ちゃんと知りたいのに…

ちゃんと知りたいのに…
「彼氏がセックスをしたいみたい。すごく怖い」
高校生になったばかりのその女性は、友人からこんな相談をされました。
でも…雰囲気に流されていいのかな?避妊の方法は?
中高生のこうした切実な困りごとへの答えは、教科書には載っていません。
知るには早すぎる?いえいえ、そうは言っていられない現実があるんです。
(ネットワーク報道部 記者 小宮理沙・吉永なつみ)

セックスしたいという雰囲気が怖い

話をしてくれたのは都内の高校に通う16歳のコモモさんです。
コモモさんの学校では高校生になったとたんに交際を始める友人が増えたそうです。
中には「初体験」を済ませたと自慢する同級生もいて、“性行為の経験があれば大人”という雰囲気さえあるといいます。

あるとき、コモモさんは彼氏ができたという友人から相談を受けました。

「彼氏から、会うたびに“セックスしたい”という雰囲気を感じる。何も準備していないからすごく怖い」

その友人は性行為を具体的にイメージできないことだけでなく、妊娠や性感染症のリスクを伴う行為だということに大きな不安を抱えていました。

以前から「自分の身を守ることにつながる」と、性に関する知識をネットで調べたり本を読んだりしていたコモモさん。友人にこうアドバイスしました。
コモモさん
「周りがもう経験しているから、という雰囲気に流されてはだめ。怖くてまだセックスをしたくないと思うなら、相手とちゃんと話し合って。念のため避妊の方法も調べておいたほうがいいよ」
コモモさんは保健体育の先生に性の悩みを抱える生徒が増えていることを伝え、ホームルームなどで避妊の方法や性感染症の予防について教えてほしいと頼んだそうです。

これに対して先生は「高校2年の授業で教えるから」と言いました。

男女の体の違いや母親の胎内で受精卵が育つことなどは中学校の性教育で学習しますが、性行為という「妊娠の過程」については扱わないことになっています。
先生は、高校に入ったばかりの時期に何の前触れもなく避妊の方法を話し始めるのは、あまりにも唐突で生徒から受け入れられないと考えたというのです。

また、性教育の在り方を巡っては「発達や成長に合わせて行うべき」とか「必要な子どもに個別に行えばよい」などとさまざまな意見があり、議論が続いています。

ただ、コモモさんを取り巻く現実は、友人のほとんどがスマホを持ち、同級生の男の子たちはアダルトサイトの話題で盛り上がっています。
性に関する情報が身の回りにあふれているのに、家庭や学校ではタブーのように扱われていると、ギャップを感じるそうです。
コモモさん
「ネットにつなげば見ようとしなくてもアダルトサイトの広告が目に入ったり、動画配信サービスで性的な内容が含まれるアニメなどを簡単に見られたりします。大人からしたら早すぎるころから、子どもたちはすでに性的なコンテンツに触れていることに気付いてほしい。“セックスをしない”前提の教育では、私たち子どもの身を守れないと思います」

“性の話を気軽に”若者に人気の動画

コモモさんが友人にアドバイスしたときに参考にした、ある動画があります。
生理痛や性的同意、避妊など学校や家庭では話しにくい話題をテーマごとにまとめ、分かりやすいことばで伝えています。

掲げるのは「性の話をもっと気軽に、オープンに」。

配信しているのは助産師のシオリーヌさんです。彼女の動画は、いま若者を中心に急速に注目を集めています。

特に人気なのは、コンドームの「正しい着け方講座」です。
7分弱の動画では、性感染症の予防に効果があることやコンドームだけでは完全に避妊できない可能性があることなどを説明したうえで、保管方法や袋の開け方、つけるタイミングなどを解説しています。

模型を使って実際につけてみせることで、どうやって使えばよいのか視覚的にも理解できる内容です。
投稿から1年半、再生回数は約380万回(2月上旬現在)を超えています。

「全然、知らなかった。勉強になる」
「聞きづらいことをこーやって自然に学べるのがすごくうれしい」

視聴者からは好意的なコメントが多く「必要な時期になったら見せたい」などと、保護者世代からも支持する声が寄せられています。

必要な知識を提供する責任

なぜ、動画サイトで性についての情報を発信するようになったのか。その理由をシオリーヌさんに尋ねてみました。

助産師として勤務していた病院で接した女性のなかには、予期せず妊娠したり避妊方法を詳しく学ぶ機会がなかったりする人がいました。
女性たちが自分のライフプランにあった選択ができるよう、若いうちに性の情報を届ける必要があると感じたそうです。

シオリーヌさんは講演活動をしていた助産師の指導を受けるなどして学び、2017年2月からは学校などで講演するようになりました。

しかしいざ現場に立つと、子どもたちに話す内容を学校側から制限されるなど、情報を届ける難しさに直面します。
シオリーヌさん
「例えばコンドームについて触れようとすると、使い方や購入方法などは『生徒が“そういうこと”をすると想定しているみたいに捉えられてよくない』と言われることもありました。いちばん大事な具体的なところに触れられないことで、すごく中途半端なことをしているというもどかしさを感じることもありました」
必要な情報を十分に届けられないと危機感を抱いたシオリーヌさんがたどりついたのが、YouTubeでした。
チャンネルの登録者数は13万人を超え、動画のリクエストや質問は絶えることがありません。

性の知識をさらに多くの人に届けようと、去年12月には初めての著書も出しました。
若い人たちが性に関して判断を誤ることなく、自分の望む将来を選べるようになるためにも性教育は必要だとシオリーヌさんは考えています。
シオリーヌさん
「大人は子どものことが心配だから情報を隠しておきたいと思ったり、学生のうちはそんなことしないほうがいいと決めたりしたくなりますが、決めるのは彼ら自身です。子どもたちが自分の意志で(性的な選択を)選びとることができるように、必要な知識を提供するところまでが大人の責任だと思っています」

始めるなら3~10歳

「大人の責任」ということばに、日々、子どもと向き合っている私たち(記者)はどきっとしました。

自分の子どもたちに性教育をしていないからです。

というより私たち自身も「性教育とは」を教わった記憶がなく、何をいつ、どうやって切り出せばいいのか見当すらつかないのが本当のところです。

そこで今度は、保護者向けに性教育の方法を伝えている「パンツの教室協会」の代表、のじまなみさんに尋ねました。
まず最初に教えてくれたのは「3歳から10歳が性教育開始の適齢期」ということ。

文字を打ち込めなくてもスマホやタブレットは音声で検索ができてしまうし、幼児や児童をねらった性犯罪に巻き込まれるおそれもあります。

子どもを守るためにも、幼すぎることはないといいます。

“水着ゾーン”は触らせちゃダメ

まず伝えてあげるとよいのは『人に触らせてはいけない大切な場所がある』こと。

具体的には胸やお尻、性器のいわゆる“水着ゾーン”と口(唇)です。
「水着で隠れる場所だよ」と言ってあげれば小さな子どもでも理解できそうですね。

性被害にあった子どもの中には自分が悪いことをされていると気付いていないケースがあり、守るべきところを知ることは子どもが自分で気をつけたり逃げ出したりするための大切な知識だということです。

ゲームでハードルを下げる

それでもやっぱり、家庭で性に関することばを口にするには気恥ずかしさが残ります。

そんな親の背中を押すため「パンツの教室協会」はカードゲームを開発しました。
動物などの絵が描かれた「おす」「めす」「交尾」の3枚ずつからなるカードを使います。
トランプの神経衰弱のように遊ぶことができ、伏せられたカードを3枚ずつめくります。同じ種類の動物のカードがそろったら「受精」と言いながら回収します。カードをいちばん多く集めた人の勝ちです。

「受精」と叫ぶのには少し勇気がいりそうですが、ことばを口にしたり聞き慣れたりすることで「セックス」や「避妊」についても説明しやすくするのがねらいなので、思い切りが大事だそうです。
のじまなみさん
「お母さん、お父さんにとっていちばんハードルとなることばが『性交』『セックス』『避妊』『コンドーム』です。性教育はセックス教育ではなく、その先にある命の誕生や防犯の話などを伝えるための教育です。これらのことばを抜きにして、次の段階にはいけません」

性教育は「知識のお守り」

子どもが思春期に入ると、コミュニケーションにはよけいに気を遣います。

そんな場合は次の点を心がけると話をしやすくなるそうです。
▽なぜ性の話をするのか説明する
▽話は手短に 繰り返し話せる関係を
▽聞かれても嫌な顔をしない
▽子ども扱いをしない
のじまなみさん
「性教育は『知識のお守り』です。知識があれば、安易に初体験を終わらせたいとか、友達にいたずらしてみたいという気持ちにならないですし、防げることもたくさんあります。性教育は“百利あって一害なし”です。皆さん積極的に性の話を子どもたちとしてもらえればと思います」

傷つかず 傷つけないために

性のことを口に出すのは確かに恥ずかしい。

けれど、子どもたちが傷ついたり誰かを傷つけたりしなくてすむよう、私たち大人から意識を変えて向き合うときが来ているのではないでしょうか。