ことしのM&Aを展望する ~コロナ禍で企業の次の一手は~

ことしのM&Aを展望する ~コロナ禍で企業の次の一手は~
新型コロナウイルスの影響が2年目となる中、企業の多くが事業の抜本的な見直しを迫られています。そこで注目されるのが、M&A=買収や合併の動きです。生き残りをかけ、あるいは規模を拡大し世界のライバルに挑むため、ほかの企業との連携を模索する会社も少なくありません。ことし、大型の業界再編は起きるのか。M&Aに携わる3人のキーマンにことしの展望を聞きました。(経済部記者 古市啓一朗)

去年は9年ぶりに減少も…ことしはコロナが企業の背中を押す?

ほかの企業の技術や経営基盤を一気に取り込もうと行われるM&A。多額の資金が必要で、経営者はいわば“社運を賭けた”重要な決断が迫られます。日本企業は人口減少で国内の市場の縮小に直面し、海外の企業を買収して事業規模の拡大をねらうなど、M&Aを積極的に進めてきましたが、去年は9年ぶりに件数が減少に転じました。

統計をまとめた企業買収の仲介などを行うレコフによりますと、感染拡大で対面の接触が制限される中で、交渉が中断したり、遅れたりするケースが多くなったのではないかとみています。しかし、ことしはそのコロナで激変した事業環境に対応するため、M&Aの動きが再び活発になる可能性もあるとしています。

キーワードは「ヴィジビリティー」

ことしのM&Aのキーワードに「ヴィジビリティー(Visibility)=見えやすさ」を挙げたのは、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で10年近く部門の責任者を務める別所賢作氏です。変異ウイルスの流行など、対面の接触の制限が当面続くとみられ、日本企業が海外企業を買収する“攻め”のM&Aは難しい状況が続くと見ています。
別所氏
高い品質基準は日本企業の長年のスタンダードだが、海外の工場を視察することが難しい現状では、新規に買収して製造拠点の品質の責任を完全に持つには、シビアな状況とも言える。
そのうえで、提携している企業との関係強化など、すでに経営状況などを十分把握している相手とのM&Aが多くなるとしています。
別所氏
互いを熟知した関係。もしくは既存の(資本)提携関係を見直すためのM&Aが多くなるのではないか。企業は既存の関係を見直すなどして、サステイナブルな(持続的な)成長に向けてシフトしている。
別所氏が一例として挙げたのが、去年12月に成立したNTTによるNTTドコモの完全子会社化です。NTTが、グループ各社の連携を強化するため、4兆2000億円をかけて子会社のドコモの株式をすべて取得し、注目を集めました。
別所氏
(NTTによるNTTドコモの完全子会社化は)さまざまな論点や制約があったとはいえ、起こるべくして起きた案件だった。NTTが今後国際競争力を高めるうえで、ドコモを上場子会社にしている戦略的な意味があるのか?という、シンプルな発想から取引が起きた。
そして、ことし特に注目する業界として、自動車業界を挙げました。100年に1度の変革期にあると言われる自動車業界。これまで、完成車メーカーを頂点にして、部品メーカーなど多数の企業が幾重にも連なるピラミッド型の産業構造が続いてきました。自動車業界で、脱・ガソリン車の流れが加速する中、別所氏はこうした業界の構造を維持するのは難しいのではないかとみています。
別所氏
自動運転やEVシフトの波が押し寄せる中、統合などで経営体力を高めようと考える部品メーカーも出てくる。再編が起きる可能性が十分ある。

単一の業界では成り立たない

次に話を聞いたのが去年、日本企業が関わるM&Aの金額上位10件のうち8件に関わった国内最大手の野村証券で、M&A部門の責任者を7年前から務める角田慎介氏です。角田氏は、新型コロナウイルスの影響やグローバリゼーションの揺り戻しで、過去とは違うビジネスの方法が求められていると指摘します。
角田氏
コロナの収束を待っていては改革のチャンスを逸してしまう。基盤である国内も含む事業再編に手を付けたり、敵対的とまでは言わずとしても、多少のあつれきや困難があっても、ちゅうちょせずにM&Aに乗り出す企業が増えるのではないか。手をつけなければならない懸案を整理して、大変革の時代に備える企業が増えている。
そのうえで角田氏は、キーワードとして「株主との対話」を挙げました。角田氏は、アクティビスト=物言う株主とも呼ばれるファンドの動きに注目しています。

例に挙げたのが、ことし1月に成立した、三井不動産による東京ドームの買収です。東京ドームの大株主で、香港に拠点を置く投資ファンド「オアシス・マネジメント・カンパニー」が、東京ドーム側に抜本的な業務の改善を要求。社長などの役員を解任するよう、株主として提案しました。
その後、三井不動産が、東京ドームのTOB=株式の公開買い付けに乗り出しファンド側も応じたことで、三井不動産が東京ドームを買収する形で幕を閉じました。角田さんはこうした、アクティビストによる「物言い」が、M&Aのきっかけになるケースが今後増えていくのではないかとみています。
角田氏
かつての“配当を増やすべきだ”などといった敵対的なイメージと違い、企業の経営改革に向け合理的な提案するアクティビストが増えている。企業も無視できなくなってきている。
そのうえで、ことしのM&Aの見通しについて次のような見方を示しました。
角田氏
日本企業が、コロナ時代を“生き延びる”ために、再編の動きが起きる。ただ、単一の業界だけでビジネスが成り立たなくなっているのも事実だ。例えば自動車メーカーが地図サービスの会社を買収した例があったが、業界をまたぐM&Aが増えてくるだろう。

撤退型のM&Aが増える

3人目は、M&Aの助言のほか、企業の事業再生支援なども手がけるフロンティア・マネジメントの松岡真宏氏です。

松岡氏は、かつて産業再生機構で大手スーパー「ダイエー」の経営再建に取り組むなど、多くの企業再生に取り組んだ経験の持ち主です。コロナ禍を契機に日本の企業が、海外で展開している事業を現地の会社に売却するなどの“撤退型”のM&Aが増えるのではないかと見ています。
松岡氏
日本企業はこれまで安価な人件費などを背景に、海外の企業を買収して事業を拡大してきた。ただ採算を取れないままで伸び悩む事業も多いのが事実だ。新型コロナウイルスは、経営者がそうした事業を見直すきっかけとなっている。
そのうえで、東京証券取引所の市場再編もポイントに挙げました。東証は、国内外の投資家にとって分かりやすい市場にするためとして、1部や2部など、今の4つの市場を来年4月から3つに再編する計画です。今の1部にあたる「プライム市場」は、上場の条件が現在より厳しくなることから、条件を満たさない企業の動向が、M&Aのカギになると注目しています。
松岡氏
プライム市場に残ろうと、時価総額を高める目的でM&Aを使って再編や統合の道を選ぶ企業も出てくるだろう。大企業は、グループ内の上場企業の在り方を見直すきっかけになり、業界再編の呼び水になる可能性がある。
そして松岡氏は、デジタル技術で業務を変革するDX=デジタルトランスフォーメーションへの対応もM&Aを占う上で欠かせないといいます。
松岡氏
DX対応が求められるなか、大企業がITやAIのベンチャー企業を取り込むM&Aが増えてくる。それぞれの産業の“勝ち組”による業界の垣根を越えた連携も加速していくのではないか。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響の長期化で、正常化への道筋が見えない日本経済。ただ水面下では、多くの企業の間で、ポストコロナを見据えた動きが活発になってきています。M&Aを通じて大胆に飛躍する企業は出てくるのか、今後の動きに注目していきたいと思います。
経済部記者
古市 啓一朗
平成26年入局
新潟局を経て現在は金融業界を担当