければ家族を助けられる。失敗して死んでも、家族の負担にならないから」
墓に供えられた“おもちゃ”
マルズグさんの話を聞きながら、墓に目をやると、“墓石”の脇に黄色いおもちゃのブロックが置いてあることに気付きました。その理由を聞こうとすると、マルズグさんは別の墓を指さしました。

そこには、土ぼこりで汚れた、小さなクマの人形がありました。
マルズグさん
「おもちゃは、飾っているんです。遺体となって打ち上げられた子どもたちは、貧しさと飢えで、まともに遊んだこともないと思います。そんな彼らを、おもちゃで慰めています」
「おもちゃは、飾っているんです。遺体となって打ち上げられた子どもたちは、貧しさと飢えで、まともに遊んだこともないと思います。そんな彼らを、おもちゃで慰めています」
増え続ける「不明者の墓地」
10年近く前に「不明者の墓地」を整え始めたマルズグさんは、7年前にはさらに墓地を広げました。しかし、打ち上げられる遺体は増え続け、埋葬する場所がなくなりました。このため、寄せられた寄付金などで別の土地を買い、新たな墓地として整備したといいます。
増え続ける無名の墓。そこに埋まっているのは、未来に希望を失い、海の向こうを目指した若者たちの「夢」なのかもしれません。
増え続ける無名の墓。そこに埋まっているのは、未来に希望を失い、海の向こうを目指した若者たちの「夢」なのかもしれません。

中東などのアラブ諸国で、市民のデモによって独裁的な政権が次々と倒れた民主化運動「アラブの春」から10年。
チュニジアは、その発端となった国です。憲法の制定や、民主的な選挙などを実現し、アラブの春の“唯一の成功例”と言われてきました。しかし、チュニジアで起きている現実は“成功例”と言われる姿とは程遠いものでした。
チュニジアは、その発端となった国です。憲法の制定や、民主的な選挙などを実現し、アラブの春の“唯一の成功例”と言われてきました。しかし、チュニジアで起きている現実は“成功例”と言われる姿とは程遠いものでした。

若者が、家族とともに国内で安定した生活を送りたいという願いをかなえることができないかぎり、チュニジアには、本当の“春”は訪れない。取材を通して、そう感じました。

国際部記者
スレイマン・アーデル
平成27年入局
神戸局で事件・司法取材を経て
令和元年より国際部
主に、アラブ諸国などを取材
スレイマン・アーデル
平成27年入局
神戸局で事件・司法取材を経て
令和元年より国際部
主に、アラブ諸国などを取材